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例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。

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 夜空を見上げれば、そこには、君達が見上げた時とおんなじ星空が見える……。
 同じ時を刻んで、同じ笑顔で、十年間を見守ってきた。
 僕には、君が泣く意味がわかる。
 僕も、泣いているから。
 どんな時も好きだった人。
 どんな困難も乗り越えてきた人。
 僕が暗闇にとらわれた時は、いつだって映画のジャイアンみたいに、簡単に僕を救い上げてくれた……。
 おんなじ時間の中にいて、君をひたすらに見つめて来たんだよ。
 寂しくないわけがないよ。
 くじけそうだよ。
 でも、君が歌うなら、僕は何度だって立ち上がってみせる……。
 君が、大好きだから。
「いぐぢゃん、いぐぢゃーーーーん!」
 姫野あたるは泣きじゃくりながら、大きくサイリュウムを振った。永遠に忘れぬ事をこの時に誓って。
「好きで好きで、仕方のない一曲でござるぅぅ!」あたるは顔を歪ませて叫んだ。
「か~わいい」夕ははしゃぐ。
「いいね、可愛すぎる曲だ」稲見は微笑んだ。
 駅前木葉は必死で、ユニゾンで『あらかじめ語られるロマンス』を口ずさんでいた。
「いんや~、ヤバすぎるだろ~この曲~」磯野は上機嫌である。

 樋口日奈のMCで生田絵梨花と一期生とのトークがされている。生田絵梨花と秋元真夏は間も無く次の準備に向かった。四人でのトークとなる。
 生田絵梨花は、十の質問というVTRで、TMCのスタジオにまだひとりで行けない事を暴露した。秋元真夏を一言で表すと『妻』であり、齋藤飛鳥は『初恋』であるとも。樋口日奈は『神対応』。星野みなみは『お姉ちゃん』。和田まあやは『天才』。
乃木坂46の後輩に伝えたい事は?と問われると、生田絵梨花は『仲間になってくれて、ありがとう』と伝えたいと答えた。乃木坂に入って良かったことは? という問いには、『人間になれた』と答えた。乃木坂で心をいっぱい知れて、だいぶ人間になれたなと語った。
生田絵梨花にとって乃木坂46は? という問いに、生田絵梨花は、『乃木坂46はホーム』であると答えた。
 座右の銘は、『腹が減っては戦はできぬ』との事であった。
 からあげ姉妹の『無表情』が生田絵梨花と秋元真夏のデュエットで歌われる。

 稲見瓶はふと、初めてこの曲で泣いている己に気付いた。
 大丈夫――。この言葉で始まるんだね、無表情は。
そういえば、そうだったね……。
 この言葉は、俺にとって少し特殊な意味のある言葉なんだ。
 昔、学生時代に、貧しい国から、一生懸命に努力してこの国に働きに来ている一人の海外労働者と出逢った。
 彼は、タワーレコードの中で、誰かのCDを探していた。
 声を掛けると、彼は言った。『ダイジョウブ』。私の好きな言葉です。
 辛い、ある。けど、大丈夫、あれば、安心できる。いい言葉ね。
 彼は乃木坂46のは派生ユニット、からあげ姉妹の『無表情』を探していた。
 大好きな言葉から始まるいい曲だと、彼は大きく笑っていた。
 今、俺の一番好きな言葉は『大丈夫』になっている。
 それも、君がくれた縁だね。
 どれだけ思い出をくれたか……。君のいないところでも、君のことをつい考えてる。
 いくちゃん、大好きだよ。
 旅立つ君に贈る言葉は、決めてある。
 それはね。
 大丈夫――。
「無表情で泣くか」夕は稲見を一瞥して笑った。
「…ふ、……まあね」稲見は微笑む。
「いくちゃんがまなったんを笑わしてんだよな、くすって笑ったんだよ、まなったんが」磯野は巨大スクリーンを見つめたままで言った。
「エモい、でござる」あたるは顔を歪ませる。
「一つ一つ、歴史を感じますね」駅前は微笑んだ。

 曲中に、秋元真夏から生田絵梨花への手製の手紙がバックスクリーンにて贈られた。
 懐かしいキャッチフレーズと共に、樋口日奈、和田まあや、齋藤飛鳥、生田絵梨花が自己紹介をして、『偶然を言い訳にして』が始まった。
 曲中に『まいやーん、ななみーん、さゆりーん、かずみーん、見てる~!』という生田絵梨花の何とも言い難い嬉しさのある煽りがあった。
 歌唱中に、感謝状が渡され、生田絵梨花は泣き出した。そのトークは曲の終了後もしばらく続いた。
 トークの締めくくりに、ずっとやりたかった一発芸をやって終わろうか、という生田絵梨花に、一発芸って言っちゃダメだよたぶん、と齋藤飛鳥が正し、樋口日奈が高山一実の『アメージング』、和田まあやが松村沙友理の『さゆりんごパンチ』、齋藤飛鳥が橋本奈々未の『そっちこそ』、生田絵梨花が白石麻衣の『はふーん』を披露した。
 『あの日 僕は咄嗟に嘘をついた』が始まり、コミカルであった空気感が一瞬にしてシリアスなものに移り変わる。
 続いて、山崎怜奈をセンターに『13日の金曜日』が歌われる。アンダーの最骨頂を垣間見た。
 生田絵梨花の歌い出しで『ここじゃないどこか』が歌われる。続いてオリジナルメンバーの星野みなみが続く。生駒里奈と三人の楽曲であったこの曲も、今は二人。それも今宵が最後となる……。
 バックスクリーンではタンポポの真っ白なわたげがふわふわと浮かんでいた……。
 涙に声を詰まらせて、何も言えなくなる星野みなみ……。手を掴みながら、大丈夫、と微笑む生田絵梨花。星野みなみは、生田絵梨花と生駒里奈のいない悲しみを語った。いっぱい尊敬する所があるいくちゃんと十年間やれてよかったと。十年間お疲れ様でしたと、抱き合う二人……。
 最後、二人はまた抱き合ってこれを終えた。

 駅前木葉は、生田絵梨花を見つめて放さなかったこの十年間を思い返す……。
 いくちゃん、あなたと重ねた月日は、どんな時間も特別そのものでした。
 私はあなたのピアノを聴いて、弾かなくなりました。
 けれど、あなたのピアノを聴いて、また弾きたくもなりました。
 人間として比べてしまうとあなたの潜在能力の高さに、膝まづきたくもなります。
 しかし、推していいと言われれば、こんなに推したい人は他にはいませんでした。
 私はあなたの理解者になりたがった、一個人の小さなファンです。
 でも、あなたを応援する時……。
 あなたを好きでいる時、宇宙を形成しています。
 惑星の一つは、あなたの作った思い出や、笑顔や。
 私があなたを好きだと実感した瞬間たち。
 あなたは行ってしまう……。
(どうか、行かないで。)
 あなたを信じる勇気があります。
 (おいて行かないで……。)
 あなたの旅路を、ここで一度見送ろうと思います。
 (そして、私の心はこれからも……。)
 あなたと共について行きます。
 ピアノ、今また練習しているんです。
 いつか、あなたに聴いてもらいたくて。
 乃木坂のいくちゃん、さよなら。そして……。
 おめでとうございます――。
「いぐぢゃーーん! いぐちゃん、っぐ、いーーぐぢゃーーーん!」
 駅前木葉は、初めて生田絵梨花の歌声を聴いた時のように、素直に、号泣し、大きくその愛しい名前を叫んだ。かけがえのない思いを抱きしめながら……。

 『やさしさとは』がかかり、生田絵梨花が独唱する。松村沙友理の卒業コンサートで、『私が一人で歌い継ぎます』と語ったあの日の約束を守るかのように、生田絵梨花はこの名曲を独唱する。