炎倶楽部 第弐話 哀しみの鬼
所変わって、京都市西京区にある某大明神。夜もかなり遅い時間、哀しみの鬼・哀泣は胴体にある紫色の目から怪光線を出し、童話に出てくる怪童が持っているような鉞(まさかり)を出現させた。そして人通りの多い道に出ると、
「血鬼術・嘆鬼帷子(なげきかたびら)!」
と唱えて鉞から藍色の怪光線を発し、一人の壮年女性に当てた。すると、彼女の服装は古典的幽霊が着るような白装束に変わり、彼女自身は座り込んで大声で泣きだした。突然起こった妙な出来事を目にして、通行人たちは立ち止まった。哀泣は、血鬼術「嘆鬼帷子」で通行人たちの服を白装束に変えて哀しみの底に突き落とした。
「せやせや、あんたらは泣いて哀しむんや。哀しみの中で、俺のお夕飯になるんやで。泣けるや~ん」
不気味で悲しそうな声でそう言うと、白装束で泣いている人々を鉞で襲い、鎧の腹の部分にある口を大きく広げて喰い殺していった…。
そのときだった。
「鬼、ここに居たのね!」
「鬼め!」
山吹色のボウタイブラウスに白黒スクエア柄の長いキュロットといった出で立ちの女性剣士・或仁(あるじん)と、袖をまくったワイシャツに赤色のネクタイを締め、濃い赤茶色のズボンを履いた短髪の青年剣士・蘭須郎(らんすろう)が駆け付けた。二人は被害者のいくつもの血痕を見て顔に悔しさをにじませ、哀しみの鬼をにらんで刀を抜いた。彼らの姿を見るや、哀泣は泣き出した。
「ああ~っ、何で鬼狩りが来んねん。ええところやのに~」
鬼の予想外のリアクションに、或仁と蘭須郎はきょとんとした。しかし直後に哀泣は
「嫌やわ~、キツイわ~」
と愚痴りながら鉞を振り回して二人に襲い掛かってきた。彼らは鉞をよけながら攻撃のチャンスをうかがい、蘭須郎が鬼からある程度距離を取ると、大きく息を吸い、力強く踏み込んだ。
「炎の呼吸・壱ノ型!『不知火』!」
炎を発するような勢いで間合いを詰め、横薙ぎの斬撃をかました。
ガキィン!
何と、哀しみの鬼は蘭須郎の攻撃を鉞で防御し、そのまま彼を押し倒した。
「蘭須郎!」
転倒した蘭須郎に或仁が駆け寄った。すかさず、哀泣は鉞の先を彼らに向けた。
「あんたらも哀しみに浸ってまえ。血鬼術・嘆鬼帷子!」
鉞から藍色の怪光線を発し、まずは或仁に当てた。彼女の服装はたちまち幽霊装束に変わり、座り込んで声を上げて泣きだした。
「或仁!」
蘭須郎は或仁の体を支えたが、すぐに藍色の怪光線の直撃を喰らった。彼は両手を突き、
「ううっ…」
とうなるように泣きだした。
「ハハ、アハハ…。心燃やすやつらも、こないなると惨めやなぁ」
哀泣は二人の剣士の心にさらに冷水をかけた。
そのとき、2、3人の通行人が何事かと立ち止まって彼らの様子を見つめた。それが目に入った哀泣は、
(せや、ええこと考えた)
と心の中でつぶやくと、その人たちに血鬼術を浴びせて幽霊装束姿にして、「お夕飯」を再開した。
「あんたらは哀しみの中におるんで、鬼退治できへん。ほんで守るべき人間を目の前で喰われて、さらに悲しゅうなるんや。泣けるや~ん」
哀しみの鬼は、泣きじゃくっている二人の剣士の顔をのぞき込むようにして言った。
「あんたらの悲しみがたまりにたまった頃、あんたらを喰いに行くねんで。ほな、俺はこれで」
そう言い残すと、彼は夜の闇へ消えていった。
作品名:炎倶楽部 第弐話 哀しみの鬼 作家名:藍城 舞美