BUDDY 12
“ずっと”とは出会ったときから、ということなのだろうか?
いや、そんなことはないだろう。
士郎と出会ったのは、あの土蔵。
ランサーに追い詰められ、士郎が二度目の死を覚悟したであろう、あの瞬間だ。
聖杯戦争に召喚されたあの頃は自他ともに師弟関係だと認めていたので、そういった感情はなかったはず。
そこではない。
ならば、それからの日々のどこかにターニングポイントがあるはずだが……?
わからない。
ターニングポイントも何も、そもそも、私と士郎とで、いったい何がはじまるというのだろう?
士郎には悪いが、私を好きだということ自体がどうかしている、としか言いようがない。
いったい士郎に何があったのか?
ターニングポイントはいつで、その要因はなんだ?
考えてもわからない。
解決の糸口を見つけるために、士郎と話さなければと思うが、どう接すればいいかもわからず、何か話そうと思っても、士郎は私と話す気がないようで、どうにも避けられている気がしている。
どう…すべきか……。
埒が明かない。
本当に悩ましい。
ああ、そういえば、悩ましいと思ったことがあったな……。
ロンドンにいる頃、士郎は時折、思い詰めた顔をして表情を失くしていた。
自身の魔力や魔術師としての成長度合いが気に入らないのだろうと思っていたが、もしかすると、あれは、私のことで悩んでいた……?
いや、そんなはずはない。あの頃の士郎は、私を問題なく現界させることに必死になっていたのだ。そんなくだらないことを考えている暇などなかったはず。
ただ、私は悩ましかった。そういう士郎を見ているだけというのは、とてもじゃないが歯痒さを存分に味わわされた。
何かしらの相談をしてくれるのであれば、一緒に考え、解決策を見出すこともできただろう。しかし、士郎からは何も打診されず、私はなんの力にもなれなかった。
あれは、どうにも不甲斐ない気分だった。
力になりたいと思うのに、士郎からは何も求められないということが、何よりも苦々しかった。
そうだ。
私はいつも、士郎が私を頼ってこないことを、腑に落ちない、と思っていた。師弟関係に近い存在でありながら、私はなんら頼られていないのだと、虚しさに襲われることもあった……。
士郎と過ごす日々は、最初から厳しいもので、思う通りにいかないことばかりだった。
……だが、うれしいこともあったのだ。
士郎が私に贈ってくれたコート。
高級品ではないものの、高校生のバイト代では少々値が張るのではないかと思うようなコートをもらった。
サイズ感もちょうど良く、存外気に入ったデザインでもあったため、冬場の外出には常にそのコートを着用していた。
贈り主である士郎は、似合うとも似合わないとも言わなかったが、着てくれているのか、と微かな笑みを浮かべたことがある。
うれしいと思った。
何やら胸の奥のあたりがくすぐったい感じがしたのを覚えている。
ただ、紛争地を廻るようになってからはそぐわなくなったので、衛宮邸の一室にしまい込んだまま着る機会を失った。
あのコートはあのまま……。
士郎が紛争地で死を迎えてしまったために、私も日本には戻れず、もう二度と着ることもない。
投影はできるが、それでは意味がない。
士郎が、あのコートを選んでいたとき、私を思い浮かべていたのだろうか。
私への贈り物をあれやこれやと探し回ったのだろうか。
もらったのは年末だったが、包装紙がクリスマス仕様だった。
ということは、クリスマスプレゼントのつもりだったのだろうか。
なぜだろう、胸のあたりが熱くなる。
あの時点では、私のことをどう思っていたのだろう?
いつも私を真っ直ぐに見つめていた琥珀色の瞳は、いつしか私を見なくなった。それが、その頃からだったような気もするが……。
ロンドンに行く前、か?
自覚はなかったのかもしれないが、士郎が高校を卒業する頃から、もしかすると私は想われていたのだろうか?
長い。
凡そ十年、想い続けていた。
いや、今も……、想われている。
士郎は、私を好きだと言う。
その想いに、私は……?
(応えるべきか、間違いだと諭すべきか……)
いや、何が間違いなのか。
十年も想い続けていて、間違いなどと言えるはずもない。そんな失礼なことを面と向かって言うわけにはいかない……。
閉ざしていた瞼を開いた。
目を開けたところで、仄暗い照明しか点っていない室内では昼夜の区別がつかない。
いつも視線を送るところへ目を向ければ、相も変わらず士郎が目元を腫らしている。
静かに身体を起こしたが、士郎はこちらに気づかない。シーツに手をついて、ジリジリと間合いを詰めるように近づこうとする。
問えば、答えてくれるだろうか?
何を言えば、士郎は泣かなくなるのだろうか?
そんなことばかりが頭の中を占めている。
ずる、と掌が支えを失って落ちた。
次いで、もう一方の手も、空を切った。
畢竟、ドタッ、と派手な音と衝撃とともに、私は顔から床へ落ちていた。
「っ……」
痛みというよりも、衝撃の方が大きい。目の前に星が散って、何が起こったのかもわからず、何度も瞬く。
「アーチャー!」
士郎が駆け寄ってくる。
これは好機だ、と一瞬にして最適解を導き出した。
捕らえた獲物は離さない。
士郎に支え起こされたのをさいわいと、その身を抱き込んだ。
「ちょ、あの?」
困惑した声が聞こえる。
士郎が困っているようなのもどうでもよかった。私は、この上ない安堵を覚えていた。
抱きしめた温もりと確かな存在感。
求めたものが腕の中に在る多幸感。
酩酊しているように、クラクラしてくる。
「あの、アーチャー?」
背中をさすってくれるのは、私がまだ重病人のような状態だから、という理由からの労りだろう。だが、士郎の私へ向けた感情だと勘違いしてしまう。
「嘘では、ないのだな?」
「え?」
「私を好きだと言ったのは、嘘でも冗談でもない、とお前は言った」
「ぁ……、……ああ、うん」
肯定した返事を聞き、思わず腕に力が入り、ぎゅう、と士郎を締めつけてしまう。
「あ、アーチャー、く、苦しい、から、」
肩のあたりをタップした士郎に、ハッとして腕を緩め、少し身体を離した。
「あの……?」
困惑を顔いっぱいに露わにした士郎が見上げてくる。その頬に触れれば、びく、と肩を跳ねさせた。
「士郎、やり直しを、させてほしい……」
「え? やりなお……?」
「師弟だとか、相棒《バディ》だとか、そういうことは抜きにして……。契約をしているとか、主従とか、あるいは、サーヴァントであることも忘れて…………。お前と、はじめから、向き合ってみたい」
「な……に言ってるんだ? アーチャー、アンタは……しゅ、守護者で、」
「ああ、それは、逃れようのない事実だ。だが、この現界が、何かしらのギフトだと考えるならば、それは、お前と一からやり直せということなのかもしれない。だから、お前と一緒に過ごしたいと思う」
「な……ん…………」
言葉を失った士郎は、目を瞠ったまま何も言わない。
間違えただろうか。