例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。
乗り気の生田絵梨花と、乗り気でない齋藤飛鳥は、東側のラウンジのソファ・スペース、通称〈いつもの場所〉に顔を出した。
「やってるね~、メリークリスマス」
生田絵梨花の一声に、気が付いた四期生達から「メリークリスマス」の声が華やかに上がった。
「あ~、生田さん」遠藤さくらは嬉しそうに絵梨花たちに手を振った。「どこにいらっしゃったんですか?」
「上上」絵梨花は適当に空いていた端のソファ・スペースに座った。「BARノギーとBARザカーと、無人レストラン、に行ってきた」
「おい、賀喜、呑んでるのか?」飛鳥は賀喜遥香の隣が空いていたので、腰を下ろした。「未成年じゃあないよなあ?」
「あー違います違います。二十歳です」遥香はにっこりと飛鳥に微笑んだ。「ちょこっと、呑んでます。あ……」
皆は天井を見上げる。一瞬だけ落とされた照明の灯りは、次の瞬間、ロマンティックなムードのライティングに変わった。
アラジンのア・ホール・ニュー・ワールドのメロディが流れてきた。
東側のラウンジと、西側のラウンジの中央に、アラジンの格好をした磯野波平がマイクを握ってスポットライトを浴びていた。
「なにぃ?」絵梨花は後ろを振り返りながら驚く。
「波平君?」さくらは眼をうすめて遠目に見つめる。
「また……」飛鳥はそちらを見つめながら溜息を吐いた。
「波平君だ?」遥香は顔をにやけさせる。
磯野波平はハンサムに、白い歯を見せて笑みを浮かべ、歌い始める……。
愛犬・醤油・ザ輪~、シャイに・週二無理
スプレー・ディック
テェルミプリンセース・なウェンディ土曜ラス
レッツチョパー・ディックサーイズ
愛犬オーペン・ニューライス・低級なんだ馬鹿なんだ
オーバーサイズディック・円あんだ
女マジック・カーペライ
アホ・ニューウォー・アニュー・変態スティック
ぽーいのビュー
のワントゥー・テーラス脳・おえトゥーゴー
オー臭いうぇー・おんりドゥリーミーン
「歌詞が怪しい」遥香は苦笑する。
「何回ディックと言う気だ、お前は……」稲見は呟いた。
「英語が、聞き取れない!」清宮レイは驚いた様子で磯野を見つめる。
「え、何て言ってるの?」北川悠理はきょろきょろする。「なんか、危ないことばっかり言ってない?」
生田絵梨花と齋藤飛鳥は笑っている。他の四期生もなぜだか笑っていた。しかし、磯野波平は涙ぐんで歌っている。
やがて歌唱を終えると、磯野波平は「サンキュー、ベリーマッチョ……」と言い終えて、床にマイクを置いて、ソファに近寄ってきた。
「やー、やっぱアラジンだなあ?」磯野は満面の笑みで言う。「中坊の時に暗記したんだよ」
「あー、笑えたわ」飛鳥は笑い終える。
「声は出てたわ」絵梨花は磯野を見上げて言う。「音程がね、ちょと、残念」
「まあそこは気合で勝負っしょ!」磯野は微笑む。
「ディックはよせ」稲見は真顔で磯野に言う。「将来、乃木坂が知った時ショックを受けるかもしれない」
「あ?」磯野は稲見を一瞥してから、適当に空いているソファに座った。「さあ、盛り上がったところで、呑みなおそうぜ~」
「そんなアラジンは嫌ですね……」駅前は磯野を見つめて言った。「夢がありませんもの」
「なに、そんなに美女と野獣も歌ってほしいか?」磯野は上機嫌で駅前と稲見を一瞥した。「歌っちゃう? あじゃあ、いくちゃん、ちょと女子のパートやってくんね? イーサン! マイク西のラウンジに一本送れ!」
「えー……。歌えるかな……」絵梨花は磯野を見る。「歌詞は? 出ないの?」
「じゃあ画面に歌詞出るようにして、向こうのソファで歌おうぜ!」
わいわいと賑やかにクリスマス会がすすむなか、やがてまた、照明が落とされ、ロマンティックなムードのライティングのなか、美女と野獣の『ビューティー&ビースト』のメロディが流れ始めた。
白い歯を見せて笑う磯野波平は、苦笑している生田絵梨花を見つめて、マイクを口元に持っていった……。が、生田絵梨花の順番だった為、マイクを引っ込めた。
生田絵梨花パート
テェザオウダスターイム・トゥルーエズエーキャンビー
ベンリーイーブンフレェンズ・バッサンバリー・ベンス
アーエクスペグドゥリー
磯野波平パート
弱さ理論変・相撲・臭せいザ・リース
ボーンは理論スゲー ニーはアップルパーイ
二人パート
ビューリーアンドァービーストゥ
エーバジャスタセーイ・エーバワォスプラーズ
エンバーアズビフォー・エーバジャースタショー
アザサンウィールンラーイズ
二人でのパートの部分では、生田絵梨花の美しい歌声が勝り、それはまさに芸術に聴こえた。
涙ぐみ、歌う磯野波平は、生田絵梨花の方を見つめ、ゆっくりと頷き、歌い続ける。
生田絵梨花も、微笑み、ゆっくりと頷き返すと、その見事なまでの歌を続けた。
やがて曲が終わり、生田絵梨花は「ありがとうございました」。磯野波平は「アンコール、ありがとな」で歌唱を終了とした。
二人は東側のラウンジに戻った。盛大な拍手がわいていた。
「生田さん、凄い!」遥香ははにかんで言った。「感動しました!」
「波平君、全部、なんて言ってるかわからなかった……」悠理は眼をぱちぱちと瞬きさせて言った。「何語?」
「え、英語で歌ってたんだよねえ?」レイは磯野に確認する。
「英語ってかなぁ、俺のはけっこうスラング入ってっからな」磯野は困った笑顔でレイに言った。「入っちゃってんのよ、スラングが」
「スラングって? なに?」筒井あやめはレイを見る。
「あー、スラングはぁ、超ヤバい、とか、そういう言葉遣いのこと!」レイは笑顔であやめに答えた。
「スラングというか、スカンクが入ってる」稲見は無表情で言った。「すもう臭い、ザ、リスと聴こえたけど……スカンクだね、もうそれは」
「波平君、面白いね」黒見明香は磯野に微笑んだ。
「黒見ちゃん……」磯野は感動する。「だはっ、英語な、得意なんだよ!」
「それは嘘だ」稲見は無表情で言った。「意味をわかってて乱用する単語じゃない単語を、乱用してたからね。特にアラジンは」
「つっかかんなてめー……。別にロシア語とかブラジル語とかよりゃ英語の方が得意だわ」磯野は稲見を一瞥して素っ気なく言った。
「いや生田さんマジでヤバいっすわー」林瑠奈は絵梨花を見つめて微笑んだ。「ミュージカルでした、もう」
「しかも見せ場ね、一番いいところ」佐藤璃果も絵梨花に微笑んだ。
「うそ、あーよかったー」絵梨花ははにかむ。
「がっはっは」磯野は上機嫌で笑った。「あー、な? ミュージカルのな? 一っ番いいところな?」
「波平君に言ってないからね」弓木奈於はにやけて磯野を見つめる。
「生田さん、だからね。凄かったの」松尾美佑は奈於に続いて磯野に言った。
「あーそうだね、わかっとるよ」磯野はにこにことしている。「俺なんて刺身のつまだ」
「イナッチ顔あかーい、んふ」掛橋沙耶香は稲見の頬に己のグラスを当てた。「冷めた?」
「ああ、そう、だね……」稲見はたじろぐ。
「イナッチまた更に顔赤くなったんだけど」金川紗耶は稲見を笑った。
「イナッチとえっきーは、歌わないの?」柴田柚菜は稲見と駅前を一瞥して言った。
作品名:例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。 作家名:タンポポ