例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。
心臓の鼓動が、早くなる。
とくんとくん、と、躍動するのがわかった。
「ツーデイズ、卒業式ってこと?」夕は稲見に言う。「さっき飛鳥ちゃんからモバメ入ったんだけどさ、今日も卒業式です、って言ってたから」
「間違いないね」稲見は視線を巨大スクリーンに向けた。「二日間、どっちもが、卒業式なんだ」
「緊張すんな~」磯野はあたるに笑った。「いくちゃん、笑ってくれっかな?」
「きっといっぱいの笑顔で、笑ってくれるでござる」あたるは微笑んだ。
「想いの残らないよう、私は集中します」駅前は誰にでもなく呟いた。
「おう。俺もだぜ」磯野は笑みも程ほどに、巨大スクリーンを眺めた。
姫野あたるも、今は乃木坂46のインストが流されている巨大スクリーンを見つめる。
それは、間も無く始まった。
影ナレが始まる。会場がざわついた。丁寧な可愛らしい影ナレは、『生田さん、大好き~!』でライブの注意事項を終えた。『い』の伊藤理々杏、『く』の久保史緒里、『た』の阪口珠美であるとの事であった。
会場中が黄色いサイリュウムで埋まっている……。会場が暗闇に包まれると、やがてVTRが始まり、あの頃の懐かしい生田絵梨花のオーディション映像が流された。
オーバーチャーが流れると、オルゴールの音色から『乃木坂の詩』が流れ、長い通路をステージへと向かって歩く、生田絵梨花の大きな影が現れる……。
生田絵梨花の独唱で始まったのは、『最後のタイト・ハグ』であった。ステージから走ってきた一期生の秋元真夏と齋藤飛鳥に抱きしめられながら、メインステージへと移動し、乃木坂46でこれを歌った。
続いて『僕がいる場所』が生田絵梨花センターで歌われる。襟のある紫の刺繍が印象的な白のロングドレスであった。懐かしき名曲に、早速涙しているファンも多いだろう。
『ダンケシェーン』が大迫力で開始する。センターは生田絵梨花である。会場中を走って回るメンバー達。掛け声を飛ばしながら、オーディエンスの眼の前でかなり嬉しいであろうファンサが行われた。秋元真夏が『やっぱいくちゃんだな!』でこれをしめくくった。
生田絵梨花をセンターに、『会いたかったかもしれない』が始まるも、これも会場中を移動しながらのパフォーマンスとなった。齋藤飛鳥と肩を組み合い歌う生田絵梨花。
デビュー曲『ぐるぐるカーテン』が生田絵梨花のセンターで歌われる。バックスクリーンには懐かしい映像。そしてステージには現在の乃木坂46。とてもエモーショナルな演出であった。
『ありがとうございまーす』
生田絵梨花の挨拶から、秋元真夏のMCでトークが始まった。
同期の和田まあやは、こんなにいくちゃんの事大好きだったんだと気付いたと語った。もっと甘えれば良かったと。
二期生の新内眞衣は、生田絵梨花とたまたま楽屋で一緒だった時、十年ぐらいいたら、やり切った感あるよね、と過去に生田絵梨花が語ったが、それを本人は全く覚えていないというオチでオーディエンスを笑わせた。
VTRが始まる。生田絵梨花は自分についてを語った。壁を作りやすく、緊張を与えてしまうと。しかし後輩たちはすきを伝えてくれたと。
生田絵梨花センターで四期生と『アイシー』が歌われるという、最強のサプライズがステージ上で起こった。賀喜遥香が会場中を煽る。
なんと、そのまま生田絵梨花をセンターとして『三番目の風』が三期生と始まったのであった。風秋夕は耐えられずに涙をこぼしていた。
このサプライズは、ファンには特別なものであろう。一人一人、それぞれが個人的に由縁ある異なるダンスやパフォーマンスを生田絵梨花と披露していく三期生達。生田絵梨花は走り、パフォーマンスし、を繰り返してこれを完成させた。
生田絵梨花をセンターとして、二期生楽曲の『アナスターシャ』さえもが始まった。ステージの長い通路を寄り添いながら歩く二期生達と生田絵梨花。そんな長い長い道のりが、実際にも互いにあったのだろう。表情は、自然と皆が、笑顔であった。
一期生全員で歌う『白い雲に乗って』が始まった。センターは生田絵梨花である。
一期生全員で『あらかじめ語られるロマンス』が歌われる。人気曲として誇られるほどに可愛らしい至高の一曲であった。
「なんか、いやー……凄いな、この卒業式」夕は、息を吐いて笑った。
「いくちゃんさんの努力が、深々と伝わってきますよね!」駅前はにこり、と美しく微笑んだ。
「アイシーの時、びびってもらしそうんなった」磯野は鼻息を荒くして言う。「興奮しすぎだぞ、イナッチ!」
「お前だよ」稲見は無表情で言う。「でもそれが正解だ。こんなに素晴らしいライブは他にない」
「小生、思ったでござる。この前のかずみんの東京ドームライブの時は、素早い光の塊が、乃木坂に降臨した瞬間からライブが始まったでござるよ。それはすなわち、光と同化した乃木坂は、あの時、時を止めていたでござる」あたるは稲見を見る。稲見もあたるを見た。「イナッチ殿、いつかブリーフィング・ルームで言ったでござろう? 光の速さの中ならば、条件的に、時は制止すると」
「うん。止まるね」稲見は頷いた。
「あの東京ドームライブでは、乃木坂はライブの時間だけ、時を止めたでござる。しかし、今日のライブでは、時は止められてござらん」
「というと?」稲見はきいた。
「十年を、表現しているんでござるよ、乃木坂の。いくちゃんの十年間を……」
樋口日奈のMCで、トークが行われている。
VTRが始まる。
星野みなみとオーディション合格の記者会見の撮影の時に、何処を見たらいいのかなあ?という星野みなみの質問に、生田絵梨花は「ああ、前を見てれば大丈夫だと思います」と冷たく接してしまったという過去の思い出話は、聞いていて懐かしく思うファンも多かった事であろう。
『私、起きる。』が生田絵梨花と四期生の遠藤さくらと同じく四期生の筒井あやめのフロントで歌われた。
『遥かなるブータン』が生田絵梨花のセンターで歌われる……。バックスクリーンにメンバーからの愛のこもった手製のメッセージカードが映されていく。
生田絵梨花のセンターで『他の星から』が開始される。大好きな楽曲に、稲見瓶は思わずに泣き始めた……。
「究極に、感無量、だね……」稲見は眼鏡の中の眼を指先でこすった。
「メンバーがまた新しいな!」夕は興奮を隠せない。
「メンバーが新しいじゃねえか!」磯野は興奮して言った。
「それ今俺が言ったでしょうよ……」夕は嫌そうに磯野を一瞥する。
「演出からも眼が離せないでござる」あたるは眼を見開く。
「ああぁ、名曲です」駅前は鳥肌に悶(もだ)える。
そして始まる『低体温のキス』紫のロングドレスの上に革ジャンを着て、炭酸ガスを銃で撃つその姿は、いつかのライブと重なるが、やはり現在の完成された美しさが際立って見えた。
生田絵梨花の決め顔から、奥に在るメインステージにて控えた紅い衣装の和田まあや率いる乃木坂46にて『あの日 咄嗟に僕は嘘をついた』が開始される。
アンダーメンバーによる『13日の金曜日』が可愛く踊られ、歌われる。センターは山崎怜奈であった。
作品名:例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。 作家名:タンポポ