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あなたを好きで良かった

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 その日は散々だった。私の凡ミスばかりで折角の演奏が全然駄目、皆から心配ばかりされている。
 真面目にやらなきゃ、集中しなきゃと思っても指が思うように動いてくれない。――また間違えた。
「ご、ごめんなさい。もう一回お願い!」
「ムギちゃん、大丈夫?」――やめて。
「ムギ、顔が赤いぞ?」――やめて。
「ムギ先輩、ひょっとして体調が悪いんですか? なら無理しないで少しや……」
「大丈夫だからっ!!」
 思わず大きな声を出してしまった。部屋にいた全員が凍り付く。
「あ、ごめん。本当に大丈夫だから」
 そう言って、なんでもないと私は手を振る。
「……あー疲れた。一旦休憩にしようぜ。」
 りっちゃんの一言で皆が休憩モードになった。そのおかげで緊迫した雰囲気が一瞬で解ける。
「おー、今日は新しいケーキだ! ムギちゃん、選んでいーい?」
 箱の中を除きながら唯ちゃんがアレコレと指差していた。もう、私が答える前に選んでるじゃない。
「うん、いいよ。ケーキの説明しようか?」
「大丈夫ー、みんな美味しそうだよー」
 とろけきった返事が返ってきた。よかった、喜んで貰えてるみたいだ。
「えーっと、私はこのベリーっぽいヤツで! あ、あずにゃんもお揃いのにしようよ!」
「また勝手に。別に私は何でも構いませんけど」
 お皿とフォーク、二人分の準備をするといそいそとお皿に取り分け梓ちゃんと二人並んで備え付けの長椅子に座る唯ちゃん。
 その様子を私は眺める。気持ちの悪い感情を抱えながら。
「何か最近二人仲良いな、出来ているのかね? ん?」
「おいおい、律からかうな。ムギも何か言ってや……」
 私に助力を求めようとした澪ちゃんの動きが止まる。
「さぁ、二人もケーキ選びましょう。いつもとは違うお店のを持ってきたの」
「おー、それは楽しみだ♪」
「あ、あぁ。いただきます」
 りっちゃん、澪ちゃんの順で手を伸ばす。さっきからチラチラと澪ちゃんが私を視ている。
 どうしたの、私の顔に何か付いてる?
 胸の中がモヤつきながらも私は微笑んだ。


「美味しいねぇあずにゃん」
「そうですね。ムギ先輩、これ凄く美味しいです」
 新しいケーキはどうやら好評みたい。唯ちゃんが喜んでくれて嬉しかった。
「あずにゃーん、これ美味しいよー。あーん」
 唯ちゃんが自分のケーキを梓ちゃんの口元に運ぶ。
「ちょっと唯先輩、同じケーキなんだから私の食べますよ!」
「ほら、あーん♪」
「……あーん」
 あの笑顔で迫られると断ることなんて出来ない。観念したのか梓ちゃんは差し出されたケーキを食べた。――ねぇ、その行為に何の意味があるの?
「おい、ムギ? 食べないのか?」
「あ、た、食べるよ」
 りっちゃんに言われて私はケーキを食べ始めた。だけどすぐにまた唯ちゃんと梓ちゃんへと目を向ける。
 二人はこっちに背を向け座っているので私の視線には気付いていない。さっきから何を話しているのか楽しそうに笑っている。ギター同士、色々と共通の話題があるんだろうか。羨ましいと思った。
「……あ」
 唯ちゃんが梓ちゃんのホッペタについたクリームを舐め取った。くすぐったそうな顔をして嫌がる梓ちゃん。――私が見ていることも知らないで楽しそうにはしゃいで。
「……ムギ?」――見てるよ。
「……おい、ムギ?」――私ずっと見てるよ。
 ――ねぇ、ずっと見てるんだよ。やめてよ。ゆいちゃん。
「ムギ!」
 澪ちゃんの声にハッと我に返る。澪ちゃんが心配そうにこっちを見ていた。
「大丈夫か? さっきからボーッとして」
「う、うん。ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるね」
 そう言って私は部室を飛び出した。自分の中でグチャグチャとした黒い感情が渦巻いている。いけない、こんなことじゃいつメンバーに不審がらるかわからない。少し頭を冷やしたかった。

「……悪い、澪。私もちょっとトイレ行ってくるわ」