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BUDDY 12

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 士郎はサーヴァントではないが、サーヴァントに近い存在であるため、どうしてもそういう気配には敏感になる。少々気にしすぎだろうか、と自意識を疑ったのだが、それにしても見過ぎではないだろうかと思うほどに、アーチャーに見られている。なんなら、監視のような視線だと言ってもいいだろう。
 はじめは気のせいだと思っていたが、日を追うごとに顕著に感じられる視線にたまりかね、何か言いたいことがあるのか、と訊いてみた。
 そのときのアーチャーの反応も少し変だった。何しろアーチャーは、身に覚えがない様子で驚いていたのだ。
(無意識ってことなのか?)
 自覚がないのであれば責めることもできず、士郎はそれ以上の追求をしなかったが、疑問だけは拭えない。
(なんなんだろう?)
 首を傾げて水やりを終え、ホースを片づけた。



「残り、一本……」
 凛からもらった魔力補給用のドリンクは、残すところ、濃い赤色の一本のみとなっている。
「どうしようかな……」
 いまだ、アーチャーからの魔力は滞っている。おそらく、他所に回す余力がない、ということなのだろう。だが、このままでは士郎は魔力切れを起こしてしまう。
(遠坂に無理も言えないしな……)
 魔力補給用のドリンクは、凛が魔力を籠めた宝石を魔術で液体化したものらしい。どんな魔術でそんなことができるのか、と不思議で仕方がないが、自他共に認める優秀な魔術師である遠坂凛であれば、そんな技も朝飯前なのだろう。だが、魔術は簡単でも、元となる宝石を手に入れるには元手が要る。魔術に使うとなると、それなりに質の良い宝石を選ばなければならないはずで、いまだ高校生の彼女に、無駄遣いをさせるわけにはいかない。
 ならば、アーチャーに魔力が足りないと訴えればいいのだろうが、それを言うのも気が引ける。病み上がりのような状態のアーチャーに無理をさせることは、やはり憚られた。
 一日一本のドリンクを三日に一本に減らし、極力魔力を温存していたが、明日、この残った魔力補給ドリンクを飲んでしまえば後がないことは明確だ。
「アーチャーが本調子になるのを待つしかないけど、あと三日くらいでどうにかなるものなのか……?」
 その疑問に答えるものはいない。士郎とアーチャーが間借りする室内に、今は士郎だけだ。
 アーチャーはまだテラスで洗濯物を干していることだろう。
 アーチャーが起き上がれるようになったため、閉めきっていた鎧戸もカーテンも開け放ち、窓を開けて換気をしている。初夏の装いを感じさせる風がレースのカーテンを揺らしている。
 少し目眩がするのは、おそらく魔力が少なくなってきているからだ。
「早く、調子、戻らないかな……」
 できれば魔力をくれとは言いたくない。
 アーチャーに不快な思いをさせるのは嫌だし、それよりも、魔力供給をすると言い出しかねないのが困る。
「それは、ちょっとな……」
 気持ちを知られた上であんなことなどできない。それに、もし、魔力不足を建前にして行為に臨んでいるなどと誤解されるのは嫌すぎる。
「はぁ……」
 身体が重く感じて窓枠にもたれ、小さなため息をこぼしていた。



◆◆◆

 士郎は私を好きなのだと言った。
 いや、明確にそう言ったのではないが、好きだと言ったのは嘘だと言ったことを否定した。ということは、私のことが好きなのだ。
 なぜか謝りながら、私を好きだと……?
 そのときの私は、うれしいと思うよりも、ほっとしたという感覚の方が強かったように思う。
 正直、士郎の言う、“好き”という感情に心当たりがない。
 人を好くという感情は知っているが、自分自身に置き換えることができないでいる。
 これをどう士郎に説明すればいいのだろうか。
 おそらく、士郎の“好き”は純粋な感情なのだろう。
 したがって、私が心当たりがないなどと言えば、士郎は傷つくのではないだろうか?
 であれば、また消えようとするのではないか?
 それは、困る。
 いや、困らないのだが、困るのだ。
 今さら、士郎が居ない世界など、考えられない。
 ……ん?
 士郎が居ない世界が……、考えられない?
 それは、いったい、どういう……?
 瞼を上げて気配を探れば、暗闇の中、立てた片膝を抱きしめて、ぼんやりと闇を見つめている士郎がいる。
 また眠っていたのか、私は。これではサーヴァントとは言えない。今、聖杯戦争が再開されたら、確実に私は役に立たないだろう。
 凛のガンドを喰らってからというもの、身体が本調子ではない。いったいいつになったら元に戻れるのだろうか、暇ではないというのに。
 自分の身に唾棄したい気分で寝返った。
(士郎……)
 また、士郎の瞼が腫れている。
 カーテンが閉じられていることから既に夜。それも深夜あたりだろうが、室内が暗くても士郎の姿は見て取れた。やはり、サーヴァントである以上、夜目が利く。元々目が良かったからか、弓兵というクラスであるからか、遠目も夜目も格段に良い。
 いや、私の視力のことなどどうでもいい。それよりも、士郎だ。
 ずっと、泣いていたのだろうか。
 すん、と鼻を啜る音がする。
 こんなときは、どうすればいいのだろうか。
 それに、好きだと言われたら、どう返すのが正解なのか。
 そういう他人の感情に、私は、どういう反応をしていただろう?
 記録にあっただろうか。
 いや……、そんな、正否のことを考えるのではなく、士郎のことをもっと見て、何を望むのか、何を訴えているのかを見極め……、ああ、いや、そういうことではない、私が、士郎をどう思っているか、が問題で……。
 頭の中がこんがらがっている。考えがまとまらない。
 今までこんなことを真剣に考えたことなどなかった。生前はあったのかもしれないが、もうそんなどうでもいい記録など残っていない。では、守護者となった後は……、もちろん、こんな経験をすることなどなかった。
 聖杯戦争ならば数度経験したが、こんな、好きだのなんだのという状況に陥ったことなどない。
 それに、私は士郎を相棒《バディ》としか見ていなかった。それ以外に、何があるというのだ。我々は同じ派生であり、そもそもが同性であり、好きだとか、そういう感情のない部分での関わり合いでしかなかったはず。
 だが、考えなければならない。士郎が本心を吐露したのだから、私も何かしらの返答をしなければならないだろう。
 まず、自身の感情を整理してみよう。相棒《バディ》という認識以外で、私は士郎をどう思っているのか。
(弟子……、未熟者……、それから、私を導く者……、私のマスターだった者で、ともに歩む者……)
 それ以外に何がある?
 そういえば、私は港で何を口走っただろう。
 確か、勝手をすることは、たとえ士郎自身であろうと許さない、とかなんとか……。
 ずいぶん大それたことを公言したものだな。少し自分でも呆れてしまう。
 それから、士郎はオレのものだと、ランサーに————。
「っ!」
 ガバッと起き上がる。
 ビクッと、こちらを見た士郎と目が合った。
「…………」
「お、起きたのか」
「…………」
「アーチャー?」
 小首を傾げている士郎に、にじり寄る。
 もう少し近くで、もう少し近づいて…………。
作品名:BUDDY 12 作家名:さやけ