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例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。

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 登山服には、雪の塊がこびりついていた。吐く息は建物に入った後も白い。
「あー今、あったかくなるからね」
 夏男はキッチンから笑顔を出して姫野あたるに言った。
 姫野あたるは承知し、出入り口の玄関で二重に着ていたズボンとコートを脱いで、軽く雪を払ってから、壁のフックにかけた。
キッチンの中は暖かかった。
「あれ?」夏男はあたるを振り返る。「もう一人、誰かいない?」
「はい。あのう、実は……」あたるはキッチンの入り口を振り返った。
 ガチャリ、とキッチンのドアが開き、ぞろぞろと、磯野波平と風秋夕が重厚な登山服姿でキッチンに入ってきたのであった。
「あれえ、夕君と、波平君じゃあん!」夏男は驚いた顔で言った。「どうしたの?」
「いやー、きついっすわ」磯野は椅子に座った。「乃木坂、今が変革の時期なんすよ」
「まあ、率直に言えば、生田絵梨花ちゃんが卒業、新内眞衣ちゃんが卒業、で寺田蘭世ちゃんも卒業で、星野みなみちゃんが昨日、卒業を発表したんですよ。もうヤバいいっす、俺ら。メンブレ」夕も磯野の隣の椅子に座った。
「ついに三人も来ちゃったねえ」夏男は微笑んだ。「俺の時も、かつおやウパが一緒にセンターに来た時もあったんだよ」
「親父が?」磯野は顔をしかめて、笑わせた。「あいつも人の気持ちってもんがあんのか、ちゃんと」
「うちの父親も来たんですか?」夕は少し驚いた様子だった。
「うん。ああ、ね。俺を迎えに来たついでになんだけど、一緒にここで何泊か過ごして、卒業を見据えてから、帰ったんだよ」夏男は微笑んでいる。「親子だねえ。ウパはファーコンの激務をさぼってここに来てたんだよ」
「一緒か、俺もあの人も」夕は少しだけ笑った。
ストーブに噛り付いていた姫野あたるが言う。「小生達、何日で立ち直れるか、少々見当がつかないでござるよ、夏男殿。その為の食料は確保してきたでござるから、泊まらせていただきたい、でござる」
「あっはもーちろんだよう!」夏男は喜んだ。「誰から卒業するのう? 一緒に?」
「寺田蘭世ちゃんだと思うんでござるが、彼女にはすでに心構えがあるでござる。だからぁ、卒業を受け入れる気構えが欲しいのは、生田絵梨花ちゃんの卒業からでござる」あたるは答えた。
 風秋夕と磯野波平は違う会話をしている。
「じゃあ、生田ちゃんの事から見つめていくといいよ。みんなメンバーだからね、一緒に考えるは当然なんだけど、意識がある時は、卒業が近い人から意識するといいよ。俺も、そうした」
「かたじけないでござる、夏男殿」あたるはおじぎをした。
「夏男さん、コーヒーあります?」磯野は夏男に言った。
「あるよ」夏男は親指を立てる。「ねえ飲む? 砂糖入れる? ミルク入れる?」
「ミルクだけ、お願いしまーす」磯野はそう言ってから、ポケットから煙草を取り出した。「あれ……、夕」
「ん?」
「火ぃ貸してくれ」
「ああ、俺も吸おう」夕はポケットから出した煙草に、ライターで火をつけた。それをテーブルに置き、磯野の方にズラす。「しっかし、今の時期の笑内(おかしない)、やっばいっすね……。笑内(おかしない)、っていうか、秋田だよな」
「ああヤバいよ~」夏男が背中で答えた。
「おおよ。お前、俺なんか雪ん中でいくちゃんの歌声聴こえたもんよ」磯野は笑った。
「雪よふれ~って?」夕も笑った。「いやしゃれにならん」
「あの、歳月(とき)の轍(わだち)、名曲中の名曲でござるな」あたるはテーブル席に着席しながら言った。「あの曲を聴いた時に、もうここに来たくて、仕方が無かったでござるよ」
「ピアノ曲っていうのが、やっぱりいくちゃんのソロだよな」夕は旨そうに煙草の煙を吐き出した。「フウ~~綺麗な歌詞なんだよ」
「そういや、俺らも歌詞、書いたな?」磯野は笑顔で言った。「あれ残ってんだろ?」
「いやお前、歳月(とき)の轍(わだち)の後にする話じゃねえよ」夕はにこやかに無かった事にした。
「残ってんだろ?」磯野は疑問の顔であたるを見つめる。
「いやあ、小生もあれから、見てないでござるよ」
「はいコーヒー、ツナサンド、三人前、いっちょお待ち!」
 夏男が大皿に載ったツナサンドとコーヒーを四人分淹れてきたので、会話は一時、変化し、新しいものへとなった。
「生きる意味とは、何でござろうか」あたるはツナサンドを食べながら、呟いた。
「乃木坂」と夕。
「乃木坂だろう」と磯野。
「モー娘。との長い長い、一瞬の記憶」と夏男。
「小生は、生きる事の意味を、ようやく知ったでござる。それは、乃木坂との出会いがそうであった」あたるはツナサンドを飲み込んで、続ける。「自分の意思で、ようやく歩き出した、そんな長い長い道に」
「秋元先生の歌詞だな」夕はツナサンドを齧(かじ)りながら囁いた。
「別れがあるでござる」あたるはそう言って、強く眼を瞑った。「何度、あったでござろうか。最愛の人との別れが」
「卒業だろ、だってその後もあるだろうよ」磯野はコーヒーをすすりながら言った。
「みなみちゃんや蘭世殿のように、芸能界を引退するメンバーも、いるでござろう」あたるは弱々しく、その眼を開けた。すっと、涙が落ちる。「それはすなわち、別れ、でござる……うぅ、……小生は、もう……僕は、別れなんて嫌だよう」
「……だよなあ」磯野は眼から力を無くして、呟いた。
 風秋夕は黙って、コーヒーカップを見つめていた。
「俺に言えることはね、卒業まで、ぜえ~ったいに、後悔しないで、推してあげる事!」夏男は真剣な面持ちだった。「それは、本当の別れだったよ。俺はもう経験してる。けどね、最後……笑って見送った思い出だけは、いつまでも輝いて見えるんだ。泣いていいんだよ。泣いているんだけどね、笑って見送る、て、わかるかな」
「思い出を漁(あさ)って、泣いて笑って、最後にはちゃんと、受け止めて。彼女達が安心して卒業できるように、笑うんでしょう?」夕は言った。
「そう」夏男は頷いた。「その人の乃木坂46であった時間を誇りに思うよ、ってさ。笑うんだよ!」
「くう……」あたるは顔を俯けて、泣いていた。
「いくちゃんはよぉ……、苦い飲みもん飲んだら、苦くない演技中でもよ、苦い顔しちまうっくらいに、正直で、可愛い人なんだよ」磯野は、眉間に力を込めて言った。
「カエルがダメで、触れないのに、泣き叫んで、触ってったっけな……」夕は遠い眼で呟いた。
「あの頃のいくちゃんだって、すっげえ素敵な子だったのによ。今じゃあ、すっかり素敵な人だぜ」
「いくちゃんが好きなら、受け止めてあげろよ。ダーリン」夕はあたるを見つめて言った。あたるが、夕を見上げる。「いくちゃんは、卒業を決心したんだ。それに至るまでには時間が、歴史があるだろう……。その果てに、卒業すると、いくちゃんは決めたんだ。別れは嫌だからって、ずっと泣いてるつもりか」
「僕が、どれぐらいいくちゃんに助けられてるか、知ってるよね?」あたるは涙を落としながら夕に言った。
「そんなの知ってる」そう言った夕の頬に、ひとすじの涙が伝った。「歳月(とき)の轍(わだち)で、いくちゃんは最後なんて言ってる?」
「……」あたるはそれを思い出す。
「ずっと泣いてる奴に、そんな事言って卒業できるか?」夕は、あたるに微笑んだ。