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友情ピアス~白い森と黒い森~

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 もう、ずっと消えないままになっている……。ナイフを手に握りしめたまま、毛細血管の浮き出た醜悪な形相で、走り去っていく愛しい二人を見送る。泣いたままの鬼。がたがたと強烈に力む財布の右腕を、左腕で必死に抑えて、醜い怒号を天に叫び散らす。そのまま二人を追う事を恐れて、地面に立ち尽くしている両足を、右腕と同化してしまったナイフで切り刻んでいく……。激しい悲鳴を上げながら、偽りの微笑みで消えゆく二人を見送ろうと、醜くもがいている……。
 何をしていても、もう、そのグロテスクな映像は消えてくれない。今度同じような夢を見てしまったら、いっそのこと、自分の命を絶ってしまった方が、楽になれる……。これからも、この長い人生を真夏と沙友里と生きていく。そうしたいと心から願い、信じて、そして、その為に……化け物になってしまった。
 こんなにも惨めになるのならば、どうして、あの時私は彼を手放してしまったのだろうか。手放さなければ、こんなにもグロテスクな自分を発見する事もなかったのに……。
 真夏が、本当に大切だった……。今も、彼女の幸せを心から望んでいる。
 醜悪な化け物に変わってしまっても、それが変わるわけはない。真夏は、私の親友だ。
 眩しい微笑みに影を作ってしまっても、彼女の幸せを羨(うらや)んでしまっても、私と彼女は親友として、これからも一緒だ。
 黒い森に帰ってきてしまった私は、また、変わるしかない……。もう一生、白い森には帰れないのだとしても、本当の意味で真夏を裏切らない為には、この鬼と、決着をつけなければならない。
 心に残ったヒロユキの亡霊を消すには、彼ともう一度話をする必要がある。彼はもう真夏のものであって、私とは何の関係もない。だから、それがどんな行動なのかは理解している。何の為に、あの時辛い決断をしたのかも、馬鹿らしくなってしまう。既に関係性のない、人の彼氏に会いに行くのだから、醜い以外のなにものでもない。それでも、仮面の下にこの醜悪な鬼を隠しておくよりは、真夏を裏切らない選択にはなる。

 黒い森を掻き消す為に、私は自分で信じた方の道へと進んだ。

 真夏が大好きだから。

 黒い森を消した。

 真夏が大切だから。

 黒い森に帰ってしまった……。

 今度は完全なチルーとなって、ヒロユキを怨んでいる。殺意すら浮かんでは、消えてなくなる……。もう、チルーが私だ。
 真夏には悪いけど、私は、力いっぱいで、ヒロユキの頬を殴りに行く。ヒロユキが何度も惨めに謝るまで、私は報復を続ける。
 ライターとオイルを持って行って、彼のむなぐらを掴んで脅す。川中ヒロユキに、どうして私と真夏だったのかと、それを問い質(ただ)す。本気だと、ライターの火をちらつかせて、どうしてと、真夏から貰った写真を見せる。そこに写っているヒロユキと真夏を見せて、どうして、私達を騙していたのかと、訴える。薄汚い詐欺師の顔を、何発も何発も、汚れた鬼の手で殴って、そして、泣き叫んでやる。

 ごめんね、、真夏……。

 それを終えたら、私は真夏と沙友里の前から、消えよう……。
 消えて無くなって、もう一度、私に戻れる時間を生きていく。
 もう二度と、チルーを思い出さないように。この気持ちを崩壊させるように、新しい道を探そうと思う。
 消えて無くなって、もう一度最初から私の道を探して、そして歩いて行こう。
 真夏と、沙友里を、いつまでも、この心に忘れないままで……。

       10

 車を停車させたのは、その見慣れた住宅街の路上であった。深夜という事もあって、車の通りが全くない事は、消したい記憶が証明している。
 十二月二十二日、深夜の二時を回ったところで、麻衣はその家の付近に到着していた。一人暮らしである彼の家ならば、例えそれが深夜であったとしても、怪しまれさえしなければ、確実に受け入れてもらえるだろう。
 真夏との遭遇を恐れて、結局この時刻になってしまった。彼に会うというこの計画の日も、結局、クリスマス前にしようと、真夏の事を考えて決定していた。自分がここで喚き散らしたとして、彼は何の傷も負わないだろうと、麻衣は理解している。しかし、自分への踏ん切りは付く。そうする事で、大切な者達の事も、本当の意味で裏切らないで済む。もう、それしか考える事はなかった。
 久しぶりに歩いた住宅街の路地は、無情な程にその静寂を沈ませていた。一歩を近づけるごとに、麻衣の心臓は破れそうになる。虚(むな)しい記憶を呼び起こし、偽りの幸せを呪う。完全な闇と化している胸には、張り裂けるような痛み以外に、もう何も走る事はなかった。
 電信柱と街灯のポールを幾つか通り過ぎていく。久しぶりの景色に、それでも、凍り付いた感情がやはり記憶を呼び覚ます。叩き返すつもりでポケットに忍ばせている片方だけのダイアのピアスが、唸(うな)り声をあげている気がした。
 辛辣(しんらつ)な感情を鮮明に思い出しながら、麻衣は頭の中で、何度もそのリハーサルをこなす。ハンカチにオイルを染み込ませ、ライターに火をともさずに、なんとか張り上げる声だけで彼を脅す。
 しかし、それは本当に上手くいくのだろうかと、また心臓を不安が脈を打つ。脅す物が無ければ、彼はきっと話を悟っただけですぐに逃げてしまうだろう。バイクで逃げられてしまえば、自分の車では追う事も難しい。家に鍵をかけられれば、どうする事もできない。醜態(しゅうたい)を晒(さら)す事ができるのは今日、今夜限りである。それが、親友の真夏への、せめてもの礼儀だった。
 しかし、やるしかないと、麻衣は胸にもう一度決心する。一度でも、自分達の友情をもてあそんだ腐った頬を殴らなければ、自分は一生チルーの亡霊を忘れる事ができない。今日まで本気で笑い合ってきた親友達と、最後まで恥じぬ親友である為にも、報復の一撃は覚悟してもらう。

 心に灼熱の業火を滾(たぎ)らせながら、麻衣はその豪邸の前で足を止めた。
 家族が海外に移住してしまってからは、一人で住んでいるという、苦労の欠片も知らない見事なまでの豪勢を極めた邸宅。門前には装飾を施した小さなクリスマスツリーが飾られて、すぐ先に見える庭には、さんざん自慢していた六百CCのバイクが停められている。
 麻衣は、ポケットに強く手を差し込むと同時に、その行動を躊躇(ちゅうちょ)した……。
 心臓が激しく鼓動して、一瞬、気が遠くなった。
 豪邸の庭に、背中がある……。丸く背をしゃがませて、庭で何か仕事をしている。誰かがいる。

 眼を大きく開いた。一瞬の事である。
 それが、誰でもない真夏であると気付くまでには、そう時間がかからなかった。
 すぐに方向転換をして、素早く、そして、足音を忍ばせながら、歩いてきた路地へと引き返し始める。
 頬から力が無くなり、気が付くと笑っていた。
 最後まで自分は完全なチルーであり、そして復讐をできないのだ。ナイフを握りしめたまま、自分の足を切り裂くというあの自虐的な夢と同じである。
 滑稽(こっけい)で、惨(みじ)めで、実に可笑(おか)しく思えた。
 その後には、自分への卑下(ひげ)と軽蔑(けいべつ)が待っているのだろうが、今はそれを考えなかった。