【一時間SS】涼と夢子の「伊豆の踊子」
「ちょ、ちょっと夢子ちゃん、女の子がそんな言葉だめだよ…。」
「ああもう。ほんとムカツクわね。わかったわ、私もやるわよ。だからいまのセリフ、もう一回やって見せてよ。」
夢子ちゃんに肩を掴まれ前後にゆさぶられる。
「わわわ、わかった、わかったから、ハナシテ…。……うん。いくよ。『書生さん、活動に連れて行って下さいましね。』」
「もう一回!」
「ええっ? じゃあ……。『書生さん…』」
「もう一回!」
「えええええ? 夢子ちゃん頼むよ、これ恥ずかしんだよぉ…。」
「恥ずかしがってちゃ演技にならないでしょ!」
「演技するのは夢子ちゃんでしょお…。」
「文句言わずにやる!」
また夢子ちゃんに両肩を掴まれ前後にゆさぶられる。
「わわわわわ、わかったから、気が済むまでやるからぁ…。」
こうして、ヒロインのセリフを何度も繰り返しやらされる羽目となった
そして、いよいよ映画の撮影が始まった。
監督は、まず僕たちを呼び出して、そして、何でもないように僕たちに指示を告げた。
「涼ちゃん、夢子ちゃん。悪いんだけど、実は台本にミスがあってね。
台本に書いてある配役、間違ってるんだ。
正しい配役は、夢子ちゃんが主人公の書生。そして、涼ちゃんがヒロインの踊子ね。」
「え、えええええ?」
二人して驚きのあまり声を上げてしまった。
僕はあわてふためいて監督に聞き返す。
「そんな、僕、男ですよ? どうして踊子なんですか?」
「旅芸人なんだから、現実にもよくあったことさ。」
「そんなむちゃくちゃな! 原作はどうなるんですぁ〜。」
僕はなおも食い下がるものの、監督は全く意に介さない。
「涼ちゃんの方がヒロインのイメージにぴったりなんだよ。それに、夢子ちゃんのほうが凛々しさを感じられるしね。」
そんな!僕には凛々しさがないの??
一方で夢子ちゃんは握り拳を作ってわなわなと震えている。お願いだ、その怒りは監督にぶつけてくれ…。
「涼、あなたって人は、そんなに私のポジションを食いたいの?」
「そ、そんなつもりないって! 僕だって男役ができると期待してたのに!」
「いいわ、この際、女装アイドルとして映画史にその名を刻み込みなさい。永遠に。」
「そんなぁ…。せっかくカミングアウトまでしたのに…。」
作品名:【一時間SS】涼と夢子の「伊豆の踊子」 作家名:みにもみ。