例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。
「ありがとう」稲見はおじぎをした。それから蓮加を見つめる。「れんたん、れんた……ああ、あのね、使ってる香水を教えてほしい」
「ミス、ディオール」蓮加はためらいもなく答えた。「え何で?」
「知ってれば、プレゼントできるからね」稲見は言う。「香りはどうかな?」
「甘い感じで、あんましつこくない感じ、かな」蓮加は稲見を見つめる。「や、……イナッチが笑ってる、こわ……」
「梅ちゃん」夕は美波に言った。「使ってる香水、教えて?」
「えー、香水?」美波は思い出しながら、言う。「ランバン、エクラドゥアルページュ、てやつ」
「香りはどんな香り?」夕はきいた。
「あー、クセが無いんでぇ、万人受けするかも」美波は微笑んだ。
「うわあ、ヤバそう」夕は嬉しそうに微笑んだ。
「久保ちゃん」稲見は史緒里に言った。
「はい? はいはい」史緒里は稲見に振り返る。
「使ってる香水を、教えて下さい」稲見は、史緒里に頷いた。
「ザラの、チュベローズ」史緒里はわけもわからぬままに答えた。「フルーツ系の甘い香り」
「へー、いいな、それも」夕ははしゃいで微笑んだ。「でーんちゃん、なんの香水使ってるの? おーしえてっ」
「え、ミス、ディオール」楓はコンピューターの発声のように答えた。
「どんな香り?」夕は更に楓にきく。
「え、いい匂い」楓はにやけて言う。「なんでえ?」
「いや知りたいからだよ」夕は上品に、楓に微笑んだ。それから、麗乃を見る。「れーのちゃん、麗乃ちゃん。なんの香水使ってるの? 教えて」
「え、何だっけな……あ。ロクシタンの、シトラスヴァーベナ、使ってる」麗乃は微笑んで夕に答えた。「香水なんてきいてどうするの?」
「いや、まだ香りをきいてないから」夕はきく。
「かんきつ、系? さっぱりしたやつ」麗乃は夕にきく。「夕君は? 何使ってんの?」
「俺は、カルバンのエタニティ」夕は微笑んで答えた。「イナッチはせっけん」
「美月ちゃん、使ってる香水を教えてください」稲見は美月に言った。
「え、とぉ……ジルスチュアート。ヴァニララスト、てやつ」美月は頬にえくぼを作って稲見に言った。「バニラの香りだよ」
「あまーいね」夕は美月に微笑んだ。
「与田ちゃんも、教えて下さい」
「私も、ジルスチュアートの、クリスタルブルーム。オーロラドリーム、だったっけな……」祐希はにこっと笑った。「みずみずしい香りなんだけど、あ。時間がたつと香りが変化します」
「可愛い子はジル使ってるよなぁ」夕は呟いた。
「駅前さんもジルスチュアートだった」稲見は言う。
「言うな……」夕は呟いた。
「何か? 聞こえてますけれど」駅前は夕達に反応を示した。
「かっきー、かっきー、ねね。香水なに使ってるか教えて?」夕は遥香に微笑んで言った。
「香水?」遥香は、一度視線を宙に浮かべてから、夕と稲見を見た。「オハナ・マハロ、ピカケアウリィ……」
「どんな香り?」夕はにこやかにきく。
「優しい香り」遥香は微笑んだ。
「優しいんだね」稲見は微笑んだ。
「さぁちゃん、使ってる香水教えて?」夕は沙耶香に微笑んだ。
「えー。オゥパラディ、です。落ち着いた香りのやつ」沙耶香は微笑んだ。
「ふうーん。色々あるね」夕は深く感心する。
「やんちゃん、使ってる香水を教えて下さい」稲見は紗耶に言った。
「え。私の? 使ってる香水? ですか」紗耶は改めて、言う。「ジルスチュアートだけど」
「の、何々、とかある?」夕はきく。
「ああ、オードホワイトフローラル……」紗耶は眼だけを笑わせて答える。
「どんな香りなの?」夕はきいた。
「ちょうど、いいぐらいに、甘い感じ、かなー……」
「へー」夕は興味深そうに微笑む。
「璃果ちゃん、使ってる香水を教えて下さい」稲見はこちらを見つめていた璃果に言った。
「あ、やんちゃんと一緒です」
「あ、そうなんだ!」夕は驚いたように納得した。
「二人が使うと、魅力も二色に分かれるね」稲見は言った。
「まゆたん、まーゆたん!」夕はこちらを見つめた真佑に言う。「使ってる香水、教えて?」
「え?」真佑はきょとん、とした顔であった。「香水? えっとね……。サンタールエボーテの、フレンチクラシック、オードトワレ、ホワイトティー。長い」
田村真佑は苦笑した。
「でも覚えてるんだね」稲見は呟いた。
「どんな香り?」夕はきく。
「甘い紅茶の香りの中に、柑橘系の香りがまざった、なんかそんな感じ」真佑は説明した。
「大人!」夕は嬉しそうに言った。
「せーらさん、使ってる香水、教えて下さい」稲見は聖来に言った。
「オゥパラディの、……フルール、オードパルファム?」聖来は笑顔で答えた。「えーイナッチは、何使ってるのう?」
「せっけんだね」稲見は無表情で答えた。
「せーらさんの香水は、どんな香り?」夕は聖来にきいた。
「あ、でも、それこそせっけんみたいな香りかも!」聖来はにこやかに答えた。
「清潔感がせーらんさん、まんまだ」夕は嬉しそうに言った。
「ありがと。へへ」聖来は微笑んで、また元の会話に戻っていった。
「ここにいる全員にはきけたね」稲見は夕に微笑んだ。「夕がいるとみんな何となくしゃべってくれる気がする。さすが、そういう空気を持ってる男だ」
「いやー俺、香水に興味津々だけど、きいたの初めてだぜ?」夕はすっきりとした満足の笑みを浮かべていた。「乃木坂とかぶんのだけは避けたいじゃん? 素敵すぎる対象に、悪影響っていうの?」
「私の話ですか?」駅前は会話に割って入った。
「いや、べーつに」夕はそっぽを向く。
「替えるべきだ」稲見は駅前に言った。
「大丈夫です。かぶっていませんから」駅前は澄ました顔で稲見に言った。「安心して下さい、そこは。かぶることがあれば、替えます」
「いやー、いい事きいた」夕はテーブルにあったリモコンで、壁面にある大きなテレビにスイッチを入れた。「もうすぐ、乃木中だ。みんな観ようぜ」
7
秋田県に無人駅の笑内駅には、声までもが凍り付きそうなほどに、雪が降りしきっていた。空港から乗り込んできたタクシーから雪景色に言葉を失いながら、茜富士馬子次郎(あかねふじまごじろう)こと、通称夏男(なつお)氏が名付けた〈野生のトンネル〉を抜けた。
野生のトンネルとは、一本の路が通っており、その左右の木々が大きくうねり育ち、天井を隠すように伸びている事から、夏男氏にそう呼ばれる事になったらしい。夏が訪れると、木漏れ日の美しい道路である。
今はタクシーが途中リタイアするほどに、進行困難な険しい道のりとなっていた。
何十分か、上澄みだけ積もっては消えていく雪路を歩き、また何十分か、溶けた雪が泥となった湿地を無理やりに歩くと、小川が見えてくる。その小川のすぐそばに、二階建てコンクリート建造物の〈センター〉は在った。
登山道とはかけ離れているが、山は眼の前だった。
姫野あたるは、山の麓で手を合わせた。それはこの山の主である精霊たちに捧げた祈りであった。
雪で小山のように膨れたアーチを潜り抜け、常夜灯の雪を落としてから、姫野あたるは玄関をノックし、建物の中へと入った。
「だれえ? ダーリン?」
「はいでござる。夏男殿、お久しぶりでござる」
作品名:例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。 作家名:タンポポ