例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。
『それでは聴いて下さい、乃木坂の詩』という遠藤さくらの言葉で、ラストを飾る『乃木坂の詩』が歌い始められる。メンバーもファンも、ペンライトをかざし、これを口ずさむ。会場中が紫色の蛍光色で溢れているのであった。
『本日は本当に、ありがとうございました!』と、遠藤さくらを中心として、乃木坂46から告げられた。
皆さん、ありがとうございました――。
秋元真夏が言う。皆さん、四年ぶりの、東京ドームだったんですけど、楽しんでいただけたでしょうか?
明日が、本当に最終日となります。何より、明日はかずみんを見送る日となります。
高山一実にマイクが渡る。彼女は思い出を語る。今後の乃木坂も素敵だから、私も素敵な姿を最後に見せたいと語った。
皆さん、本当に、ありがとうございました――。
お礼を繰り返しながら、会場を後にする乃木坂46のメンバー達。
制作陣と、乃木坂46、そして全国の乃木坂46のファン達、全員で創られた見事なライブであった。
6
オンラインミート&グリート。それが今日という日の最後の乃木坂46の大仕事であった。二千二十一年十一月二十八日である。
職務を終えた乃木坂46の何名かは、ここ〈リリィ・アース〉に集っていた。
一期生の秋元真夏、一期生の生田絵梨花、一期生の齋藤飛鳥、一期生の樋口日奈、一期生の星野みなみ、二期生の新内眞衣、二期生の山崎怜奈、三期生の岩本蓮加、三期生の梅澤美波、三期生の久保史緒里、三期生の佐藤楓、三期生の中村麗乃、三期生の山下美月、三期生の与田祐希、四期生の賀喜遥香、四期生の掛橋沙耶香、四期生の金川紗耶、四期生の佐藤璃果、四期生の田村真佑、四期生の早川聖来、卒業生の高山一実。これだけのメンバーが一同に揃うのも久しぶりだろうか。
今は地下二階のエントランス、メイン・フロアの東側のラウンジにある巨大ソファ・スペース通称〈いつもの場所〉にて、乃木坂46ファン同盟の風秋夕、稲見瓶、磯野波平、姫野あたる、駅前木葉と、共に談笑していた。
西側のソファ・スペースに一期生の秋元真夏、生田絵梨花、齋藤飛鳥、樋口日奈、星野みなみ、高山一実が座り、その正面となる、〈レストラン・エレベーター〉を背にする方向の東側のソファ・スペースに、二期生の新内眞衣、山崎怜奈、三期生の岩本蓮加、梅澤美波、久保史緒里、佐藤楓、中村麗乃、山下美月、与田祐希が座り、南側のソファ・スペースに四期生の賀喜遥香、掛橋沙耶香、金川紗耶、佐藤璃果、田村真佑、早川聖来が座り、北川のソファ・スペースに風秋夕、稲見瓶、磯野波平、姫野あたる、駅前木葉が座っていた。
今この空間には乃木坂46の『誰よりそばにいたい』が流れていた。
「ほぼ乃木坂じゃない今日って」真夏は微笑んで言った。「これだけこのソファに集まるって、今までにあった?」
「なかったよねえ」絵梨花は口をとがらせて言った。「広いねえ、このソファ……。まだ余裕あるもんね」
「海外製の特注なんだ。業者には、巨人が座るソファ、て発注して、この通り」夕は真夏と絵梨花に微笑んで言った。「このリリィで一番気に入ってる場所」
「なんか、いい香りのお祭りだね」稲見は珍しく発言した。「香水というやつなのか、シャンプーやコンディショナーなのか、ハンドクリームなのか。はたまたそのどれもなのか。謎だね、このいい香りは」
「まなったんの香水って何使ってるの?」夕は不思議そうに真夏を見つめる。
「えっとね、ランバンエクラドゥ、アルページュ、ていう香水なんだけど。ちょと言いづらいんだけど」真夏は己の周囲を扇(あお)いでみせる。「爽やかな香りなの。夕君のは?」
「カルバンクラインのエタニティってやつ」夕は手首を差し出すが、真夏は遠い。「女の子の香りと、絶対かぶらない系で、一番好きな香りなんだ」
尚、会話は何グループにも分かれてされている。
「いくちゃんの香水は?」稲見は絵梨花に言った。
「えー、私ぃ。私は、フィンカの、リトルウィング、フォー、ドリーマーっていうのだよ」絵梨花は手首を香ってみる。「そうね……、シャンプーに近いかも」
「自然な感じだね」稲見はそう言ってから、飛鳥を見つめる。「飛鳥ちゃんの香水は、前にききそびれたね。今日は、教えてくれるのかな?」
「今日は、ボディファンタジー、フリージア、ってやつ」飛鳥は手首を香ってみせる。「私のも、シャンプーっぽいかも……」
「へー」稲見はそれから、一実を見つめる。「かずみんの香水も、この前はききそびれた。今日は、教えてくれるかな?」
「えー、やだー」一実はにっこりと微笑む。
「かずみん、じゃーんけーん」夕は一実にジャンケンを仕掛ける。「ぽい!」
高山一実がパーを出して、風秋夕がチョキを出していた。
「香水は?」夕はにっこりと一実にきく。
「あー、えーとね。エリザベス、アーデン、グリーンティー、を使ってる」一実は苦笑した。「甘さ控えめな感じのやつ」
「かずみんから香水きくの凄くねえ?」夕ははしゃいで稲見に言う。「飛鳥ちゃんも言ったぜ!」
「うん。ひなちま、香水を教えてくれるかな?」稲見は日奈を見つめて言った。
「香水?」日奈は稲見へと顔を向ける。「私の? フローラ、グッチのガーデンゴージャスガーデニア、使ってるよ~」
「どんな香りかな?」稲見はきく。
「上品」日奈は微笑む。「セクシーな感じ?」
「香水って、本人のイメージにぴったりなのな?」夕は感心する。
「みなみちゃんも、前には教えてくれなかったんだ」稲見はみなみを見つめて言った。「みなみちゃん、今日は使ってる香水を教えてくれるかな? ききたいな」
「えー、どうしよ……。あー、今日はぁ、クロエのオードパルファム、使ってる」みなみは照れたような笑顔で言った。「でもいつもはヴァシリーサのロージーロージー使ってることが多いかな」
「どんな香り?」夕はみなみを見つめる。
「これ」みなみは手首を夕の方へと伸ばした。「可愛い感じ。ロージーロージーの方は、なんか、お花? 花みたいな感じ」
「これもみなみちゃんっぽいよ」夕は驚いたように微笑み、稲見の肩を叩いた。「お前、突っ込むね、今日はやけに」
「まだ止まる気はないよ」稲見はそう言ってから、眞衣の方を見る。「まいちゅん、まいちゅんの香水を教えて。そういう日なんだ、今日は。飛鳥ちゃんも、みなみちゃんも、みんな教えてくれてる」
「え。そうなの?」眞衣は一瞬ためらって、稲見を見る。「アクアシャボン……。ホワイトコットンの香り、使ってます。柑橘(かんきつ)系の、ほんとさっぱりしたやつ。で、きいてどうすんの?」
「おそらく宝になります」稲見は微笑んで眞衣に答えた。「れなち、……れなち」
「ん、はぁい!」怜奈は稲見を見て、小さく手を上げた。「なにぃ? イナッチぃ」
「使ってる香水を、教えて下さい」稲見は微笑んで、頷いた。
「マジか……」夕はじっと怜奈を見つめている。「何で言っちゃうのみんな……」
「バーバリーの、ブリットシアー、オーデトワレ。です」怜奈はきょとん、とした表情であった。
「どんな香りかな?」稲見はきく。
「自然で、上品? な感じかな」怜奈は眼を見開いて、答えた。
作品名:例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。 作家名:タンポポ