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自分らしく
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彼方から 第四部 第一話 ― 祭の日・1 ―

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 若い二人……少女の方は後ろ姿しか見えないが、青年の方は遠目でも、見場の良い面立ちをしているのが分かる。
 きっと少女の方も、可愛らしい顔立ちをしているに違いない。
 そんなことを頭の片隅に浮かべながら、

 ――恋人同士かしら……

 などと勝手に思い、先ほどまで頭の中を埋め尽くしていた悩みなどそっちのけで、二人が気付いていないのを良いことについつい、様子を窺ってしまう。
 無言で、彼女の額に手を当てる青年。
「……熱いな」
 微かに眉根を寄せ、そう呟いている。
「そお? 大丈夫よ」
 青年に心配を掛けまいとしているのか、もしくは本当に大丈夫なのか……
 彼女の方も、自分で額に手を当てながら、明るくそう、言葉を返すが、
「間が悪いな」
 青年はそう言って立ち上がり、辺りを見回し、
「この町は年に一度の祭らしい、どの宿もいっぱいで、休むところがない……」
 ただただに、彼女の身を案じている。
 青年は、遠くを見やるように視線を泳がせ、
「しばらくそこで待ってろ、ノリコ」
 そう言い置き踵を返すと、
「とにかく、何か元気のつきそうなものを買ってくる」
「うん」
 彼女の頷きを確かめ、少し急くように、走り出していた。
 どことなく……気になる二人だった。
 何か目に付く言動や服装をしているわけでもないのに…… 
 だからだろうか、女性は駆けて行く青年の背を無意識に、眼で追っていた。

 ――あ……!

 思わず、立ち上がっていた。

 ――……あの青年

 雑踏に中に走りゆく、黒髪の青年の後ろ姿に、釘付けになる。

 ――あたしの亭主と
 ――背格好がほとんど同じ!

 そう……
 祭の主役。
 祭神の役目を担うはずだった彼と――
 町長の娘婿である自分の亭主と……本当に良く似ていた。
 …………ある思い付きが、頭を過る。

 ――ああ、いやいや

 だが、直ぐに首を振り、思い直す。

 ――背格好が一緒だったって仕方ないんだ
 ――やっぱり
 ――アクロバット能力者なんて
 ――そうザラに、いるわけないし……

 と……
 そうなのだ。
 たとえ背格好が良く似ていたところで、『普通』の人間に身代わりを頼むわけには行かないのだ。
 いくら、『この国の行く末』が、祭の成功如何に懸かっているとしても――――
 どんなに、青年の背格好が、自分の亭主と良く似ていようとも……
 
「仕事捜しているのか?」
「え?」

 不意に……
 どことなく響きの悪い男の声音が、耳を衝く。
 ふと視線を向ければ、青年の帰りを待つあの少女の眼の前に、厭らしい笑みを浮かべた壮年の男が一人、立っていた。
「見たところ、田舎から一旗揚げようかと出てきたってとこか……」
 男はじろじろと値踏みするかのように少女を見回し、
「そうだなァ……ちぃっと色気がねぇけど、使えねェこたァねえ」
 勝手に推察し、勝手に答えを出している。
「あの」
 少女は困惑した表情浮かべながらも、
「違う、あたし……」
 身振りと言葉でハッキリと『違う』と伝えたのだが……
「ほれ、ついて来な」
 男は聞く耳など持たず、いきなり彼女の手を掴むと力任せに引き寄せ、
「――っ! あのっ!!」
 強引に歩き出していた。

          ***

 あまりにも突然の出来事に咄嗟に頭が回らず、ノリコはとにかく慌てて、荷袋を掴んでいた。
「あっ、あたし、違う、違うっ!」
 焦って、言葉が上手く出てこない。
 それでも連れて行かれまいと必死に抵抗し、『違う』と訴え続ける。
 それなのに……
「いーから、いーから。任せときなって」
 男はノリコの訴えなど意にも介さず、いい加減な宥め賺しの言葉を並べ、構わず手を引き歩いてゆく。
 通りには大勢の人が行き交っているが、そのほとんどは騒ぎを気にも留めない。
 気付いたとしても、ほんの一瞬、眼を向けるだけで、関わり合いになりたくないのか、直ぐに逸らしてしまう。

 ――どうしよう!

 具合の悪くなった自分の為に、町中へと走って行ってくれたイザークの後ろ姿が、脳裏にチラつく。
 ほんとは、このくらいのことで彼を呼んだりしたくない。
 けれど、手を振り解きたくても、男の力が強くてそれも出来ない。

 ――このままじゃ……

 そう、思った時だった。
「ちょっと、ちょっと! 違うって言ってるじゃない!!」
 石段を駆け降りる足音と共に、呼び止める、女の人の声が聴こえてきたのは……
 
          ***

 ――何やってんのよ! あの男!!

 そう思った瞬間、

「ちょっと、ちょっと! 違うって言ってるじゃない!!」

 呼び止めながら石段を駆け降りていた。
 関わり合いになりたくないとか、とばっちりを受けたくないとか……
 そんなこと、微塵も思いはしなかった。
 ただ、無理に連れて行かれそうになっている少女を、見過ごすことなど出来なかっただけだ。
「放してやんなさいよ!」
 追い付き、男の腕を掴む。 
「なんだァ」
 ムッとし、睨みつけるように見据えてくる男の眼を、こちらも負けじと見返し、連れて行かれそうになっている少女と、引き離そうと試みる。
 だが……
「余計なお世話だ! 引っ込んでな!!」
「 あ 」
 瞬間、眼から火花が散るような痛みが、頬に奔る。
 避ける間もなく……女性は男に殴られていた。

          *** 

「放してやんなさいよ!」

 見も知らぬ人の……
 しかも女性の助け手の出現に、ホッとしたのも束の間――
 ノリコの瞳に映ったのは、
「余計なお世話だ! 引っ込んでな!!」
「 あ 」
 男が、苛立った怒号と共に躊躇いもなく、女性の『顔』を、殴りつける様だった。

 ――酷いっ!
 ――なんてことをっ!!

 驚きと衝撃に眼を見開く。
 殴られた勢いで地に倒れ込む女性……

     ―― イザークッ!! ――

 その姿に、今度は躊躇することなく、ノリコはイザークを呼んでいた。

          **********
 
     ―― イザークッ!! ――

 ノリコの助けを求める声が頭に響いたと同時に、イザークは地を蹴り、雑踏の中から宙へと、身を躍らせていた。
 壁に飛び乗り、屋根へと飛び移る。
 
 ――……っ!?

 彼女の『気』が、待っているはずの場所から、移動しているのに気づく。

 ――やはり、何かあった!!

 でなければ、ノリコが助けを求めるはずなどない。
 一際高い建物の屋根に、飛び出るように設えられた、天窓の壁に手を掛け辺りを見回す。
 通りを行き交う群衆の中、ノリコの手を引く男の姿が……
 連れて行かれまいと抵抗する彼女の姿が、眼に入る。
 二人の傍らには何故か……地面に座り込んでいる、見知らぬ女性の姿も見える。
 イザークは躊躇うことなく屋根を蹴った。
 男の眼前へと――
 ノリコに害をなそうとする男の行く手を、阻む為に。
 
          ***

「――――っ!!」

 地を踏みつける大きな音と共に、いきなり眼の前に降って来た影に、思わず、身が固まる。
 それが『人』であると、認識するのに時間は掛からなかった。