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アイスソーダ

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アルミア記念日に、ハジメはユニオンから一週間の休暇を与えられた。久々に帰宅した翌日、出勤しようとした矢先にボイスメールが入り、一切ハジメに口を挟ませないまま与えられた休暇だった。その休暇をハジメは、殆ど自宅のあるチコレ村で過ごし、休暇の最終日に妹と農場のパートナーたちを連れて、プエルタウンに遊びに来たのだ。そしてケチがついたのもあの時だと、ハジメは頑なに信じている。
 あの時と同じ広場で、ベンチまであの時と同じだ。中央の噴水が吹き上げ光を浴びてきらきら輝く中、向こう側のアイスクリームの屋台の前では、きぐるみを着てライチュウに扮したアルバイトが風船を配っていた。その光景も変わらなければ、手に持っているものも変わらない。頭数が減って、ベンチの真ん中に陣取るのが妹からムウマに変わったぐらいだ。あの時もハジメは、今と同じようになるべくベンチの端に寄り、アイスから距離を取っていた。そうすると、自然、妹もハジメの側に傾きがちだったからだ。妹がいないのにそうしているのは、ハジメの気分的な問題だ。
 昔ながらの、真ん中でふたつに割るタイプのソーダアイスの半分は、ムウマのために掲げ持っている。彼女の食べるスピード次第で、溶けた雫が手に垂れてくるかも知れない、結構危険な役目だ。ムウマの場合、悪戯でわざと遅く食べる可能性もある。もう片方は、ハジメが自分で食べるために持っている。このソーダアイスの購入資金を出してくれた相手は、素知らぬ顔でコーヒーなど片手に持っていた。
 奢ってもらう謂れはないが、辞退する必要もない。ハジメは相手が奢ってくれるというのなら、無理をしていない限りは遠慮しない方だ。別にお金がないのではなく、むしろここ一年で使う暇がなかったから給料は貯まる一方ではあるものの、要は相手がハジメに奢ることで一時いい気分を買えるなら、それに協力している感覚になる。今回も、以前このベンチに座った時も同じ理屈だ。
「あんた、アルミアのお城のことまだ根に持ってるとか?」
 だからソーダアイスなのかと暗に尋ねたハジメに、アイスは例のニヤニヤ笑いを浮かべたまま否定した。
「俺がそんなに暑苦しいヤツなら、お前に奢りはしないな。そういう顔してるから、単に甘いもの好きかと思っただけだよ」
 どういう顔だって言いたいんだとか、別に嫌いじゃないけど特別好きでもない、という言葉を口にする代わりに、ソーダアイスに噛みついた。歯にしみるような冷たさと、炭酸めいてちくちくした甘さが口の中に広がる。ムウマは既に半分食べていて、溶けたソーダで手がベタベタになる心配はなさそうだ。食べている間は、喋らなくてもいい。言葉を呑み込んだのは単に、言った方が面倒だと思っただけだ。
「しかし仕事がないならないで、前みたいに家族サービスすればいいんじゃないのか? “お兄ちゃん”」
 声変わり後の男の声で含みありげに“お兄ちゃん”と呼ばれるのは、奇妙な気色悪さがある。アイスのニヤニヤ笑いが変わらないのが、童話の猫のようだと思った。いつもニヤニヤ笑っているだけで、本気にならない、真実も言わない、ただふざけているだけ。ハジメは前歯で噛み割ったソーダアイスの一部を、ろくに噛まずに呑み込んだ。つめたい感触がつっかえつっかえ、喉を下りていくのを感じた。
「できるならとっくにそうしてる。そうじゃないから、こんなところにいるんだろ」
「へえ。嫌われたのか?」
 食べ終わったムウマが、残った木の棒を噛んでいるので、黙ってハジメは手を引っ込めた。当たり外れがついているようなものではないから、後はハジメが食べ終えてまとめて捨てるだけになる。ムウマが満足そうに不服そうに、ハジメの首筋に額を擦りつけてくるのがくすぐったい。
「街の人と似たような理由だよ。ちゃんと一日休んで、気晴らしでもして来いってさ」
「そう言って追い払われたのか。かわいそーにな」
 ちっともそう思ってなさそうな声で、頭を撫でようと手を伸ばしてくるので、その手を追い払う。ぶつかった手同士の叩かれたような音だけは派手だったが、ハジメは全く痛くなかったし、アイスも同じらしい。
「小さい子みたいに触るなよ、金取るぞ」
「お前、たまに予想もしない方向から反撃してくるな……」
 本当か作りものかはわからないが、アイスが呆然とした表情をする。ハジメはフン、と荒く鼻息を吐いた。触るのを牽制しただけで、深い意味はない。
 食べ終えたソーダアイスの、残った木の棒を噛む。染みついたソーダと、木の香りが混じり合って奇妙な味がした。なくなってしまった以上、もうハジメがここに座っている理由はない。それでも立ち上がらないのは単純に、これからどうするかを全く考えていなかったからだ。レンジャーになってから、殆ど休みなしでずっと仕事をしてきたハジメには、気晴らしと言われても何をしていいかが思いつかない。学生時代はダズルやリズミと遊んでいたが、今は三人の休暇が揃うことなど滅多にない。今日、突然に全方向から休暇を言い渡されてこうなるまで、自分がこんなにも仕事人間だということにさえ気付かなかった。そしてできれば、気付かないままでいたかった。
「……自分がこんなに、仕事以外することないなんて知らなかった」
 呟きは溜息のようになった。アイスは何も言わない。そちらを向いていないハジメには左頬に、刺すようとまでは言わないが、しつこくは思える視線を感じたたけだ。飽きてきたらしいムウマは、ハジメの膝の上でごろごろしている。
「面白いのかつまらないのか」
「うるさいよ、ほっといてくれ」
 面白がられたいなどとこれっぽっちも思っていないが、自分の無趣味さにひそかに落ち込んでいるところだったのだ、これ以上追い討ちをかけられたくない。退職後のご老人でもまだ、ハジメよりはずっと多趣味だろうと自虐的なことを考えたら、また気分が沈んできた。休みは十分取ったから、早く仕事に復帰したい。明日が待ち遠しい。
「……何でこんな変なガキに」
 よく聞き取れなかった言葉に、ハジメは顔を上げた。何か言ったかを尋ねようとアイスの方を向く前に、頬に何か押しつけられた。やわらかくて乾いた感触が何なのか、一瞬思い当らず固まったハジメは、その正体と先程まで妙に近かったアイスの顔とそこに浮かんだにやにや笑いとを結びつけると、反射的に右の拳を突き出していた。
「お前、グーで右でストレートってどんだけ容赦ないんだ。当たったら吹っ飛んでたぞ」
「な、あ、あんた今何して」
 思わず立ち上がったハジメの膝から転がり落ちたムウマは、すぐ空中で体勢を立て直し、またごろごろし始めた。今度は飽きながらではなく、笑いながら。瞬間で沸騰するように頭に血が上って、耳の先がじんじんするほど熱かった。ハジメの渾身のストレートを避けるため仰け反っていたアイスの口元から、まだ笑いの気配が消えていないのも憎たらしい。
「帰る」
 ひったくるようにムウマを抱き込むと、ハジメはベンチに背を向けて歩き出した。どうしても、足取りがまた、石畳を打つように荒くなる。
「あれぐらいでそう怒るなよ。挨拶みたいなモンだろ?」
「僕の中であんな挨拶はない! あんたの常識を僕に押し付けるな!」
作品名:アイスソーダ 作家名:NOAKI