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例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。

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「禁止でござる!」あたるは鼻血をティッシュで拭きながら怒りの視線で磯野に訴えた。「怪獣でござるよ! まるで!」
「偶然手が当たっちまっただけじゃねえか」磯野はしょぼん、とする。
「まあ、俺らも黙ってて悪かったよ」夕は旨そうに煙草の煙を吐き出す。「フウ~~ダーリンのは俺も初耳だったけどな」
「ブログに、観に行ったり参加したりした事は報告してるでござる」あたるは鼻にティッシュを詰め込んで言う。「いくちゃんが読んでいれば、知ってるでござるよ」
「配信とか、実際ありがたいよなー」夕は灰皿に灰を落として、言った。「四六時中、何かが付きまとうだろ? そんな中、配信なら参加できる、て事あるもんなー」
「この時代の象徴でござる」あたるは更に笑顔になる。「でもやっぱり、何でもライブに限るでござるよ。生がやはり、本物でござる」
「俺はな、お前ら裏切りもんとは脳みその出来が違うからな」磯野はダメージを引きずりながら強気で言う。「配信でも生とおんなじ感覚で体感できてっからな」
「あーでも俺もそうだよ」夕は波平に言う。
「けっ」
「んで機嫌悪りーんだよー……。予定調整して自分で行けばいいじゃねえか!」
「ちまちま色々とチェックしてられねんだよこっちは!」磯野は逆切れする。「だから普段っからお前らの事信用して予定合わせてんじゃねえか!」
「合わせんでいい」
「てんめえ!」
 立ち上がった磯野波平を、咄嗟に夏男が制止した。それから乃木坂46の今後の活動予定の話になり、話題は時間と共に形を変えていった。
「え? 帰るの?」夏男はきょとん、とした顔をする。
「あと何時間かしたら、行きます」夕はにこやかに言った。「ご迷惑おかけしました」
「食料、置いてきますんで」磯野は夏男に言う。「食っといてください」
「ええ!」夏男は驚く。「いい、のう?」
「今回は、煙草は三カートンゆえ、考えて吸ってください」あたるは微笑んで言った。
「あありがとう!」夏男は立ち上がる。「じゃあさあ、三人がここに来た記念に、写真撮ろうよ! ね? 壁に飾っとくから!」
「写真撮ると魂けずられねえかな……」磯野は呟く。
「部族か」夕は嫌そうに磯野を見た。
 風秋夕と磯野波平は、姫野あたると夏男の隣へと移動した。夏男が携帯電話をかかげ、四人は何枚か記念にと撮影した。
 それも、この雪国の〈センター〉の壁に飾られ、やがては歴史になる。それを見たいつかの自分は、何を思い出して、笑うのだろうと、姫野あたるははしゃぐ三人を見つめてふと思考した。

       9

 港区の高級住宅街に秘密裏に存在する巨大地下建造物〈リリィ・アース〉の地下六階の北側のフロア正面の壁面に二つ存在する巨大な扉の、左側の扉の奥に在る〈無人・レストラン〉一号店、二号店、三号店。
 今宵はその〈無人・レストラン〉二号店にて、九月、十月、十一月、十二月生まれの生誕祭が催されていた。
 ドレスに輝くティアラをしている本日の主役達は、乃木坂46二期生の寺田蘭世、三期生の伊藤理々杏、阪口珠美、中村麗乃、吉田綾乃クリスティー、四期生の遠藤さくら、掛橋沙耶香、金川紗耶、林瑠奈であった。
 開催時刻はPM七時からであったが、主役の皆が会場に揃ったのは時刻がPM九時半を回ってからであった。
 乃木坂46ファン同盟からは、風秋夕、稲見瓶、磯野波平、姫野あたる、駅前木葉が参加している。
 〈無人・レストラン〉二号店の造りは巨大な空間を誇り、等間隔に壁面に設置されている装飾や電飾は煌々とした美しいもので成り、床には黄色を基調とした幾何学的な模様の絨毯が敷き詰められていた。
 基本的に、所々にあるテーブルには、既に御馳走が用意されている。立食式の、ビュッフェ形式のパーティーであった。
 稲見瓶は、林瑠奈の姿を見つけて、ビールグラスを片手に持ったままで近寄った。
「瑠奈ちゃん、ハッピーバースデイ」
「え、あイナッチ」瑠奈は少しだけ驚いたように振り返った。「あ、ありがとうございます」
「生誕記念に、ある秘密を教えよう」稲見は無表情で淡々と言う。「三人組陰キャアイドル、刹那少女の俺はファンだった……。とくに瑠奈ちゃんがね、何を言っているかが、解読不明で、面白くて好きだったんだ。なぜ、またやらないの?」
「あ、ありがとうございます、え?」瑠奈は困った顔で、稲見を見上げる。「なぜって、言われても……。また番組があれば」
「やるべきだ」稲見は無表情で言った。「乾杯」
「あ、ああ、はい。乾杯」瑠奈はグラスを当てて、すぐさま走り去りたかったが、稲見が傷つきそうだったのでやめた。「イナッチ、何でそんな無表情で、しゃべるん?」
「無表情?」稲見は、少しだけ眉間を動かした。「変かな?」
「まあ、それがイナッチか」
「ご理解、ありがとうございます」
 駅前木葉は、遠藤さくらと、金川紗耶と、掛橋沙耶香と共に立食で会話を楽しんでいた。
「私、もの凄く思うんですけど、いいですか?」駅前は三人に言った。
「何ですか?」さくらは伺う。
「なにい?」紗耶はにこっと笑った。
「……」沙耶香は駅前を見つめている。
「さぁちゃんさん、まず、さぁちゃんさんですよ!」駅前は眼玉をひんむいて、沙耶香を見つめた。沙耶香はびっくりする。「お歌が、素敵すぎるんです!」
 掛橋沙耶香は、駅前木葉の迫力に怯(おび)えている。
「いや! エモいんです! 最後の発声の時に、ぐいん、てキーを上げて歌われているのが癖というか、そういう感じなのだと思うんですけど、そこが素晴らしく素敵なお声なんです!」
「ありがとう」沙耶香は、ようやく笑った。「でも歌うまくないよ」
「うまいじゃん」さくらは苦笑した。
「やんちゃんさん!」駅前は大きな声で眼玉をひん剥いた。
「はい!」紗耶は身動きを封じられた。
「やんちゃんさんのダンスざんす、あざんすって言ったわね私! まあ、いいわ。ダンスです!」
「はい」紗耶は眼を見開いて駅前を見つめる。
「凄すぎめす!」駅前は眉間を顰(ひそ)めて、あごをしゃくらせて言った。「スーパーやんちゃんず、毎週楽しみに観ていめす!」
「あー、ありがとうえっきー」紗耶は笑った。「何かと思ったよー、よかったー」
「あとさくちゃんさん!」駅前はぎょろり、とした目玉でさくらを捉える。
「は、はい!」さくらは怯える。
「歌とダンスを兼ね備えています!」駅前は興奮してさくらに言う。「どちらにも洗練された可愛さがあるんです!」
「はあ……あり、がとうございます」さくらは、ほっと弱々しい笑みを浮かべた。
「何ですかあーた達、最強ですか!」駅前は興奮しすぎて混乱しそうであった。「どこまで可愛いんですか! どうなんですか最強ですか!」
「えっきー、落ち着いて」沙耶香は微笑みながら、駅前をなだめる。
「何か、飲みに行きません?」さくらは提案する。
「えっきー、ほら、行こう」紗耶は駅前の手を握った。
「ほんぐ!」駅前は紗耶に手を握られて、閻魔大王(えんまだいおう)のような形相ではにかんだ。
 遠藤さくらは怯えている。掛橋沙耶香は可笑しくて笑っていた。金川紗耶は手を放そうとしたが、放してもらえない事に気が付いて驚愕している。