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友情ピアス~白い森と黒い森~

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「ううん、真夏は、誘わないで……。うん、明日は、ちょっと、二人がいい」

 事跡を逆恨みしても、黒い部分は、既に幸せで、言う事を聞いてくれない。白い部分は、自分を卑下して、そして、強烈な絶望感を繰り返すだけ。
 明日で、何かが変わればいい。どうにかなるのなら、私は何にでも従う事にする。自分ではもう、救われない。コントロールはもう出来ない。
 白い森に、もう一度、帰りたい……。

       3

 いつもの事ではあるのだけれど、その感情が丸出しになる、そんな沙友里の大きな瞳の座視が、今は凄く痛かった。
「私に言って、どうするの?」
 あえて、冷たくしてと、私は沙友理にそうお願いしていた。その方が、幾分かマシになる気がする。
「沙友理が決めて」
「え?」
「私じゃ、もう決められないし」
 私の言葉は、どこまで伝わるだろうか。普段ならば、幾らでも心を伝えあえる。でも、今は、そう、うまかうは伝えられない。必要以上の言葉は、私が全部取り消して、無かった事にしている。
 どうしても、そうしてしまう。
「決めてって言われても……」
 沙友理はずっと困っていた。表情の表面にいつも感情を表している彼女が、今日ばかりは、沈黙と、座視を繰り返していた。
「別に、まいやんがどうっていうんじゃなくてさあ、たぶん、真ん中だよ」
 何も言えない。
「一度、真夏と喋った方がいいかもね」
「ううん。……それは、だって」
「だよねー。そっかー……」
 そう。それはできそうもない。
「ちょっと……、深刻だね」
「うん…」

 家に帰る途中、マクドナルドのドライブ・スルーでポテトとコーラを買った。でも、そのまま、結局私は車を駐車場に停めて、店の方に入った。
 どうしてもこのまま帰る気になれず、暇な時間を少しでも、いつもとは違う時間に当てたいと思った。違う時間にして、これからの行動も、違うものにしたい。
 マクドナルドには、恋人同士が多いのか、それとも、この時間帯がそうなのか、強制的に、私はそれを考えされられる。
 ひろゆきの顔が見たい……。私にふざけた顔ばかりをする、能天気な、あのひろゆきの冗談を聞きたい。幾分か、心の呪縛からは解き放たれるかもしれない。
 解き放たれないかもしれない……。悩みと解消法が、両立的というのが、私には辛すぎた。
 三つ年上のひろゆきとは、三ヶ月前に知り合った。BARで声を掛けられて、それから、私達は二週間で恋人になる。気が強くて、推しが強くて、一緒にいて安心できる奴だった。
 私はすぐにひろゆきを好きになった。ひろゆきが風邪をひいた時、カレーを作ってあげて、『うまい。もう治った』そう言われた時に、温かい気持ちを感じて、私から、彼に好きだと伝えた。
 好きになれば、もう、ひろゆきの全てが運命的だと思えた。気もあって、楽しく過ごせて、喧嘩もできて、このまま結婚するのかなと、何も疑わなかった。
 唐突の恋は、すぐに実って、そのまま私に安心をくれている。
 それだけならよかったんだ。ひろゆきが必要と思えるだけなら、どんなに幸せだった事だろうか……。
 ひろゆきは、真夏の彼氏だった……。
 それに気が付いたのは、つい最近だった。いつか、彼のポケットに入っていた、シルバー製のピアス。ワン・ポイントのダイヤが輝いていて、とても魅力的だった。私はピアスを一目で気に入って、彼に欲しいとお願いした。その時の、彼の困ったような顔を、今は客観的に苦しく思う。
 真夏と食事に出掛けて、そこで、私は真夏の耳に揺れている、そのピアスに気が付いた。ワン・ポイントのダイヤが入っている、シルバー製の、あのピアスだった。
 どうして、ひろゆきが片方のピアスしかくれなかったのか、私はその時理解した。
 真夏の彼氏とは、無論、あった事なんてない。名前は、ひでゆきと聞いている。でも、話に登場してくるひでゆきさんは、私の彼氏であるひろゆきそのものだった。
 真夏は、自分の所属している劇団で、ひでゆきさんと出逢ったらしい。その後、ひでゆきさんは『同じ劇団に居ると、なんか照れるから』と言って、その劇団を辞めていったと、真夏から聞いた。
 ひろゆきは、私と付き合ってから、二ヶ月目で、私の所属している劇団に来ていた。
 もう、疑う余地はない。
 それは二人とも、ひろゆきだった。

 誰もいない家でテレビを観ていた。
 テイク・アウトしたマックシェイクを飲みながら、ギリギリまで、わたしはまた真夏の事を考えていた。
 陰りの無い友情を保てていたあの頃に、今は理想でしかない優越感を感じながら、深刻な現実問題を直視する。思考を回避するアイテムは冷蔵庫に入っていたけれど、口を開けたまま、一口も飲む気がしなかった。
 頭の中で、真夏が微笑む……。制御する事なく、心から楽しんでいるその天使のような微笑みは、誰にでもなく、私に向けられている。
 今度は頭の中で、私が微笑む番だった。私はテレビに視線を向けながら、夢想の中で、真夏に微笑む。虚像の微笑みではなく、きっと本当に、そんな楽しい時間があったのだろう。
 今度はテレビに向けていた眼から、何色なのかもわからない、そんな涙を流す番だ。鋭い針金で、愛しい思い出を雁字搦めにされ、涙を流す事だけを強要される時間。二度と微笑む事はない、二度と微笑むな、と心が私を罵る番だった。
 テレビを点けたまま、私はギリギリまで真夏の事を考えていた……。
「もしもし、今、何処にいるの?」
 涙が枯れるまで、罵り、卑下し、ふらふらと、薄汚れた洋服で、その森を徘徊する。
「会いたいの」
 いつのまにか私の中で消せない居心地を造り出していた、この辛辣な迷い道は、これから私をさらなる迷走に導くのかもしれない。
 けれど、歩けば歩く程、迷えば迷う程、そこで輝く、唯一の存在が、温かく、そして頼れる光として大きくなっていく。
 黒い森は、そうして私を取り込んでいくのだ。

       4

 携帯電話に視線を落としながら、彼は約束の時間に現れた。
「雨降んなくてよかったな」
「うん。何処行くの?」
「あ、ちょっと待って。今天気予報見てるからさ」ひろゆきは機嫌良さそうに笑っていた。「……おお、やっぱり天気だって」
 上毛高原駅に来る事も、最近では億劫になってきていた。最高の時間を心掛けながらも、どこかでは、最悪のシチュエーションを想像している。
「今日、ここまで車だろ?」
「そう」
「駐車場に停めた?」
「うん」
「俺もバイクさっき停めてきたからさ、だったら、ちょっとブラブラしない? 俺最近ウォーキングに凝ってんだよ」
「は~?何で散歩なんか、こんないつもの場所で」
「あ、る、こう」
「え~……、何で散歩さん」
「あ、る、こう……、わたっしは~げ~んき~」
「何で歌うわけ?」
「あっるくっの~大っ好き~、はいはい」
「どーんどーんゆっこ~お」
「のってんじゃんか」
「次何だっけ?」
 ひろゆきと一緒の時間は、どんな事をしていても楽しい。この時間の私は、だからそれしか信じない事にしている。
 私の彼氏はひろゆきで、真夏の彼氏はひでゆきになっている。実際にもそう聞いているし、まだ事実を確かめていないのだから、今はそれが事実になる。