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Hello!My family 第1章

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 あわてて身を起こせば、また楽しくてたまらないというように禰豆子は笑う。その笑みにつられたか、炭治郎もわずかに眉尻を下げつつも、面白いか? と笑った。

 和やかな光景に、泣きそうになるのはなぜだろう。どこか懐かしく、同時に悲しくもあるのは、自分にとってこんな温かさはもはや縁のないものだと、禰豆子とともにあってさえ諦めていたからなのかもしれない。

「お兄ちゃん、一緒に帰るの? 禰豆子のおうちで、パパと禰豆子と一緒に住んでくれるの?」
「うん……お世話になるよ」
 笑いあうふたりは、優しさに満ちあふれた絵本のなかにいるようだった。義勇と炭治郎たちのあいだは、ほんの二歩程度しか離れていないのに、なぜだかふたりが遠い。自分は違う世界に立ち、ふたりをうらやましげに見ている。そんな気がした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 炭治郎の荷物は、すべて詰め込んでも大きな紙袋三つで足りた。学校の教材のほかには、いくらかの衣類しか炭治郎の持ち物はなく、靴など一足きりだ。娯楽品などなにも持っておらず、せいぜいスマホだけが財産と言える。
 通報という言葉が効いたのか、恨めしげな顔はしたものの店長が炭治郎の退職を認めたのは、ありがたい。以前いた施設や高校への連絡、住民票の移動など、やるべきことは色々とあるが、すべては明日以降の話だ。炭治郎自身でやれることはやってもらわねばならないが、通信制高校に在籍している炭治郎は、それなりに時間の融通も利くだろう。
 ともあれ、義勇がやるべきことは決まっている。炭治郎に安心して暮らせる住居と、安定した収入を約束し、反故にしないことが肝要だ。はしゃぐ禰豆子をはさんで三人で帰途につく義勇の頭のなかでは、数字と文言が飛び交い、自宅に着いたときにはあらかたのビジョンはできていた。
 炭治郎の生活を支えるぐらいの気持ちで練り上げた契約書は、もちろん、炭治郎の意見も取り入れ微調整しなければならないが、スーパーの劣悪な労働条件など比べものにならないはずだ。家も六畳一間風呂トイレなしよりはるかにマシだろうし、きっと炭治郎も喜んでくれるだろう。
 そう義勇は思っていたのだ。炭治郎の無理ですという叫び声を聞くまでは。

 帰り道、禰豆子と炭治郎の会話を聞いてはいたが、義勇の頭のなかには炭治郎の給与だとか、福利厚生はいかにすべきかだとかで埋めつくされていて、炭治郎がだんだんうろたえていくのに気がつかなかった。
 長く続く生垣の横を歩きながら、ここが禰豆子のおうちだよと、禰豆子がうれしげに炭治郎に教えた声はおぼえている。それに対して炭治郎が「ここって……この生垣、禰豆子の家のなの?」と驚いた声をあげたのも。
 とはいえそれらは、義勇の意識に長くとどまることはなかったのだ。
 なにしろ、義勇にしてみれば、広いばかりで古いことこの上ない日本家屋だ。固定資産税はそれなりにとられるが、都心から離れた地方都市でもあるし、いばれるようなものじゃない。禰豆子にしたところで、物心ついたころから住む家だ。炭治郎が驚くなど思いもよらなかっただろう。
 別れた妻には、なんでこんな古臭い家に住まねばならないのかと文句ばかり言われていたが、炭治郎の感想はだいぶ異なるらしい。

「こんなすごいお屋敷で家政夫さんなんて、俺に務まると思えません!」

 絶望的な悲鳴をあげて門をくぐろうとしない炭治郎に、義勇も面食らったが、禰豆子の動揺は義勇の比ではなかったようだ。みるみるうちに大きな桃色の瞳に涙が浮かび上がり、悲しげにしゃくり上げるまで、一分とかからなかった。
「お兄ちゃん……禰豆子のおうち、嫌い?」
「いやっ、嫌いとかじゃなくて! 禰豆子の家が嫌なんじゃなくてさ、こんな広いお屋敷じゃ、ほかにもお手伝いさんとか……」
「家に他人をあげるのは嫌いだ」
 狼狽しつつも禰豆子を泣きやませようと必死になっていた炭治郎の目が、大きく見開き義勇を映した。
「え……? あの、それじゃなんで、俺を……」
「……おまえは、禰豆子に懐かれてる。この子が初対面であんなに懐くのはめずらしいんだ。禰豆子から聞いただろう? 俺は満足に飯も作ってやれないし、洗濯も失敗する。保育園の迎えも遅れがちで、寂しい思いをさせている」
 だから。

「必要なんだ、おまえが」

 そうだ。禰豆子が健やかに『普通』に育つには、こんな不完全な自分では不充分だ。『普通』を知らない自分だけでは駄目なのだ。

 義勇の表情は変わらなかっただろう。大概の者から鉄面皮だの仏頂面だのと嫌厭される、常の無表情だったに違いない。
 けれど炭治郎は、ひるむことも、不快げな顔をすることもなかった。
 目をそらすことなく義勇の瞳をじっと見つめて、炭治郎は、やがて真剣な面持ちでこくりとうなずいた。
「俺にどれだけのことができるかわかりませんけど……精一杯務めさせてもらいます。雇ってくれてありがとうございます!」
「……声が大きい」
 辺りにひびいた炭治郎の声に、思わず言えば、あわてて口をふさぐ。先程までの真剣な顔つきなどどこへやら、きょろきょろと辺りを見回して、へにゃりと眉をさげ申し訳なさげにすみませんと首をすくめる様は、なんだか小動物めいていた。
「一緒に住んでくれるの?」
 おずおずと聞く禰豆子に笑い返した顔は、春のお日様のように温かい。
「うん。よろしくな、禰豆子」
「うん!」
「ぎ……じゃなかった、冨岡さんも、よろしくお願いします」
 また少し感じた疎外感が、炭治郎の呼びかけにいや増して、義勇はわずかに眉根を寄せた。
「なぜ変えた?」
「へ? なにをですか?」
「名前」
 別にかまわないはずだ。呼び名など、どうでもいいはずだった。けれど、炭治郎に義勇さんと呼びかけられるのを、存外自分は気に入っていたらしい。
「雇い主さんを名前で呼ぶのはマズいかと思ったんですけど……えっと、それじゃ、ご主人様? ですかね」
 少し不機嫌になった義勇は、困ったように頭をかき炭治郎が言った台詞に、どっと脱力するのを感じ、疲れたため息をついた。
「……義勇でいい。いや、義勇にしてくれ」
 そんな時代錯誤な呼ばれ方をしてたまるか。場合によっては契約書に呼び方も明記しなければならないだろうかと、遠い目をしかけたが、炭治郎はごねることなくうれしげにうなずき、「はい、義勇さん」と笑ってくれた。

「へへっ、よかった。せっかく教えてもらったのに、もう義勇さんって呼べないの残念だなって思ってたんです」

 名前一つだ。たかが名前一つ呼べるだけで、炭治郎は幸せそうに笑う。なんだかその笑みを見ていると、妙にどぎまぎとしてしまって、義勇は炭治郎の言葉に返す言葉が浮かばぬまま、ごまかすように行くぞと言い置き門をくぐった。
「はい、義勇さん!」
 笑って後をついてくる炭治郎と禰豆子の気配を背に、義勇は無言のまま歩く。
 耳の奥で優しくこだまする自身の名に、知らず微笑みそうになる顔に手を焼きながら。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作品名:Hello!My family 第1章 作家名:オバ/OBA