例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。
最後には、東京国立博物館をステージにした見事なまでに美しい生中継の『最後のタイト・ハグ』を披露した。
港区の高級住宅街に秘密裏に存在する巨大地下建造物〈リリィ・アース〉に、仕事終わりに立ち寄っていた乃木坂46三期生の中村麗乃と、先ほどまで生中継をしていた乃木坂46三期生の梅澤美波と、同じく三期生の阪口珠美と、三期生の久保史緒里は約束通り、ここで集合した。
乃木坂46一期生の生田絵梨花と同じく一期生の齋藤飛鳥は、それぞれの理由でここ〈リリィ・アース〉に立ち寄っていた。
電脳執事のイーサンにより、乃木坂センサーと銘打たれた、乃木坂46が〈リリィ・アース〉に訪れた場合に知らされる伝達により、乃木坂46ファン同盟の風秋夕と稲見瓶と磯野波平と姫野あたると駅前木葉は、それぞれがそれぞれの思う行動をとっていた。
まず、地下二階のエントランス、メイン・フロアの東側のラウンジの〈通称いつもの場所〉にて小休憩をとっているのは、一期生の生田絵梨花であった。風秋夕と姫野あたるはここに参上した。
「いくちゃん、お疲れ様」夕は満面の笑みで絵梨花に言った。「今回は、マジでヤバかったね」
「そうほんと?」絵梨花は微笑む。「あら~、嬉しい」
「いくちゃん殿は、本当に美しいでござるな」あたるは浸りながら言う。「いくちゃん殿の声も美しい、容姿も美しい、そしてその性格も美しいでござる。パーフェクト」
「あらーどうしたの、二人してべた褒めじゃん」絵梨花は短く笑った。
「いくちゃんって卒業しちゃいけない人だよね」夕は笑みも程ほどに言った。
「しますけど。卒業」絵梨花は上品に小首を傾げた。
「乃木坂には、いつもいつでも、いくちゃんの笑顔と笑いがあったでござる」あたるは絵梨花を見つめられずに言った。「乃木坂の歌でござるけど、それもいくちゃんの声ははっきりと聴き分けられたでござるよ。小生はみんなで歌ってる部分も、玲香殿といくちゃん殿の声だけはいつも聴きとっていたでござる」
「玲香ちゃんが卒業して、続いていくちゃんか」夕はあたるを一瞥して言った。「声か~。俺、飛鳥ちゃんの声とか与田ちゃんの声とかわかるけどなー。確かに、いくちゃんの声もはっきり聴こえててるなー」
「ありがとう」絵梨花は微笑んで、小さくおじぎする。「あれじゃない、これから色々変わっていくんじゃない? 歌割とかもそうだし。ライブのユニットとかもだし」
「小生は、変化が怖いでござる……」あたるは暗い顔で言った。
「変化して大興奮してるくせに」夕は座視で言った。
「変化は大事よ?」絵梨花は決め顔で言う。「形が変わらないものなんてないし、変わっていきつつも、受け継がれていくものを大事に見つめなきゃダメよ」
「そうそう。乃木坂のライブでいつも教えられてるだろ?」夕はあたるを見つめる。そして、驚く。「お前っ……」
「小生はっ……、いくちゃんが、大好きでござるよっ……」
姫野あたるは、泣いていた。
「あらーん、ダーリン」絵梨花はとろん、とした笑顔で言う。「ありがとうね。私も好きよ、ファンの事が」
「本当でござるか!」あたるは立ち上がる。「しょ、小生の事も、すっ、すっ」
「好きだよ」夕はにっこりとした笑顔で言った。
「夕殿にはきいてござらん!」あたるは叫んでから、ソファに着席する。
「大丈夫大丈夫、ちゃんと愛してますから、私はファンを。ファンのみんなを」絵梨花はメニュー表を見つめながら言った。「食べちゃおうかなー……あー、どうだろう」
「食べちゃいなよ」夕は笑顔で誘惑する。「えんそば、送ってもらったよ」
「え、あるの?」絵梨花は眼を見開いて、メニュー表から顔を上げた。「さくちゃんちの? おそば?」
「あるんだよ、今なら」夕は微笑んだ。
「あ食べる~決定~」絵梨花はメニュー表を閉じた。
「小生の分は」
「無い!」夕は一瞬の一瞥で言った。「乃木坂のみ、食べる事を許されたうちの最高食品だ。食いたきゃえんそばへ行って並べ」
「並ぶでござる!」あたるは興奮する。「いくちゃん殿、良かったでござるなあ、んめっちゃくちゃに、うんまいでござるよ~!」
「運いいね、あたし。今日も頑張ってきたからかなー」絵梨花は携帯電話を弄(いじ)り始める。
「イーサン、えんそばのざる、大盛り。あと、アサヒ・ザ・リッチ二つと、スーパードライを一つ。至急だ」夕は虚空に語りかけた。
電脳執事の畏まりました――というしゃがれた老人の声が応答した。
一方、〈リリィ・アース〉地下七階の北側の正面にあたる二つの巨大な扉のうちの、右側の扉奥。〈図書室〉一号館、小説部門とプレートされた巨大な図書空間には、一期生の齋藤飛鳥と稲見瓶がいた。
齋藤飛鳥は黙って、長テーブルの席につき、小説を読んでいる。稲見瓶も近くの席で小説を読んでいた。
齋藤飛鳥を一瞥してみる。読んでいる小説には、タイトルがわからないようにカバーがしてあった。
稲見瓶は、また黙って手元の文庫本に視線を落とした。
一方、地下六階の北側の壁面に在る二つの巨大な扉のうち、左側の扉奥に存在する〈無人レストラン〉にて、三期生の梅澤美波と、同じく三期生の久保史緒里と、三期生の阪口珠美と三期生の中村麗乃が食事中であった。
乃木坂46ファン同盟からは、磯野波平と駅前木葉が参加している。
「地下の六階じゃん、ここ?」磯野は皆に言う。「この六階に風呂、あんの知ってる? 大浴場っつうのか」
「あー知ってます知ってます」美波は頷いた。「西側、ですよね」
「なんで敬語?」磯野は顔をしかめる。「敬語、ダメ、絶対」
中村麗乃が言う。「あー夕君が言ってた、銭湯あるから使ってね、て。毎日お湯が変わって、新鮮だからって」
「温泉なんだよね、確か」史緒里は磯野を一瞥して言った。「ひいてるの?」
「だろうな」磯野は頷いた。「男女別だぜ?」
「もちろんでしょう」史緒里は少し興奮した。「じゃなきゃ入れないじゃない」
「私入ったことあるよ」珠美はにやけながら皆に言った。「ちょ~、おっきいよ。笑えた。無駄におっきくて」
「え入ったの?」美波は驚く。「何湯?」
「えー、よくわかんない。いい香りがした」珠美はゆっくりと瞬(まばた)きした。
「まいちゅんさんがよく入られてますよ」駅前は澄まして言った。「何度か誘っていただきました」
「まいちゅんが!」磯野は立ち上がった。「裸体のビーナスか!」
「裸のビーナスでしょう?」美波は苦笑する。「波平君、落ち着いて。とりあえず座って」
磯野波平は座る。「生駒ちゃんが入ってたのは知ってんだけどなー、まいちゅんがヘビーユーザーだとは知らなかったぜ……」
「悪い事考えてる?」美波はにやけて、磯野の顔を見つめる。「考えてないか」
「んへ!」磯野は満面の笑みを浮かべた。
「波平君!」史緒里は少しだけ怒る。「よくないよー、そういうの! よくなーい、あよくないなー!」
「チューリップさんとかも使用して下さっているみたいですよ」駅前は言った。
「なにチューリップが! ちゅうするヒップ! だと!」磯野は混乱して立ち上がった。
「よくない!」史緒里は叫ぶ。「お座り! 波平!」
「ちょと興奮しないで波平君」美波は笑う。「想像しちゃダメだよ?」
作品名:例えば、こんなメロディをポケットに響かせて。 作家名:タンポポ