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友情ピアス~白い森と黒い森~

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 それだけが、事実になってくれる。
 トラブル的な事が起こらない限り、私達はこの時間だけ、完全な恋人同士でいられる。それは、今の私にとって本当に大切といえる時間だった。ひろゆき以外に、疲れ切った私を癒せる人間はいないのだから。

 四度目に入ったレストランは、ようやく私達の理想に見合うものだった。人が少なく、ボーイが見えない場所に引っ込んでくれるので、何も気兼ねせずに何時間も居座っていられる。
 <上毛高原センタービル>という名前の建物で、主に飲食店と展示物なんかを取り扱っているらしい。私はこのビルには初めて入った。そして、その初めての四階に、この<クローバー>というレストランはあった。
「俺麻衣に殺されるのか……。そうか…、じゃあ、お手柔らかにな」
 着席と共に始まったのは、最近劇団にて配られた、新しい旧劇の台本についての話だった。
 それは、私にとって、少し憂鬱な内容の物語だった。
「お手柔らかにって、ひろゆきが私を虐めるんだからね? わかってる?」
「おお、俺は虐めるよ」ひろゆきはさっそく届いたコーヒーを、熱そうに飲む。「変態だから」
「あ~……、ひろゆきになぶられるのか~……、やだな~」
「なぶったるなぶったる、感情込めてなぶったる。そうなったら俺もう演技じゃないから、気を付けて」
「ちょっと!」
 私は、気持ちを悟られない事だけに集中していた。
 どうして、こんなにも嘘が上手くなってしまったのだろうか……。
「墓をあばいて麻衣を探すシーン、あれ面白いと思うんだよな」
「私じゃないから。一応、チルーっていう演技名がありますから」私は澄ましてジュースを飲んだ。「そっちも、嘉平川(かびらがわ)でちゃんと記憶しなさいよ?」
「ぶっ壊した風葬墓(ふうそうぼ)にさ、チルーの腐乱死体が寝てるじゃん? あれって麻衣がメイクするんだろ? 俺笑っちゃわないかな~……ヤバそうだよ」
 感情を殺す……。
「ひっどい男だね~、悲しみの果てに自殺したんだよ? それを見て笑う? あ~っ、最っ低」
「でもいいや。麻衣に呪われるんなら。な?」
「な、じゃないよ……。ちゃんと演技してよ? 私今回主演なんだからね? わかってます? 主演よ? わたし」
 嘘をついていて、私とこんな話をできるわけがない。
 でも、家に帰ってしまえば、きっと妙な不安にかられるんだ。
 そして、朝を迎える。
 いつものように、完全ではない朝を迎える。
「これで認められたら、次またヒロインを貰うんだから。あれね、次はハッピーエンドのヒロインね」
「旧劇にハッピーエンドなんてないって」
「あるわよ~、あるにはあるでしょ」
「ドロドロしてた方が面白いの、人間ドラマは悲劇があってこそ、見る価値があるんだよ。麻衣もわかるだろ?」
 私を見つめて、自信たっぷりに微笑む。いつもの癖だった。
 しっかりと、その目を見つめておこう……。
 私は、この時間だけでも、ひろゆきを信じる。
「チルーの悲しみを理解して、俺を真剣に呪ってくれたまえ。ちゃんと呪われてやるからさ」
「道具使っていい?」
「え?」
「トンカチとか…、あと、ライターとか?」
「燃やす気かよ……」
「あっはっは!」
「せめてビンタにしといてって」
「無理無理、ライターライター、これ決定だから」
「燃えちゃうよ……」
「燃やすんだって、あっはっはっは!」

       5

 真夏は素敵な帽子をかぶってきた。少し派手ではあるけれど、茶色い生地の小さな斜めの帽子で、横の部分に小さなマカロンが付いている。そのマカロンからは、ほんのりと甘い香りがした。
 彼氏からの、ハワイ土産らしい。
 私もあの日、図書館からの帰り道に、ヒロユキから貰った、お土産の帽子をかぶってきていた。何処のお土産なのかは、聞いていなかった。私のは、ホルスタイン柄の白いベレー帽だった。
 そして、真夏の耳には、片方のピアスが揺れていた。
「なんかさ~、最近いっつもうちじゃない?」真夏はミッキーとミニーのティーカップを持ってきた。今度は、私がミッキーの方らしい。「なんか退屈してきたいね~……。なんかイベント作んないと」
 今日はミルクティーだった。ティーカップからは湯気が昇っている。
 ミルクティーが冷めてしまう前に、今日は、聞かなくてはならない。
「麻衣がなんか計画してよ」
「え? 私?」
「うん」幸せそうに、私の顔を覗いている。「旅行なんて良くない?」
「それ……真夏が計画してるから」やっぱり楽しい。真夏といる時の私が、きっと本当の私だ。「旅行か~……。ま~、確かに、イベントではあるよね」
「ね~! ハワイ行こうよ!」
「行っかないよ……」
 明るい笑顔は、いつも何処かで落ち着いている。
 傷つけてしまえば、それは一瞬で消えてしまうのだろう。
 そして、もう二度とは、微笑まない……。
「え~行こうよ~」
「あんたね、遠いから。せめて東京でしょ」
「え~そんなのつまんないじゃん。どうせなら南の島に行きたいじゃん」
「南の島って……。じゃあ、沖縄とか?」
 心臓が、少しだけ早くなる……。
「沖縄だったらハワイの方が近いじゃーん。ダメ?」
「お金」ごまかす。飲んだミルクティーは、まだなんとか熱いままでいてくれた。「お金、ど~すんの?」
「あそっかー」真夏もミルクティーを飲む。「あ~あ、ハワイとか行きたいな」
「言ってなさいよ」私はティーカップをテーブルに戻す。「それよりさ、彼氏とはうまくいってるの?」
 簡単に口から出たそれは、信じられない速度で、心臓を打ってきた。
 私はまた、熱いままのミルクティーを飲む。冷めてしまっても良かったと、公開をしながら。
「あ~……、どうかな。うん、まあまあね」
 真夏は笑顔でそう言った。
「そっちは?」
 心臓が苦しい……。
「そうね~……、な~んか、こっちも、まあまあって感じかな」
 その日は、明日が休日という事もあって、そのまま真夏の家に泊まった。
 何年かぶりにした怖い話と、懐かしい過去の恋愛話は、私の心をほとなく満たしてくれた。
 こんな時間を、私は手放す事はできないだろう。
 手放す必要はないと、ずっと、信じていく。
 私も真夏も、本当は、何も、罪はないのだから……。

       6

 沖縄のお墓は全て風葬(ふうそう)墓(ぼ)というお墓になっているらしい。風葬とは、普通洞窟や海岸の岩に死者をおいて、風雨に晒して浄化をはかる葬制の事をそういうのらしいのだけど、お墓も原理は同じとの事だった。
 墓中の面積はそれによって様々で、畳が五、六畳敷けそうなものから、その倍も三倍もある巨大なものまで色々との事だったが、その使用用途は決まっている。奥に大きな『カメ』が置いてある。この形も幾通りもあるらしいのだけれど、その目的は勿論骨を納める為のものだった。