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例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。

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「いや、意外とうまいでござるよこれは」あたるはサンドウィッチにかぶりつく。
「チキンとかシーチキンとか、何でもあったろ……」夕はサンドウィッチを皿に戻しながら言った。「何でケチャップのついたパンを食わなきゃならねんだ」
「何日いんのかわっかんねんだぞ?」磯野は眉間を険しくして言う。「食料は貴重じゃねえか。お前みたいな馬鹿から死んでくんだよ、雪山じゃ」
「馬鹿は貴様だろう馬鹿者ぉ! さんざん多めに計算して買い込んだじゃねえか!」
「いいじゃねえか別によ~」磯野はそっぽを向く。「夏男カレー食えよ、残ってっから」
「いや、もう、いい」夕は煙草を用意する。「今日の夕方、出るぞ、ここ」
「え?」あたるは驚いた顔をする。「もうでござるか?」
「十日分、食料買ったんだから、俺らが行けば夏男さんの一か月分になるだろ」夕は煙草をうまそうに吸った。「いくちゃんの卒業ライブの配信チケット、買ったから。もう気持ち出来てないとあれだぞ、ダーリン」
「配信チケットもう出たんか?」磯野は最後のひと口を食べきって、夕の皿のサンドウィッチを手に取る。「んじゃ、俺も、買お」
「気持ちは、出来ているでござる」あたるは、サンドウィッチを皿に置いて、夕を見つめた。「いつライブがあっても……あっても……泣くでござろうけどな、けど、見送れるつもりではいるでござるよ」
「いくちゃんが卒業かあ~……」夕は改めて、苦笑する。「ちょっと、簡単には言葉に出来ないな」
「できないでござる……」あたるはそう言ってから、まだ温かいコーヒーをすすった。
「ずっとこのままだと思ってた、ていうと、まんまだけどな……」夕は弱い溜息を吐いた。「たまーに、卒業ってちらついては、消してきた。だから、幸せはそのまんま、形を崩さずに保ってられた……」
「ずっとこのまま、この時間の中で生きていける魔法があったら、……使う、でござるか?」あたるは二人を一瞥した。
「使わない」夕は泣きだしそうな笑顔で言った。
「使わねえな」磯野も顔を背けて言った。「乃木坂の未来を見てみてえ……」
「時を止めたいとか、本気で思った事もあったけどな」夕は視線を背けて、二人に言う。「乃木坂は止まらない。じゃあ、止まれない。今いる全員の卒業を見送るまで、止まれない」
「そうでござるな」あたるは、微笑んだ。「ネットに、いくちゃんがジャイアンで、真夏殿がのび太君の写真が出回っているでござるよ」
「ああ見た見た。とうとうな、実現したな」夕は無邪気に微笑んだ。「あのTシャツ作ったんだよなあ? すげえ欲しい」
「最後までのび太とジャイアンでござったな」あたるは儚く空間を見つめた。「あの二人は、言わば戦友でござる。決戦を勝ち抜いてきた同士でござるよ。それこそ、ドラえもんの映画のように、様々な大冒険を潜り抜けてきた仲間でござる」
「おう、だな」磯野は何度か頷いた。
「ジャイアン達がいくちゃん達なら、小生達は、一体何者なのでござろうか。ふとそう思ったでござる……」
「そりゃ決まってるよ」夕は笑顔だった。
 姫野あたると磯野波平は、風秋夕を見つめた。
「彼女達がドラえもんなら、俺達はドラえもんを観てるオーディエンスだ」夕は得意げに言った。「ドラえもんだって乃木坂だって、オーディエンス無しじゃ成立しないんだからさ」
「そうか、そうでござるな」あたるは微笑んだ。「ドラえもんの映画で一番好きなのは、何でござるか?」
「俺な、魔界大冒険」磯野は不敵な笑みを浮かべて言った。「あれ新旧、どっちも最高な」
「俺は、のび太の恐竜、があっての、のび太の新恐竜」夕は二人を見つめて、笑みを浮かべた。「新旧どっちの映画も好きで、何度も観てるよ。イナッチの影響だな。特に、映画ならのび太の恐竜、あっての、のび太の新恐竜だなー。ちらっとしたシーンでさ、のび太の恐竜の方で育てた恐竜がさ、新しい方の映画に出てくるシーンがあって、深くは語らないが、そこは泣けた。さすがに号泣した」
「小生は、ドラえもんのび太の小宇宙戦争(リトルスターウォーズ)でござるよ。どのジャイアンも好きでござるが、特にこのジャイアンはいくちゃんと重なるでござる。力強く、勇気があり、最後の最後まで希望を放さないでござるよ」
「マジでジャイアンだと思ってんのか、あんな綺麗な人のこと」磯野は吹き出しながらあたるを見つめた。「絶世(ぜっせい)の美女、ていうんだぜ? いくちゃんのことは」
「世界で一番美しい絵画のモデルだと思ってる作品で、ルノワールの『可愛いイレーヌ』てタイトルの作品があってさ、そのモデルのイレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢っているんだけど、いくちゃんはイレーヌより綺麗だよ」夕は二人に微笑んだ。「それがジャイアンっていうのが、またいいよな、なんか」
「モナリザ、じゃないんでござるか? 世界一の美女絵画は」あたるは夕に眼をまん丸くして言った。
「そんな、モナリザしか知らないんだろ、どうせ」夕は苦笑する。「人それぞれだけどさ、美的センスなんて。フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』とか、ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』なんかは、あれ眉毛もあるかないか怪しいんだぞ?」
「おお! イレーヌ可愛いじゃねえか!」携帯電話をいじっていた磯野は取り乱した。「確かに絵画ん中じゃトップクラスか~。でもガチでいくちゃんの方が綺麗だぜ」
「な」
「見せて欲しいでござる……」
「ほれ」
「おお!」
「夏男さん、そろそろ起きるって言ってた時間だな」夕は呟いた。
「ミュージカルに出てきそうな美少女でござるな。んん、確かにいくちゃんの方が美人でござる」あたるは、二人を交互に見つめる。「小生、黙っていたんでござるけど……。いくちゃんのミュージカルに、実は行った事があるでござる」
「あ?」磯野は片眉を上げてあたるの顔を見た。「何、どれだよ。どれ行ったんだよ」
「それは、内緒でござる」あたるは微笑んだ。
「俺もあるよ、行った事」夕は波平を見て、普通に言った。
「え!」波平は驚愕(きょうがく)する。「何で誘わねんだ! 俺を! 観客の主役みてえなもんだろ言ったら!」
「お前、うるさいんだもん」夕は苦笑した。「ライブほどじゃないにしろ、興奮するし、感情的にはライブと同じぐらいぐっとくるシーンなんかもあるんだよ。お前騒ぐじゃん」
「そんな理由で……」磯野は驚愕している。
「まあそういう事だ。ブルーレイ出たら買えばいいじゃねえか。俺だってそうしてるよ。全部行けるわけじゃないからな」夕は新しい煙草に火をつけた。「イナッチだって駅前さんだってそう言ってたぜ、DVDで観てるとか、配信で観たとか」
「なっさけねえ!」磯野は驚愕している。「親友をそおーんな理由でシカトするってかあ! ダーリンよおてめえ俺の親友じゃなかったのかよ!」
「親友でござる」あたるは苦笑する。「親友でござるけあ痛え!」
 磯野波平はテーブル席を立ち上がって、風秋夕と姫野あたるに暴力をふるった。しかし、夏男の登場にて、それは落ち着いた。
「暴力はダメ、ここの決まりだよ。わかったあ?」夏男はあたるの隣に着席しながら言った。「波平君が暴れたら凄い事、わかってるんだから。かつおがそうだったし」