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自分らしく
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彼方から 第四部 第一話 ― 祭の日・1 ―

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「どきどきする、なんか嬉しい」
 彼女の気持ちに……安堵する。 
 ……これで、良いのだと――
 戸惑いは、ある――少しの『怖れ』も……
 だが、彼女の屈託のない笑顔が教えてくれる。
 そんなことは『杞憂』だと……だが――――――

 未だ、先の見えぬ旅。
 ノリコの存在が、己の変化が……
 二人の運命にどう影響を与え、どこへと導くのか――
 イザークは翳りのある想いを胸に、複雑な笑みを浮かべていた……

          ***

「ほらほら、イザーク。あたしもう、一人で馬に乗れるようになったんだよ」

 ガーヤたちと別れてから、三ヶ月が経とうとしていた。
 穏やかで暖かな陽射しの中。
 ノリコは馬の背上で自慢げに……嬉しそうに――二人分の荷物を持ち、後から来るイザークを振り返りながら、満面の笑みを浮かべている。
 以前のような、二人だけの旅――
 けれども、これまでとは明らかに違う『旅』。
 この三ヶ月の間に、イザークは今までにはなかった面を、ノリコに少しずつ、見せ始めていた。
 無口であるのは相変わらずだが、時折、先ほどのような冗談を真顔で言ったり、今までには見せなかった笑顔を、見せたりすることが増えていた。

 ノリコを受け入れたあの日から――
 彼の中で何かが少しずつ……変わり始めていた。

          **********
 
「ああ、どうしよう……」
 
 憂いに満ちた溜め息と共に、困り果てた声が漏れ聞こえてくる。
 高く組まれた櫓の上、美しい布で装飾の施された舞台の柵に寄りかかり、頬杖を突き……
 上品な衣服を身に纏った婦人が、細身で背の高い老君と共に、櫓の足下を行き交う雑踏を眺めている。
「明日はいよいよ本祭かー」
「なんか今年は、いつもより人が多いですねー、町長」
 投げやりな口調で言葉を交わす二人……
 細身の老君は頬杖を突く婦人を『町長』と、そう呼んでいた。

          ***

「国専占者の予言どおり、祭が失敗するかどうか、見に来た連中多いんだろな――――」
「あーあ……困っちゃいましたねー、町長」

 大通りに幾つもの出店が、軒を並べている。
 その店を冷やかし半分に覗き込みながら、大勢の人々が闊歩している。
 人々のざわめきと、祭の雰囲気で活気づく通りを眺めながら、この町の町長とその補佐である老君の、二人の顔色は優れない。
 原因は単純明快――
 この町が属する国……バラチナの国専占者が、あろうことか『祭』の失敗を予言したせいだった。
 しかもただの『予言』ではないことが更に、二人を憂鬱にしていた。
 しかし、元々の気質のせいだろうか……二人の口調にあまり、深刻さは感じられない。
 だが、確かに『困って』はいるのだろう。
 会話の合間に幾度となく吐かれる溜め息が、それを物語っている。

 幾度目だろうか……
 ほぼ同時に、深々と吐かれた二人の溜め息に、
「すまん、おれが怪我さえしなかったら……」
 精悍な顔つきをした一人の青年が、背後からそう、声を掛けていた。
 左手と右足首には包帯が巻かれ、松葉杖を突きながら、全ては自分のせいだと言わんばかりに、表情を曇らせている。
 町長は青年の声に振り向き、怪訝そうに見やり――
「婿殿」
 彼のことをそう、呼んでいた。
 
          ***

「でも、お義母さん!」
 深刻そうに吐かれた二人の溜め息に耐えきれぬように……
 『婿殿』と呼ばれた青年は、包帯の巻かれた右手を握り締め、
「おれ、祭神の役目、やってみるよ! この体でもなんとか……」
 意を決し、言葉を放つ。
 己の身に課せられた役目と、その責任――
 果たせぬことで皆に掛かる迷惑を、苦にしているのだろう。
 その『気持ち』は良く分かるが、松葉杖なしでは立つことも歩くことも出来ぬのだ。
「バカ言ってんじゃないよ!」
 町長は彼の言葉を途中で強く遮り、きつく見据えていた。
 確かに、困ってはいる。
 国専占者の予言さえなければ……
 祭の主役、『祭神』の役目を担うはずだった『婿殿』の怪我さえなければ……
 いつも通りの『祭』の賑わいを、町の民と共に楽しめていただろう。
 だが、だからと言って、『無理』などして欲しいわけではない。
 婿殿の包帯の巻かれた手足を見やり、
「その足と手で、どうやって滑車に乗るんだい」
 視線を櫓の向こうへと……
 谷底を流れる川を挟み、対岸に見える険しい山肌に建てられた、もう一つの櫓へと、向ける。
 こちらの櫓よりも、少し高い位置に建てられたその櫓を指差しながら、
「あっちからこっちまで……」
 二つの櫓の間に渡されている、太くて長い、丈夫そうな縄を眼で追う。
 そのまま、彼を見据え、
「……あんたが掴まるのは、花籠の外なんだよ?」
 どういうつもりで『やってみる』と言ったのか、確認するかのように、
「足すべらしたら、下の川まで真っ逆さま」
 遥か下を流れる川へともう一度眼を向け……
「あんた――うちの娘を未亡人にする気かい?」
 『そんなことは承知しないよ』とでも言うように、問い掛けていた。
 
          **********

「――未亡人は、嫌よねー……」

 国専占者の予言に興味をそそられ、祭を見に来た物見遊山の客でごった返す町の中……
 大きな通りにある、大きな階段に座り込んだ女性が一人――
 ボヤキながら、山肌に建つ祭の櫓を、溜め息と共に眺めている。
 憂いに満ちた表情を浮かべ、頬杖を突き……

 ――でも、祭の失敗は
 ――スワロ参議長の意見が間違っていたってことを、意味するんだもの……
 ――なんとかしないと、この国はカーン参議の勢力が……

 『祭』に浮かれ、ざわめく、町の雰囲気には見合わぬ悩みを抱え、次第に顔を俯かせていた。
 彼女が、『町長の娘』であるが故に――

          ***

 隣国グゼナとの国境にほど近い場所にあるこの町は、そんなに小さい町ではないが、さりとて、国の重要都市と言えるほど大きいわけでもない。
 年に一度開催される『祭』が有名な、バラチナという国の中では、地方に当たる町と言えるだろう。
 ただ―― 
 国を動かす議員の一人がこの町の出身であり、その『議員』が、『参議長』という役職に就いていたことが……
 そして、力ある議員と対立関係にあることが……問題なのだ。
 その上、両者の是非を問うかのような『国専占者の占い』。
 それさえなければ、いつもと変わらぬ『祭』であっただろうに――
 町長と補佐役の老君。
 そして町長の娘である彼女とその亭主……
 この四人の表情を曇らせることなど、なかっただろうに―― 
 
「大丈夫か?」

 ざわめきに交じり聞こえた、誰かを案じる声音に気付き、女性は顔を上げた。
 視線を巡らせると、自身が座り込んでいる石段の、大きな手摺に腰を下ろしている、明るい茶色の髪をした少女の背が眼に入った。
 その少女の前に膝を着き、顔を覗き込んで案じている、黒髪の青年の姿も眼に入る。
「ご免ね、ちょっと、人に酔っちゃったみたい」
 少し、気怠そうに聞こえる声。