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あなたを好きで良かった

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「さぁ入って」
「お邪魔しまーす。やっぱりムギちゃんの部屋は良い匂いがするねぇ」
 私の後ろでスンスンを部屋の匂いを嗅ぐ唯ちゃん。少し恥ずかしかった。
「もう、恥ずかしいじゃない。待ってて今クッションを用意するから」
 部屋の隅に重ねられたクッションを二つ取ろうと手を伸ばす。ファーのついた柔らかくて座り心地の良いお気に入りのクッションだ。
「――昨日ムギちゃんの話聞いちゃった」 
「……え」
 昨日の私の話? ――一瞬にして嫌な汗が噴き出す。昨日、私の話なんて一つしか思い浮かばない。りっちゃんに打ち明けた秘密の話だ。
「唯ちゃん、私の話ってなんのこと――」
 振り向いた瞬間、背筋が凍り付いた。
 私を見る唯ちゃんの目が今まで見たこともない、とても冷たい目をしていたから。
「ムギちゃん、どうしたの?」
 一歩、また一歩と私に近づいてくる唯ちゃん。反射的に同じ速度で反対へと逃げる私。二人の距離は変わらない。
「唯ちゃんこそ……どうしたの?」
「こっちが先に聞いてるんだよ。……ねぇ、なんで逃げるの? 私何かしたかな?」
 気付くと私はベッドと唯ちゃんに挟まれて、これ以上逃げることが出来なくなっていた。
「逃げて……ない……」
「嘘! 逃げてるじゃない!!」
 私は手首を掴まれ、凄い力でベッドに押し倒された。
「ちょっと唯ちゃん! い、痛い」
「私の目を見てよ」
 そう言われ思わず唯ちゃんの瞳を覗き込む。そこには私が映っていた。酷く怯えた私が。
「あの時、私すぐ近くにいたんだよ。なかなか二人が戻ってこないから心配して探しに行ったんだ。そしたらムギちゃん大きな声で泣いてるんだもん、ビックリしちゃったよ」
 全部、全部聞かれてたんだ。
「……ねぇ、ムギちゃん」
「な、なに?」
 手首を掴んでいた手がスルリと滑り、私の指とその手の指が絡み合う。ビクッと反応すると唯ちゃんはそのまま私に倒れかかってきた。身体は完全に押さえつけられて動けない。私は天井を眺めることしかできなかった。
 耳元に唯ちゃんの吐息が当たる。首を動かすことすら出来なかった。
「……この変態」
「……あ……あ、あ」
 もう何も考えられなかった。私の大好きな人が私を罵る声が聞こえる。一番知られたくなかった人に一番知られたくない事を知られてしまった。昨日あれだけ泣いたというのにまた涙が流れてきた。
「何で泣いてるの? 変態って自分で言ったんだよ? 私が恐いの? 私の事大好きって言ってたじゃない」
「う……ひっ……あ、あう……ひっぐ」
 恐い、大好き、恐い、恐い、好き、大好き、色んな感情が私から溢れる。
 私は嗚咽を止めることができなかった。歯がカチカチと震える。いつもなら愛おしくて堪らない人なのに――恐ろしかった。
「ウフフ、酷い顔してる。ムギちゃんもそんな顔するんだ」
「やだ、見ちゃやだ!」
 涙だけじゃない、鼻水や汗、涎でグチャグチャになった私の顔を見て唯ちゃんは微笑む。私の知ってる明るいあの笑顔じゃなく、普段なら想像も出来ないような妖艶な微笑み。それを私は――
「……綺麗」
 と思ってしまった。私の知らない大好きな人。今まで恐怖を感じていたのに。自分はなんて都合のいい頭をしているんだろう。
「ムギちゃんも可愛いよ」
 そう言って私の頬伝う涙を舐め上げる。昨日部室で梓ちゃんのクリームを舐め取ったみたいに。
「……くすぐったい」
 でもどこか嬉しかった。そっか私、羨ましかったんだ。
「あのね、ムギちゃん。私変態のムギちゃんに言いたいことがあるんだ」
 私の耳元で唯ちゃんが囁く。何を言われるんだろう。でも大体予想はできる。こんな変態な人間となんて一緒にいたくないよね。別れの時が近づいているのかと思うと震えが止まらなかった。
「ムギちゃん――ううん、紬」
「――大好きだよ」

 ……え。
「え、え……え、あれ、え?」
 今、なんて言ったの。
「私もね、変態なんだ。女の子、紬が一番大好き」
「それって……どういう」
 唯ちゃんが変態? え、私が好き?? 
 一度に頭の中がかき回された。私は変態で、唯ちゃんにそれがバレて。それで唯ちゃんに嫌われて変態って言われて。そしたら私を好きだって、唯ちゃんも変態で。
「あはは、混乱してるね。今面白い顔してるよ♪」
「やだ、ちょっと。え、でも最近はずっと梓ちゃんばっかり……」
「だって紬――いきなり呼び捨ては難しいね。あれはムギちゃんとずっと一緒にいたかったんだけど、そうすると私にやけっぱなしになっちゃうから。そしたら皆変に思っちゃうじゃない? だからあずにゃんは照れ隠しって感じ♪」
 そう言って頬をかきながら照れくさそうに笑う。
「だからね、ムギちゃん」
 私をベットに起こして唯ちゃんは言った。
「私とムギちゃん――両思いだったってことだよ」
 その言葉を聞いた瞬間、私は唯ちゃんを逆に押し倒して抱きしめていた。
「唯ちゃん、唯ちゃん、唯ちゃん!!」
 嬉しかった。嬉しいなんてもんじゃない。私が一番だった。嫌われてなかった。唯ちゃんへの想いを忘れなくてよかった。やっぱり唯ちゃんは私の全てだった。
 その想いがいままでとは違う涙となって溢れる。
 泣きじゃくる私の頭を優しく撫でながら唯ちゃんは囁く。
「ムギちゃんは私のモノだよ」
「うん!」
「それに私はムギちゃんのモノ」
「うん!」
「これからはずっと一緒にいられるよ」
「うん!!」
「よかった、私だけじゃなくて。ムギちゃんの気持ちが私と一緒で」
 そういって優しく抱きしめてくれた。
 その後唯ちゃんが小さく呟いたけど、私には何て言ったのか聞き取れなかった。でもいいの、本当に幸せだったから。

「よかった……もう誤魔化さなくていいんだね」 



 おかしいんだ。
 私はどこかおかしいんだ。
 そう思ってしまえば、この気持ちも誤魔化せるから。
 そうすればずっと一緒にいられると思っていたから。
 でも違ってた。
 大切なことはちゃんと伝えないといけない。当たり前のことなのに今まで出来なかった。
 それは失うことが恐かったから。
 でも良かった。
 私の気持ちを伝える事が出来て。
 良かった――ムギちゃんが私の事を好きでいてくれて。

 子どもみたいに泣きじゃくる彼女にバレないように、私はそっと涙を流した。