例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。
「ダメダメ、ダメリカンドッグ……」夕は溜息を吐きながら首を横に振って目を瞑った。「我らが乃木坂46ファン同盟ともあろう者が、チェック遅いんじゃないのう?」
「もしかして、今日イナッチ殿から送られてきた、あの犬たちとの写真でござろうか?」あたるは思い出したかのように言った。「シェット、なんとか、という犬種ときいちゃんが戯(たわむ)れる写真でござろう?」
「シェットランド・シープ・ドッグな。シャルティだよ」夕はにこやかに言った。「イナッチの実家が飼ってた愛犬。シェルティーのジャッキーと一緒の犬種と、きいちゃんが遊んでるんだよな」
「イナッチ? そういやなんかラインしてきてたな。見てねえや」磯野はソファに座った。
「イナッチ今日どうしたの?」美月は夕にきいた。
「もちろん来るよ」夕は美月に微笑む。「自室じゃない? ここにはもういるよ、たぶん」
「あれじゃねえの、バナナマンさんの番組、与田ちゃん出てっから観てハアハア言ってんじゃねえの?」磯野は考える。「それか、らじらーとかで、やっぱハアハア言ってんじゃねえかな……」
「写真集の名前、何になるかな?」夕は無邪気に微笑んだ。「俺さあ、いっつも写真集のタイトル何になるかすっげえわくわくしてるんだよね」
「ファースト写真集が、空気の色、だろ?」磯野は日奈子を見つめ、それからメンバー達を見回していく。「蘭世ちゃんが、なぜ、忘れられないんだろう? だろ。でえ、与田ちゃんが、日向の温度と、無口なおっぱい、だよな?」
「マダファッカ!」夕は興奮する。「シャラップ! ハウス、波平!」
「でえ、美月ちゃんがあ、忘れられないお尻、だっけか」
「貴様ふざけて言ってやがるな!」夕はソファを立ち上がる。皆は苦笑していた。
「忘れらんねえだろうが!」
「忘れねえよ! 忘れねえけど心にしまっとくもんでしょうよ!」
「はあああセクシーなの思い出すでござるうう!」
「カオス……」美月は笑みを浮かべて呟いた。
「男の子だねえ」綾乃は苦笑した。
「やだな、なんか恥ずかしい……」祐希は照れて苦笑する。
「そういうふうに、見ちゃうよねえ。男の子たちは」葉月は男子達を見つめながら囁いた。
「俺はいやらしい眼で見てない!」夕は必死に女子達に訴える。「綺麗だな、てちゃんと見てる!」
「うちらは、日奈子達はほら、もう撮っちゃったんだから、あとは見てもらうだけだから」日奈子ははにかんで夕に言う。「自由よ」
「フリーダ~~ム!」磯野は両手を掲げて叫んだ。
「小生も寝る前には絶対に見ないように心がけているでござる!」あたるは真剣な面持ちで日奈子に言った。
「どういう意味?」日奈子は顔を苦笑させる。
「ダーリンしゃべるなもう!」夕は磯野の前に身体を出して、あたるの頭を殴った。あたるは「痛たーい!」と唸っている。そして磯野にもげんこつを落とした。「てめえら山賊かなんかかこらっ! 下品にもほどってあんだろ!」
「色気のねえ女なんぞいらん!」磯野は頭を抱えて夕にいばった。「十三歳でもな、最初っからエロさなんてねえけどな、だんだんとそういうのがくっついてくんのが応援してて最っ高に楽しいんじゃねえか! てめえは違うのか!」
「うっ」夕は、少し考える。「俺は別に、何も否定してねえよ。お前らが下品なんじゃねえかって言ってんだ……」
「おっぱいは嫌いですかーー!」磯野は、アントニオ猪木のものまねで叫んだ。
「く、…好きだよ」夕は表情を歪める。
「聞こえなーーい」磯野はアントニオ猪木のものまねで叫ぶ。「お尻は嫌いですかーー!」
「好きだよ!」夕は大声で言った。「それとこれとは話が別じゃねえか!」
「しょ、小生には刺激が強すぎるゆえ、コメントは控えさせてもらうでござる!」あたるは赤面しながら、両手で顔を隠した。
「でも特定の女子に興味があるだけであって、俺は誰でもいいわけじゃねえからな!」夕は磯野に叫び、女子達を見る。「乃木坂だけだから、って……、何言ってんだ、俺は……」
「久保ちゃんがいなくてよかったね」美月は笑みを浮かべて言った。「ふけつ、て言われちゃうよ、三人共」
「俺もなの!」夕は驚いた顔で美月に言う。
「男、ですから……」磯野は照れ笑いを隠すように、凛々(りり)しく微笑んだ。
「不器用なもんで……」あたるは爽(さわ)やかに苦笑した。
「いいよいいよ、俺だって男だもんな」夕は気分一新、といったふうに溜息をついた。「お前らといると、モテない菌がうつっちまう……」
「なんちゃって王子様なんてそんなもんよ」磯野は鼻を鳴らして、座視で夕を一瞥した。「正直でいようぜ~。乃木坂の前だぜえ? 理性なんか通用すっかよ。バケモンみてえな魅力の前に、そんなもん吹っ飛んじまう」
「てめえの場合は羞恥心(しゅうちしん)が吹っ飛んでやがる……」夕はキレかけの表情を俯けて、呟いた。「女性の前で、ぬけぬけと……」
「お前はキザりすぎなんだよ」磯野は頭の後ろに後ろ手を組んで言った。「躊躇(ちゅうちょ)るんなら、あやめちゃんとか、そういうメンバーの前で躊躇(ちゅうちょ)れって。大人じゃねえか、みんな」
「確かに、大人に許された魅力の写真集でござる」あたるは赤面したままで、女子達と眼を合わせずに、アサヒ・ザ・リッチを手に取った。「小生は、セクシーな乃木坂には眼が無いでござるが……、普段セクシーとはかけはなれている乃木坂の、ちらっと見せたセクシーさにもズッキュンするでござる……」
「基本俺は可愛い方が好きだな」磯野はすっきりした顔で言った。
「さんざん暴れた事言いやがって、すっと通用すると思ってんのか」夕は磯野をきつく一瞥して言った。「俺は本当に無邪気な乃木坂が好きなんだ、もうお前は違う。エロスだお前が求めるものは!」
「まあまあ」祐希は苦笑した。「あ、辛いもの、食べよっかなー……」
「与田、おでん食べよ」美月は祐希に微笑んだ。「タマゴ~、あでもしらたきもいいな~」
「からし頼む?」祐希は美月を見つめる。
「絶対、たのむ」美月は微笑み返した。
「揚(あ)げもみじ饅頭(まんじゅう)食べない?」綾乃は葉月に言った。「ちょう美味しいよ?」
「食べる~!」葉月ははにかんだ。
「きいちゃん、写真集、芸術品だと思って、いやらしい眼では絶対に見ない事を誓うよ」夕は苦笑しながら日奈子に言った。
「いやあもう、お任せしますよ。ふふん」日奈子は笑った。
「蘭世ちゃん」夕は蘭世をにこやかに見つめる。
「はい?」蘭世はメニュー表から、夕へと顔を上げた。
「卒業おめでとうだけど。また遊びに来てね」夕は屈託なく、蘭世に微笑んだ。「いつでもリリィ・アースは蘭世ちゃんを待ってるから」
「はい」蘭世は、素敵な笑みを浮かべて、頷いた。
11
乃木坂46生田絵梨花卒業コンサート、二千二十一年十二月十四日、当日。生配信でこれを〈リリィ・アース〉の地下六階の映画館のような大型な造りになっている〈映写室〉で見守るのは、乃木坂46ファン同盟の風秋夕と、稲見瓶と、磯野波平と、姫野あたると、駅前木葉の五人であった。
五人は生田絵梨花のファン装備を身に纏っている。それぞれが両手に握っているサイリュウムのカラーも、生田絵梨花推しカラーの黄色と黄色である。
作品名:例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。 作家名:タンポポ