例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。
『ルート246』が開始した。紅いロングドレスを揺らして踊るメンバー達。センターは一期生の齋藤飛鳥である。レーザー光線が飛び交う……。
「ルート246は、言うまでもないけど、最強クラスだね」稲見は誰にでもなく、笑みを浮かべてそう言った。
「飽きねんだよなー、この一曲もダンスも」磯野は満足しながら言う。「と、鳥肌が気持ちいい!」
「業界最強タッグの生んだ名曲だよ。最高に決まってる」夕は微笑んだ。「それを乃木坂が歌うんだから、最強だ」
「カッコイイでござる……」あたるは巨大スクリーンの乃木坂46に眼を奪われる。
「私も踊れるかしら……。無理です無理です聞こえてませんよね!」駅前はあたふたと慌てる。
「聞こえたでござる」あたるは呟く。
「あらま笑止!」駅前は笑った。
いつの間にか、気が付くと『僕は僕を好きになる』が始まっていた。センターは三期生の山下美月であった。曲中に特別バージョンのダンスパフォーマンスが含まれていた。スペシャルという言葉はこの為にあるのだろう。
炎の盛大な爆発の演出と共に開始された楽曲は『インフルエンサー』であった。センターは三期生の与田祐希と山下美月である。熱い熱いこのステージは大迫力の一言に尽きるだろう。
VTRに二千十一年の乃木坂46の姿が映った。あの時、東京ドームで歌う自らの姿を想像できたメンバーはおそらくいないだろうと。活動を続けていく中で、悲しみと喜びを共有する意味を覚えた。出会いと別れを経験し、その名前を誇れる自分になっていくと。
乃木坂46の顔ぶれは、この十年で随分と変わった。それを悲しむ時もあった。しかし、彼女達は今、輝いている。力強く未来を見据えている。
彼女達が、乃木坂46--。
秋元真夏がMCで、ファンの皆へとメッセージを贈った。二期生を代表して、北野日奈子もファンへとメッセージを贈った。生田絵梨花も、乃木坂に入って十年、沢山の夢を叶えてきた、ありがとうございますと。新内眞衣はオーディションを受けたのは九年前、それが無ければ今は無いと、ファンへの感謝を語った。齋藤飛鳥は十三歳で乃木坂に加入した自分の人生は、乃木坂46そのものだと。そんな乃木坂46に出逢ってくれた全ての皆さんに、この曲を贈ります……。齋藤飛鳥はそう告げた。
『きっかけ』がかかる。掛け声が上がる。「努力、感謝、笑顔、うちらは乃木坂上り坂、46!」。そして、歌われる『きかっけ』という名曲……。一小節ごとにメンバーが一人ずつ歌っていく……。
花吹雪が舞い落ちる――。『生きよう』と、強く思わせるこの一曲は、まるで魔法の込められた楽曲の様であった。
続いて、齋藤飛鳥の煽りから、会場中のクラップが鳴り響き、やがて『シング・アウト』が始まった。
「俺、実はシング・アウトが一番好きなのかもっ……」夕は誰にでもなく叫んだ。
「歌いだしの最初の歌詞が、二百曲以上ある楽曲の中で、一番好きだよ」稲見は夕を一瞥して囁いた。
「飛鳥っちゃんのソロダンスな!」磯野は誰にでもなく笑った。「美しさで言ったら最強だろうが!」
「ヤバい、ヤバすぎるライブになったでござるなぁ……」あたるは鳥肌を心地良く感じながら呟いた。
「皆さん、綺麗ですよ」駅前は微笑んだままでそう言った。
与田祐希の煽りから『夏のフリー&イージー』が始まる。バルーンのゴンドラに乗り込んだ与田祐希と樋口日奈。もう一つのバルーンのゴンドラにも、新内眞衣と賀喜遥香が乗り込んでいる。もう一つのバルーンのゴンドラにも、遠藤さくらと久保史緒里が乗り込んでいた。
トロッコにも複数のメンバー達が乗り込んでいる。会場中に広がりをみせ、全体を魅了する乃木坂46。紫の象徴的なロングドレスだった。
『東京ドーム、行くぞ~!』という山下美月の掛け声から、山下美月センターの『ガールズルール』が始まりを告げる。バルーンのゴンドラに山下美月と生田絵梨花が乗り込んでいた。
賀喜遥香センターの『君に叱られた』が一瞬だけ洩れてしまったオーディエンスの歓声の中始まった。火花の演出が夏の終わりの線香花火を思わせる。
「改めて名曲でござる!」あたるは叫んだ。
「可愛いよな?」夕は誰にでもなく言った。「可愛すぎる、ていうか、可愛いよなーガチで……」
「世界で一人の君ってのは、俺か?」磯野はまいった笑顔を浮かべる。「叱る事ねえしよ~」
「幸せだね、乃木坂のファンは。全てがスペシャルだ」稲見は興奮を押さえながら囁いた。
「素敵ですよ、かっきー!」駅前は叫んだ。
秋元真夏のMCで、次が最後の曲だと告げられた。
それは、乃木坂46十周年を記念して制作された『他人の空似』であった。一期生の齋藤飛鳥をセンターとして、十周年を記念するに相応しい素敵な楽曲が会場をせつなく熱くする。
会場に幾つもの垂れ幕がおりた。それは乃木坂46のメンバーからのメッセージだという。
これからも、乃木坂46をよろしくお願いします――。深々と、頭を下げたメンバー達。皆さん、改めまして、ありがとうございました――と、手を振り、また会いましょうと、ステージから見えなくなっていった。
紫一色に染まる会場。
スティックバルーンの鳴りやまない音。
それは全国のファンを代表する大きな一つの唸り声のようであった。
憧れのアイドルになれたあの日、理想を追い求め、坂道を上り続けた。
鳴りやまないアンコール。
ステージに暗闇が宿ると、一瞬アンコールが更に巨大化し、『最後のタイト・ハグ』が一期生の生田絵梨花のセンターで始められた。生田絵梨花を抱きしめるシーンで、秋元真夏は耐え切れずに泣いていた。
齋藤飛鳥の煽りで、『僕だけの光』が始まった。卒業が決まっている高山一実と生田絵梨花は、二人で肩を組み合い、大きな笑顔で歌っていた。
続いては『ダンケシェーン』が一期生の生田絵梨花の『かずみんの温かいその背中が好きだった』というお約束の替え歌で始まった。会場中を駆け回るメンバー達。『やっぱかずみんだな!』という秋元真夏のサプライズでしめくくった。
秋元真夏のMCでトークが始まる。
賀喜遥香は、四期生は初めての東京ドームライブで、乃木坂に入った事を強く実感したと語った。乃木坂とこの景色を守っていきたいから、後輩にも引き継いでいきたいと語ってくれた。
齋藤飛鳥は、走り回った楽しさを語り、ステージ上で靴が脱げそうになったりとか、裾につまずきそうになったことを、不機嫌な猫になりそうと、笑いを含んで語った。生田絵梨花に『機嫌なおった?』と最後のタイト・ハグをされた齋藤飛鳥は、久しぶりに一本締めをやろうと提案した。
全国のファン達と共に、一本締めをした後は、齋藤飛鳥は『ご機嫌な猫で~す』と笑った。
VTRが流れる。社会環境の変化を語るナレーションは、乃木坂46の十年目を語る。相応しい場所があるはずだと。二千二十二年五月十四日十五日、日産スタジアムでのバースデイ・ライブの決定が盛大に発表された。
ツアーファイナル、最後の曲に、大切なあの曲を歌いたいと思いますと、秋元真夏は語った。
作品名:例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。 作家名:タンポポ