例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。
磯野波平は、室内空間の最も左奥に在る、デザート・コーナーにて、伊藤理々杏、阪口珠美、中村麗乃、吉田綾乃クリスティーと談笑しながら立食を楽しんでいた。
「ライブで北海道で食べたおっきいイクラ丼が忘れられない」珠美は微笑んで磯野に言った。「ライブで食べた、焼いてくれるホタテも鬼美味しい。でも珠美はいっつもここで、ぶりしゃぶ、食べてる」
「吉田はとりあえずカニのメニュー見る」綾乃は上目遣いで、可愛らしく磯野を見上げた。磯野は鼻息を荒くした。「ここでは、新鮮な海鮮が食べたくて、ホタテ、いつも食べてる。でも湯葉も食べたいし、ここでは食べた事ないし~」
「湯葉ぐらいあんだろ」磯野は息を落ち着けながら言った。「たまちゃんも、イクラ丼ならいっつもかっきーが食べてるぜ?」
「あやいっつも温泉入ってるよねぇ」理々杏は笑いながら強調的に言った。「僕はまだ入った事ないんだけど、あるじゃん? 何階だっけ?」
「地下六階」綾乃は答えた。「えでも本当は箱根の温泉に入りたいの」
「ここのも温泉だぜ?」磯野はそう言ってから、理々杏を見る。「へへ、僕って言ったなあ。か~わいい……」
「何だよ……」理々杏は磯野を睨む。「見るな、波平!」
「もっと言ってくれよ、りりあん」
「れのちゃん、助けて」理々杏は麗乃に助け船を求める。
「波平君、ちょっと、こっち見て」麗乃は磯野に言った。
「ん?」
「キモい」麗乃は笑顔だった。「やめな、だから」
「が、がちょーん……」磯野はふ抜けたつらで呟いた。
「あっはは、がちょーん、だって!」理々杏は無邪気に笑う。「だっさー」
「ふふん」珠美も笑った。
風秋夕は、和田まあやと、寺田蘭世と、早川聖来と、賀喜遥香と、筒井あやめと、清宮レイと中央のフロアで、立食しながら談笑していた。
「歌って難しいよね?」まあやはそこにる皆に言った。「え歌って、練習して上手くなるもの? いやさ、上手くはなるけど、どんぐらい上がるの、レベルって」
「どうだろう」遥香は視線を宙に浮かべる。
「みんな上手いよね」夕は苦笑して言った。「蘭世ちゃん、俺の歌聴いた事あるよね?」
「あー、うん。あるね」蘭世は微笑んだ。
「どうだった?」夕は悪戯(いたずら)っ子のように笑った。
「お、うん。個性的な、いい感じでしたよ」蘭世はとりつくろって言った。
「俺ね、乃木坂の歌声大っ好きなんだけど、特にかっきーと、せーらさんの歌声がヤバいかも」夕は二人を交互に見つめて言った。「ずば抜けて好きかも」
「えー、私うまくはないよー」遥香は美しい表情で首を横に振った。
「スター誕生、観てくれてんの?」聖来は夕に笑いかけた。
「俺ね、せーらさんの大阪ラバーが、いっちばん好き!」夕は感情を込めて、聖来に微笑んだ。「声が、なんつーか……、可愛すぎる。せーらさんは」
「わかるー」遥香は言った。「大阪ラバー、ヤバかった」
「いえーい」聖来はピースサインを作って、微笑んだ。
「レイちゃんは、ダンスと、やっぱ英語の歌詞の歌がヤバいよね」夕はレイににっこりと微笑んで言った。「レイちゃんとあやめちゃんの、ベイビー・アイ・ラブユーあったじゃん? あれヤバすぎる」
「ありがとう」レイは無邪気にはにかんだ。
「あやめちゃん、TEEさんのラップ、絶妙に凄かったし」夕はあやめに言った。「ちゃんと聴こえてんぜ、あやめちゃんのスキル」
「あー、あの曲ね、お母さんといつも聴いてた好きな曲だから……」あやめは清楚に微笑んだ。
「あのう、全然私達の名前が出てこないんですけどー」まあやは夕に言った。
「まあやちゃんと蘭世ちゃんは、もう完璧でしょ。出来上がってんじゃん、ステージこなしてんだから」夕は二人を見て言った。「美しさだって、歌だってダンスっだって、やっぱりレベル一つ先輩だよ」
「やった、誉められた」まあやは笑う。
「やった」蘭世もふざけて喜んだ。
「でもカラオケでせーらさんに大阪ラバー歌われたら、告っちゃうな、男子は」夕は苦笑しながら言った。「俺だけじゃないはず、絶対に」
「じゃあ、歌えんなあ、カラオケでは」聖来は微笑んだ。
「かっきーも、強がる蕾、泣きながらカラオケで歌ったら、それこそ全国の男子達から告白の嵐だよ」
「えー、困るな、それは」遥香は苦笑した。
姫野あたるは、生田絵梨花と、秋元真夏と、星野みなみと、新内眞衣と、梅澤美波と、室内空間の中央奥に在る〈レストラン・エレベーター〉の前で談笑していた。
「梅ちゃん、副キャプテン就任、おめでとうでございます」あたるはにこやかに美波に言った。
「ありがとう、ダーリン」美波はあたるに微笑んだ。「ダーリン最近、ここに来てなかったでしょう? いなかったよねえ?」
「ん? んああ、そう、でござるな」あたるは苦笑した。「小旅行を、していたでござるよ」
「どこに?」絵梨花はその表情に疑問を浮かべる。
「秋田、でござる」
「あ~きた!」絵梨花は大きく頷いた。「一人でえ?」
「夕君も一緒でしょ?」眞衣はあたるを見て言った。「イナッチはずっといたもんね」
「波平君もじゃない?」真夏はあたるに言った。「いなかったよ?」
「そうでござる。三人で、ちと、旅行を……」あたるは言葉を濁(にご)した。
「私のせい?」みなみは、あごに人差し指を当ててあたるを見つめた。
「まあ、……そんな感じで、ござろうか」あたるは、力なく頷いた。
「それじゃ小旅行じゃなくて、傷心旅行じゃないですか」美波は笑って言った。
「私のせい、でもあるのか」絵梨花は、眼をぱちくりとさせながら、己を指差して呟いた。
「卒業は、宿命でござる。ゆえに、幸せになってほしいでござる」あたるは、泣かない事を胸に誓って、ふんばって言った。「卒業した後も、小生達は、ずっと味方でござる。リリィにも、遊びに来てほしいでござる」
「あー、どうなんだろうね」眞衣は考えながら言った。「でもダーリン達の顔見られなくなるのも寂しいかー……」
「一生、ここに居場所を作ってくだされ。小生達は、ここにいるでござる」あたるはそう言って、泣きそうになる。「む……、な、泣きそうでござる」
「ありがとう、ダーリン」絵梨花は笑って言った。「優しいね」
「本当に優しいのは、そっちでござるよ」あたるはそこにいる皆に言った。「小生達の人生を、明るく照らしてくれるでござる」
「そっかぁ……。じゃあ、卒業しにくいね?」絵梨花は皆を一瞥して笑った。
「でも、決めちゃった事だから」みなみははにかんで、苦笑した。「ありがとう、ダーリン」
「な、泣きそうでござる……」あたるは、強く眼を瞑った。
「ほら、私達はいなくなるけど、まだ梅とか真夏がいるから」眞衣は美波と真夏の肩をぽんと叩いて言った。
「ぐぬうう、っく、泣くもんかあああ!」あたるは物凄い形相で、顔に血管を浮き上がらせる。「ぬあ、泣きそうで、ござるう~……」
星野みなみはそれを見て笑った。生田絵梨花はうんうんと頷いている。梅澤美波も俯瞰(ふかん)から姫野あたるを見つめていた。
「また来るよ」眞衣は苦笑しながら、あたるの肩に手を置いた。「力むな」
「また来てくれるって」真夏はにっこりと微笑んだ。「良かったじゃん。これで寂しくないね?」
「来る、かも。ね」みなみは付け加えた。
作品名:例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。 作家名:タンポポ