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友情ピアス~白い森と黒い森~

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「言ってないでしょ?」私は沙友里を見た。「いつ、え、言ったっけ?」
「言ったやーん、あれ、言ったやんなあ?」
 綺麗な日本語をしゃべるのは真夏だけだ。関西生まれの沙友里と、ここ育ちの私はたまに訛ってしまう。
「言ってないから~、だってお味噌汁まだ勉強中だもん」真夏は吹き出す。「言ってない言ってない」
「嘘や~ん……」沙友理は眼を薄くする。
「なんなの突然」私も、つい笑ってしまう。「味噌汁?」

 どうして味噌汁なのか、と、そんなくだらない沙友里の妄想をきっかけに、私達はまた夢想に走る。

「私さ、実は願い事が叶う神社、知ってるんだよね……」
「はい出た~」突っ込み役は私か、真夏になる。「願い事って、叶うの、当たり前じゃない?
「まっちゅん、はい出た」真夏は微笑む。
「あ……信じないんだ?」
「信じないんだ、て……どこで? て私もきいてるけどさ」私は自分にも突っ込む。
「どこよ?」真夏もきく。
「ガマガエル、みたいな名前の神社。怖いから名前言わなーい」
「は~?」
「そこまで行って秘密なわけえ?」

 一日の話題は、本当に決まっている。妄想か、理想か、現実か。それで結局、夢想してしまうのが、私達三人だった。
 この際、話題は願いが叶う神社でも何でもいいらしい。

「だったら、私もよくアイドルとかやってる夢見るよ」とか、言ってみる。一応、嘘ではない。「東京タワーのてっぺんで歌うアイドル」
「あのねえ、この世で東京タワーのてっぺんで歌うアイドルいないですから」と真夏に言われてしまう。
「へー、それ、いいかも」と言うのは、いつも沙友里だった。「それじゃ、空飛ぶアイドルや?」
「飛~ぶ飛ぶ。ばりばり羽とか背中から生えてるからね。や、違う……翼だから!」私は最近見た夢を正直に答えた。夢の私はよく羽をはやしている。なぜかは勿論不明だ。「こう、浮かびまくってたね私はっ。…あと、あと歌とか、歌とかも歌うからね! しかもすっごいファンとか集まってくれてるからね、東京タワーの下に五万人ぐらいいるから。そこに向かって、飛びながら手を振るわけよ」
 本当に見た夢だったけど、笑ってしまった。それはあまりにも夢想的だ。そんなアイドルがいたら、この不景気の時代にも、たくましくアイドルをやっていけるだろう。
 しゃべりながら、『アイドルか……』なんて呟いて、また一人で笑った。
「東京タワーのてっぺんで、て……マイクどうなってるの?」
「いやそうゆーのはわっかんないけど、飛んでたね~、私は」
「うそ、ほんとに見たの?」
「願いが叶う神社よりは現実的でしょ~」
「あ、信じてへんっ! うえーんほんまやのにい!」

 沙友里を家に送る途中で、会話が恋人の話になった。
 真夏がいなかったせいか、その時にも、私の心は何のダメージも受けなかった。
 これならば、上手くやっていける。ようやく、本気でそんな安心を手に入れた様な気がした。
 沙友里が帰った後は、真っ直ぐに帰宅した。もうしばらくは、マクドナルドにも寄れないだろう。けど、それぐらいならば、何も気にならない。
 新しい劇団を探して、新しい恋人を探して、新しい行きつけのBARを探して、新しい生活を送っていく。
 それは案外簡単な事で、気が楽な方へと向かってくれる、理想的な道筋だった。
 心労が嘘のように吹き飛ぶとは、まだ到底言えたものではないにしろ、消えて行く、となら、確実に言える。それを信じられる。
 秋にも終わりが来ているから、完全な冬になった頃には、もう少しすっきり出来ているかも知れない。
 本当に、その時はそれを疑わなかった。
 疑うつもりもないし、疑う必要なんてなかった。
 まだ、その時は……、そう思えていたんだ。

       9

 徐々に生活が狂い出したのは、空きが完全な冬に変わった頃だった。
 沙友里と、真夏と、私は今もよく何処かに出掛けている。それは別に何処でもよくて、そして、何処に行ったとしても、楽しいと言える時間だった。
 けれど、徐々にそんな幸せの歯車は、音を立てて、無残にも壊れていった……。
 クリスマスを意識してしまったのか、私は最近三人で行動している時も、この悟られては困る気持ちを、一人必死に隠している。

 真夏が、幸せそうに笑う……。

 それは以前からそうだったのに、最近になって、私はその光のような彼女の微笑みに、とうとう惨めな日陰を作ってしまった……。
 生まれてしまった卑屈な精神は、彼女の微笑みを怨んでいる……。何にも代えがたい親友であるにもかかわらず、私の心は、彼女に、してはいけない、嫉妬(しっと)をしているのだ。
 醜い感情を掻き消すかのように、私はいつも精いっぱいで微笑んでいた。偽りの仮面の下に、醜悪な形相を隠して、私は、静かに嫉妬の泥沼に足を浸している。
 すぐに思い出したのは、あのチルーだった。『鴨居から逆さにぶらさがっているのである。両足の甲から血を流し、口から泡を吹いている。口から怨念めいた怨み言を吐くのだが、その怨み言とは反対に、血の泡を吹きながらも、口元はにたにたと笑っている。』口から泡を吐いて、苦痛と無念の中で笑っていたチルー……。

 それが、私の正体だった。

 チルーになる事を恐れてとったはずの行動が、やがて私を本物のチルーにしてしまった。夜に、私はお酒を呑む。いつか効率的と思った手段と同じで、どうしてお酒が必要なのかと自問自答を繰り返しながら、私は限界までお酒を呑んだ。ベッドの中で、ある恐怖に怯えながら、私は頭を抱える。

 一度だけ見てしまった、あの、自分の足から血が流れている夢……。

 震えながら、私は泣く事も許されない。そうしたのは自分で、それがいいと納得したのも自分だった。黒の私になりたくないから、そうしたはずなのに、真夏に幸せであってほしいからそうしたはずなのに……。私はベッドの中で怒り狂っている。
 泡を吐くように、無念を噛みしめて、向け処のない憤怒を夢に撒き散らしている。毎晩、限界までお酒を呑むはずなのに、夢の中には、確実に真夏とヒロユキが立っている。
 私を避けるように、二人が必死に手を繋いで逃げていく夢を見る。怯えているというよりは、困難を乗り越えるように、お互いに心を通じ合わせながら、私から走り去っていく。私は、手にナイフを握りしめたまま、追いかけようともせずに、二人を見守っている。
 朝には、気が狂いそうになっている。毎晩、そのシチュエーションだけを変えて、同じような夢ばかりを見ている。私は、とうとうチルーになってしまった。この世で最も醜い、嫉妬の炎を抱き抱えた、凶悪な、化け物に……。
 新しい劇団を探す気になんて、到底なれたものじゃない。気を紛らわす事も馬鹿馬鹿しいほど、それは鮮明に私の心を支配したままになっている。