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友情ピアス~白い森と黒い森~

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 いま考える必要性は、全くない。
 もう、どうでもいい……。
 どうでもいい……。
 しかし……。

 麻衣は足を止める。
 真夏は、こんな時間に、あの庭で一体何をしていたのだろうか……。
 急に浮上してきた疑問は、不思議と麻衣を立ち止まらせていた。
 羞恥心(しゅうちしん)を刺激するように、その場へと戻ろうとする自分を激しく否定する。
 しかし、足は言う事を聞かない。

 こんな深い時間に、庭でする作業とは何だろう……。

 好奇心でしかないそれは、麻衣を躊躇(ちゅうちょ)させなかった。そっと、壁から覗き込めばいい。心で何度もそう呟き、麻衣は納得する。
 愛しい親友の幸せな様を見るのならば、例え目的とは逆になってしまったとしても、それは別にいいだろう。潔(いさぎよ)く、後は消えていくだけである。
 ふと我に戻り、視界に夜の闇が蘇った。
 そして、麻衣はそれを見つめた。
 それは、確かに真夏だった……--。しかし、ヒロユキの姿は何処を探しても見当たらない。それどころか、彼の家からは既に電気が消えている。
 麻衣は混乱に近い思考を掻き消した。
 落ち着いて、現実的に考えてみる……。
 彼は何処かへと買い物に行っていて、真夏はその帰りを待っているのだろう。庭で何かの作業をしながら、彼の帰りを待っているに違いない。そんな納得が全てを頷かせる。
 しかし、麻衣はそれを見てしまった……。眼の前の豪邸から、窓を閉めるような音が響いた途端(とたん)、庭にいた真夏が素早く身をかがめたのだった。
 まるで何かから身を隠すかのように、彼女は庭で息を殺している……。
 壁からそれを覗きながら、麻衣は奇妙な心理に駆られている自分に首を傾げた。先程まで滾(たぎ)らせていた怒りよりも、もう、真夏に対する好奇心の方が上回っているのだ。
 それならば、それを最後にするのも悪くないだろう。心は高揚していないが、自分でも不思議と自然で潔(いさぎよ)い納得を感じられた。
 豪勢に建造された邸門をくぐり、麻衣は忍び足でその庭の芝生(しばふ)を歩いた。一歩ごとに、精神はその暗闇を増していくが、そこには真夏がいる――。それだけで、ライターをしまい込んで歩く価値は充分にあった。

 麻衣は、その足を止めた。
 最後の一歩だけ、麻衣はわざと強く芝生(しばふ)を踏んでみせた。
 真夏が振り返るまでの一瞬に、走馬灯のような思いが込みあげる……。
 麻衣は不思議に思いながら、自然と浮かび上がった微笑みで真夏を待った。
 ずっと、自分はそうやって笑っていたのだろうと、痛みを伴(ともな)う反省(はんせい)が心に反芻(はんすう)する。しかし、今の微笑みは決して嘘ではない。それまでも、心から嘘を浮かべていたわけではない。
 もう、そんな事を考える必要もないのだ。
 麻衣は思考を中途半端(ちゅうとはんぱ)に遮(さえぎ)る。そして、もう一度、真夏の背中だけを見つめる。
 空気をいっぱいに吸い込んで、親友の反応を楽しみに待つ。

 真夏が振り返った。

 口を開けたまま、少しの間だけ、思った通りの顔をして驚いていた。
 そして、思った通りの顔で呟く。
 麻衣はまだ答えなかった。ただ黙って、真夏に笑顔を送り続ける。
 久しぶりに、また、涙が溢れそうであった。

       11

「どうしたの……」なんとか聞こえる声で、真夏が言った。「何で、まいが、いるの……」
 驚くのが当たり前だ。私は、言えない理由で、ここに来ているのだから。
「ちょっとね……。近くまで通ったからさ、真夏の背中が見えたから、ふふん、声かけてみた」
 まったく、こんな苦しい嘘しか思いつかない。
「真夏は、いま何を、して……」
 ふと、立ち上がった真夏の足元を見てしまった……。
 私は、すぐに真夏の顔を見る。
「花火?」
「うん。花火」
「こんな時期に、はな」
「飛ばすの、パシュ~って!」
 微笑んだ真夏は、そのままの事を言った。
 そう、私が彼女の足元で見つけたのは、大量のロケット花火だった。
 それは、どうしてか、一つにまとめられ、ヒロユキの寝ている部屋の窓に向けられている……。
 私はもう、微笑む事を忘れていた……。
「え?」
「悩んだんだ。悩んでね…、悩んで~……、花火が浮かんできたから、パシュ~って!」真夏は手を空気にすべらせて、気楽に笑っていた。「でもね、ライター持ってくるの忘れちゃって……んふ、超ドジ」
「ライター?」
「うん」
 笑顔を崩さない真夏は、私を真っ直ぐに見つめている。
 私は、何が何だか、もうわからなくなっていた。
「まいやんも、何か用事だったの?」
 ふと、真夏の質問に我に返った。」
 私は、もうそれを言おうとしている……。でも、言えるわけはない。
 真夏が微笑んでいるし、私は混乱している。
 どうしていいか、よくわからなかった。
「花火?」私は、もう一度、きいてみた。「何で? あ……遊ぶわけね?」
「ふふん……」
 真夏は、必要以上に苦笑した。
 それは、何かがある証拠だった。
 そして、その何かという方向性は、もうその表情でわかる……。
 信じられなかった……。
 真夏の表情では、間違いようがない……。
「気づかなかった?」
 真夏の言葉が、虚実を不明瞭(ふめいりょう)に、私の耳を刺激する……。
「私だって、麻衣が最後に泊まりに来た日から、もうすぐに、別れてるんだよ?」
 全身に鳥肌が立つ……。
 それは、どういう……。
 真夏は、それを知っていた?
「ピアス」
「え?」

 ピアス?

「麻衣が眠ったあとでね、眠れなかったから、服をかってに着させてもらったの。何やってんだろうね、私は……んふ」真夏は、完全には、笑っていなかった。「麻衣のズボンのポケットにね、この……、これとおんなじピアスを見つけちゃったの……」
「あ……」
 真夏が開いた手の平に沈黙したそれは、私が持っている、あのピアスの片方だった。
 ヒロユキから貰った、ダイアのピアスだ。
「もう方っぽはね、妹に取られちゃったって、私は聞いてたの……」
 真夏は、また笑っている。いつもと変わらない、あの微笑み方で……。
 そう、私も、いつもと変わらない、あの偽りの微笑みを浮かべていた。
「いつから、知ってたの?」私はきいた。もう、不思議と気持ちは落ち着いている。「私は、もうけっこう前から……」
「ヒロユキさんの話を、まいやんいきなりしなくなったでしょう? それでね、もう何となくは気づいてた……」真夏は申し訳なさそうに、眉(まゆ)を顰(ひそ)めて苦笑した。
 それは、私がそれに気が付いたのと、同じ頃だった……。
 体中の力が、潔く抜け落ちていく。
 立っているのが、やっとだった。
「ごめん…まいやん! ごめん!」真夏は強く眼を瞑(つぶ)って、顔の前で両手を合わせた。「ごめんなさい!」
 どうして、そんな事をするの……。
 何をあやまっているの……。
 やめて……。
 私は……。
「ごめんねまいやん。私、なんとなくで知ってたんだけど……、その時はまだ彼の事が好きで、それで……」
 足が、震える。
 声が出てくれない。
 言いたくないなら、言わなくても、もういいから。
 真夏、もう……。