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例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。

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「俺は歌えない」稲見は、こちらを向いた柚菜に頷いた。
「私も、歌は難しくて……」駅前は苦笑した。「苦手ですね、しょうじき」
「生田さんがいかに凄いか、わかっちゃうよね」沙耶香ははにかんで言った。
「凄かった~」遥香は手を合わせて感激する。
「あは、あは、ありがとう」絵梨花はふざけて笑った。
「パートナーも優秀だったなあ?」磯野は嬉しそうに笑った。
「自画自賛」飛鳥は呟いた。
「本気で言ってます?」駅前は真顔で、磯野を見つめる。
「あぁ?」磯野は駅前の視線に気づいて、笑うのをやめた。「何だよ、本気って……。あぁ、本気で歌ったかって?」
「いやそうではなくて」
「本気つったらぁ、でもま、本気っつったらぁ、あれか、本気か」磯野は楽しそうに話す。「でもほんとなら、乃木坂の方が得意なんだけどなあ?」
「例えば?」絵梨花はきいた。
「乃木坂の、なに、が得意なの?」遥香は試しにきいてみる事にした。
「ひとりよがり、だな」磯野は上機嫌で言った。「あれ切なっく歌うと、ガチでいいのよ~」
「ひとりよがりですもんね」駅前は囁いた。何人かがこっそりと笑った。
「まあなー」磯野は満面の笑みである。また、何人かが笑った。「どう考えたってひとりよがりだろうが~」
 また密やかに、何人かが笑いを堪えきれずに笑っていた。
 東側のラウンジのテレビジョンが、画面上に地下六階の〈無人・レストラン〉の映像を映し出した。
 気づいた者から、そちらを見上げていく……。
 画面には、風秋夕と乃木坂46の三期生達が映し出されていた。
『波平のアラジン、こっちにまで映像付きで流れてんだよ……』風秋夕は困った顔でそう言うと、微笑む。『いくちゃん、美女と野獣すごかったね! こっちじゃあスタンディング・オーベーションだったよ!』
「あらー、ありがとう。てこれ、どこ見てしゃべればいいの? 映ってんの?」絵梨花はテレビ画面を見つめる。
『映ってるよ。中央の画面の上に、小型レンズがあるから、なんとなくテレビ見てれば目線も映ってる』夕はそう言ってから、顔をしかめる。『波平、てめえ二度と乃木坂の前でアラジンだけは歌うなよ!』
「あぁ?」磯野はテレビを見上げる。「あんで?」
『放送禁止用語の嵐だったじゃねえか馬鹿者ぉ!』
「どこが……」磯野は飛鳥を見る。「どこよ?」
「ふん。さあ」飛鳥は眼を反らした。
「どこぉ?」磯野は絵梨花を見る。
「わっかんない」絵梨花は知らぬ顔をする。
『いくさん最高でした!』久保史緒里が画面に映った。『んもう、一生心にしまっときます!』
「あー、久保ちゃんありがとう~」絵梨花は手を振って微笑んだ。「そっちでも歌えるの? 歌えるんなら久保ちゃんもなんか歌えば?」
『いやもう、私もはほんと、もう、大丈夫ですので』史緒里は改めて、苦く微笑む。
『イナッチのひとりよがりの方がまだマシだったぞ』また、夕が画面に映った。
「あぁ? だってイナッチにひとりよがり伝授したの俺だぜ?」磯野は片眉を上げて夕を睨みつけた。
「嘘をつけ」稲見は反論する。「俺はなぁちゃんの歌で覚えたんだよ。お前の歌ははっきり言って耳に入ってない」
『とにかく、』続いて、姫野あたるが画面に登場した。『こっちに戻って来てほしいでござる。いくちゃん殿と飛鳥ちゃん殿!』
「えーまた移動するのぉ?」飛鳥は疲れた顔をして呟いた。
「えー、いいよー」絵梨花は少しだけ、考えてから笑顔で答えた。「じゃあ、もう少ししたらそっち行くよ」
「えー」と飛鳥。「こっちくればいいじゃん」
『飛鳥さーん、待ってまーす』与田祐希が画面に映って言った。
『早く来て下さいねー』続いて山下美月が映った。
『飛鳥さーん』続いて、梅澤美波が画面にて微笑む。顔が赤らんでいた。『クリスマスはまだ始まったばっかりですよ~。待ってま~す!』
『いくさーん、じゃあ待ってますのでぇ!』久保史緒里が画面に映って言った。『また後で~』
「はーい」絵梨花は大きく返事を返した。
『波平、てめ、アラジン歌ったらぶっ飛ばすからな!』と夕。
「てめーよか俺の方が強えじゃねえか……」と磯野。
『だぁれが決めたんだよ!』と夕。
「俺」と磯野。
「もうはい、そこまでね」遥香は溜息をつきながら仲裁に入った。「クリスマスに、もうやめて」
『かっきー、君はなんて美しいんだ。心まで透明だなんて……』
「かっ。なんちゃって王子様が……」磯野は吐いて捨てる。
『じゃあ、みんな、よき聖夜を。いくちゃん飛鳥ちゃん、のちほど~』
 風秋夕の笑顔で、映像は途切れた。元の音声無しの懐かしい乃木坂46の映像に変わる。
「さあ、あいつなんて放っといて、楽しもうぜ!」磯野は満面の笑みで皆に言った。
「せーらもなんか歌いたくなっちゃった……」早川聖来は微笑んだ。
「お、歌いなよ……」飛鳥は言った。
「歌いな~」絵梨花は微笑む。
「舞台はこっちでも向こうでも、どっちでもいいぜ。こっちでも向こうでも歌詞出せるかんな」磯野は聖来に微笑んで言った。「何歌うんだ?」
「夕君に褒められた、大阪ラバー、歌おうかな……」聖来ははにかむ。「ぐぬぬ、緊張してきた……」
「次あれな、俺のアラジンな!」磯野はにっこりと言う。
「奴に止められたでしょうが……」飛鳥は冷めた眼で磯野を一瞥する。
「あれ絶対ジレンマだぜ? 嫉妬だよ、しっと」磯野は笑う。
「波平、ガチっていうの? こういう時。よせ」稲見は無表情でそう言ってから、聖来に微笑んだ。「聖来ちゃん、大阪ラバー、ぜひ聴きたいな」
「じゃあ、歌ってきまぁーす……」
 早川聖来は拍手の中、西側のラウンジへと向かった。
「聖来ちゃん! リリィ内で放送するから! 頑張って下さい!」稲見は声を張り上げて言った。「これは忘れられない聖夜になりそうだ……」
「さくちゃんも歌おう?」絵梨花はさくらに微笑む。
「えー、私は……」さくらは苦笑する。
「あ、何歌うか迷うんでしょう? 優柔不断っぽいから」絵梨花は笑った。
「迷う、し、歌えないです……」さくらは眼を細めて、小さく首を横に振った。
「じゃあかっきー」飛鳥は遥香を見つめる。「歌え」
「え!」遥香は驚く。「え……そんな」
「じゃあこれ。私食べてる? 食べてない?」飛鳥は雑炊の皿から、レンゲでスープをすくって食べている。「当てたら、いいよ。歌わなくて」
「え、はい……」
「どっちだ?」飛鳥は、一瞬だけ、食べながら遥香を見つめる。
「食べてます」遥香は、笑みを浮かべて答えた。
「食べてるように見えるでしょ?」飛鳥は、ゆっくりと食べ続ける。「食べてないんだよ。はい残念」
「え~」遥香は頭を押さえる。「食べてますよねえ?」
「食べてるように見えるでしょう?」飛鳥は、遥香を一瞥して言う。「食べてないよ」
「あんた、食べてるじゃない」絵梨花は笑った。飛鳥も笑う。
「あねえ、レイの部屋でクッキー作ろう?」レイはあやめに微笑んだ。
「あー、いいよう。作ろう!」あやめは喜ぶ。
「じゃあみんなの分も作ろうねー」レイははにかんで言った。
「うん作るー」あやめは嬉しそうに頷いた。
 証明が落ちると、間も無くしてムーディーなライティングに合わせて、早川聖来のドリーム・カム・トゥルーの『大阪ラバー』が始まった。

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