再見 五 その三の二
微笑む長蘇の口角が、ほんの僅か、上がった様に見えた。
《ふふふ、、私に髪を梳かれて嬉しいと?。長蘇の奴め、案外、可愛らしい所も、、、、クス。》
だが、次の瞬間、藺晨は頭から落ち葉をかけられる。
「、、ぅあ、、なんだこれは!!。」
藺晨が振り向くと、背後には飛流がいて、枯葉の付いた上着を持っていた。
「飛流!!!、コイツめ、背後から!。この卑怯者!。」
『あははは、、、飛流の内力修練の、邪魔をしたからだ、、。』
「お前、私には、終わったと、、。」
『飛流は修練を、し足りなかったのだろ。あははは、、背後から浴びるなぞ、油断のし過ぎだぞ。』
長蘇は転げて笑っている。
藺晨は、飛流をとっ捕まえて、仕置いてやろうと思ったが、飛流はさっさと、山の中に逃げてしまった。もう捕まえられはしない。
枯葉を払いながら、藺晨が言った。
「見ろ、飛流の執拗さを。ダンゴムシやらヤスデまで入れている。誰に似たのだ。」
長蘇は笑いまくっている。
藺晨は、長蘇が共犯だった事に、腹が立っていたが、その事を長蘇に言うのは悔しくてならない。
「、、喰らえ!。」
そう言って、笑う長蘇にヤスデを投げつけた。
『止めろ、ヤスデは好かん。』
長蘇が投げ返した。
その後は二人は座ったままで、笑いながら、散らばった落ち葉と虫の応酬になった。
きゃっきゃと、騒ぎながら虫や枯葉を投げ合っている二人を、木陰からそっと、飛流が覗いていた。
何だか飛流は、投げっこをしている二人が、楽しそうに見え、羨ましくなる
飛流はまた、上着一杯に落ち葉を集めて、忍び足で近付いて行った。
二人、枯葉まみれになって、投げっこに夢中だ。
飛流が近づいている事に、気が付いてもいないようだ。
飛流が藺晨に、枯葉をかけようと思った瞬間、藺晨が振り返った。
「飛流、二度も同じ手に引っかかるか!。」
急いで上着ごと枯葉を、藺晨に投げつけて逃げたのだが、藺晨の動きは早い。忽ち飛流は藺晨に、首根っこを捕まれてしまった。
「じたばたするな。さーて、お仕置だぞ飛流。どれが良い?。」
その時、長蘇が藺晨の背中を、強く叩いた。
「長蘇!、またお前は加担して、飛流を逃がそうと、。」
長蘇をひと睨みする。
『違う、お前の背中にムカデが、、。肩にもいるぞ。』
藺晨が足元を見ると、払い落とされた大きなムカデが、ひっくり返っている。
「うわっ、どこだ、、、取ってくれ、、早く、。」
もう飛流どころでは無い。
藺晨は、捕まえていた、飛流の襟元を離した。飛流は自由の身になり、逃げて行った。
『藺晨、動くな!!、衣の中に入ってしまう。』
「う、、。」
藺晨はじっと我慢し、長蘇がムカデを取るのを待っていた。
長蘇は藺晨の襟元から、そっと何かを取り出した。
「何っ、、そんな所にいたのか?、、危なかった、、。」
『、、、違ったわ〜、枯れ枝だ。あははは、、。』
「長蘇──────!!!、またお前は!。」
『見間違ったのだ。わざとでは無い。』
「許さん───っ!!。
長蘇!、お前もお仕置だ!!。」
藺晨が長蘇を追い掛け回すと、飛流もどこからかひょっこり出てきて、一緒に走り出した。
三人共、走っている内に、誰から笑い出したのか、何が何だか可笑しくなってしまい、仕舞いには、三人、大岩の上で笑い転げた。
そして、季節は巡る。
「もう、行くのか?。」
「ああ。世話になった。」
長蘇は、何一つの心残りも無いように、爽やかに藺晨に挨拶をする。
山門とは名ばかりの、琅琊閣の小さな門で、藺晨と長蘇は、別れの挨拶をしていた。
気候は良く、日差しは木漏れ、優しく降り注ぎ、長蘇の門出には相応しい。
黎綱と飛流に支えられ、長蘇は藺晨に拱手する。
名残も惜しまず、さっさと拱手して去ろうとしている長蘇に、藺晨は腹が立った。
《私はこんなに別れ難いのに、長蘇と来たら、こんなにさらっと行ってしまう気なのか!。》
「挨拶もせずに、去る気か?!。」
「挨拶はしただろう?。今朝もお前の元に、挨拶に行ったし、出発前にもした。昨夜だってお前の居所に行って、別れを惜しんだでは無いか。」
「あれが挨拶だと?、私がお前にどれ程尽くしたと。父と私が、琅琊閣最高の医術を以て、お前を人の姿に戻して、その後私がどんなに心血を注いで、お前の体を回復させたか。それを、、お前は、、あの程度の挨拶で、、、、。」
「若閣主、宗主が去るのがお寂しいんでしょう?。あれこれ邪魔されて、出発がこんなに遅れてしまった。もうこれは、難癖としか思えませんよ。」
「煩いぞ黎綱。」
藺晨が、黎綱を叱り付ける
「宗主、日が暮れます。行きましょう。」
長蘇はこくりと頷いて、黎綱と飛流に支えられ、歩き始める。
ゆっくりと一歩一歩、足を進めていく。
「いいかー、飛流はなー!、お前にくれてやった訳では無い。返してもらうからなー。」
「飛流に聞けー!。」
振り返りもせずに、長蘇は答えた。
「イヤダ─!。(被せ気味に即答)」
「くー、長蘇め、振り返りもせぬ!。何て冷血な奴だ。」
黎綱達に支えられて、歩む姿は、これから長蘇が、成そうとしている事への道にも似ている。
あの体で、自ら地獄の門へと、一歩一歩、向かっている様に、思えてならなかった。
《あの日、長蘇は、私が必ず戻ると知っていたのだ。
私は、長蘇に利用されたと暴言を吐き、闇の中に長蘇を置き去りにした。
なのに長蘇は、笑って、私を待っていたのだ。
友だから。
私の暴言も、置き去りにした事も、何一つ責めず、戻ってきた事を、ただ笑って受け入れたのだ。
簫景琰なぞ、私達の関係には立ち入れぬ。
友だからこそ、長蘇は私に施術を頼んだのだ。
互いが、主でも無く、従でも無く、私と長蘇は対等なのだ。
私が長蘇に無理を頼んでも、見返りなど求めずに、長蘇は尽力し、私を助けるだろう。
熊王に立ち向かった、あの時の様に、それが命懸けの事であっても、長蘇は私を救い、例え命失っても、私を恨みはしないのだ。
だが友だからこそ、危険な事は頼まない。
長蘇には隠していても、奴は察知して、何も言わずに、死地であろうと、私を救いに来るのかも知れぬがな。
私とて、離れていても、長蘇の窮地は分かるだろう。
友とはそういう者なのだ。
それだけで十分だ。
そして、どれ程長蘇の心の中を、私が締めているかを、試すなぞ、愚の骨頂だ。
長蘇の心の中には、私の居場所が、ちゃんと有るのだ。
長蘇という友。
友という重み、そして友という心地良さ。
長蘇という男が、私の世界を変えた。》
長蘇達の姿は、小さくなった。
黎綱と飛流に支えられて、一歩一歩下りてゆく。
きっと、視界から姿が消えても、藺晨は姿を追っている事だろう。
長蘇は石にでも躓(つまづ)いたのか、蹣跚(よろ)めいて、小さな飛流に支えられた。
「あぁぁぁぁ!!!。
、、、見ちゃおれん!!!。」
飛ぶように長蘇の側へ駆け下り、飛流に変わって長蘇を支えた。
「危なっかしくて、見ていられぬ。私が厩まで送っていく。
作品名:再見 五 その三の二 作家名:古槍ノ標