Byakuya-the Withered Lilac-6
そしてビャクヤはいつしか、この場所で生涯を終えようと考えていた。
そんなビャクヤにとって思い出の地であり、最期を迎えるべき場所に狂気の権化が彼を待ち受けていた。
「やっとみつけた。蜘蛛野郎。お前らがよく来るってきいてから、ずっとまってたよ」
ビャクヤを待っていた狂気、ゾハルが恐ろしい笑みを浮かべている。
「ゾハル!」
ツクヨミは、ゾハルがもしも現れるとすればこの場所だと、ゾハルから逃げ帰った事のある偽誕者から聞いていた。
「この期に及んで話し合いはムダだよ。姉さん」
ビャクヤに言われるまでもないつもりであったが、ツクヨミは話しかけずにいられなかった。
「ゾハル、あなた……」
ゾハルの姿は、最後に会った時と比べて、おぞましい容姿をしていた。
髪は固まった血で完全に染まっており、所々真っ白だった面影を僅かに残している。
腕と右目に巻かれた包帯は泥にまみれていた。
体にピッタリした茶色の戦闘服は、ズタズタに切り刻まれ、これまで激しい戦いをしてきた事を物語っている。
「あんただれ?……なーんて、ストリクスじゃん。ひさしぶりぃ」
ゾハルは、ツクヨミの姿を見てすぐにストリクスだと判断した。
「私が分かるのね?」
「あったり前じゃん。お前がオーガの心を得ていたんだからねぇ」
ゾハルは、見た目とは裏腹に、以前よりも自我を保てていた。
ーー前よりも話は通じそうねーー
ツクヨミは思うが、最早話し合いで解決など求めていなかった。しかし、ただ一言伝えたい思いがあった。
「オーガの事は……なんて、言ったところで詮無き事。だけどこれだけは言っておく。親友として、あなたの『器』を割る」
「戦うちからも持ってないくせに、どうやってうちの『器』を割るつもり?」
「ええ、あなたの言う通り、私は戦う能力は持ち合わせていない。けれど、割る力はある……」
ツクヨミは宙に手をかざした。すると、ツクヨミの手は、顕現の青い光を帯び始めた。
光の中から翡翠色の短剣が顕現した。ツクヨミはそれを手に取ると、切っ先をゾハルに向けた。
「これは、『セフィロトの剣(つるぎ)』。今のあなたには最もよく効くはず」
ツクヨミの顕現させた『セフィロトの剣』は、暴走した生命力を顕現に変化、拡散させる能力があった。
顕現と生命力を常に暴走させている今のゾハルに効くというのは道理であった。
「ビャクヤ」
ツクヨミは、『セフィロトの剣』を片手にビャクヤを呼んだ。
「はーい。どうするんだい? 姉さん……ごほごほ」
ビャクヤは、努めて明るく振る舞っているが、日を増すごとにひどくなっている咳が辛そうであった。
今戦わせて本当に大丈夫なのか、とツクヨミはまたしても揺らいでしまう。
「おーい。姉さーん?」
ビャクヤは、自分を呼んでおいて何も言わない、ツクヨミの顔を覗き込んできた。
「……後はお願いね」
ツクヨミはいつものように、こう言ってビャクヤの後ろへと下がっていくしかなかった。
「任せてよ。姉さん。止めはそのナイフで刺すんだろう? 殺さないように気を付けるね」
ツクヨミが多く語らずも、ビャクヤは彼女の目的を理解しているようだった。
ツクヨミが、手近なベンチに腰かけるのを確認すると、ビャクヤはゾハルと対峙した。
「というわけで。ここからは僕が相手だ。セミ……いや。ゾハル」
ゾハルは相変わらず、恐ろしい笑みを向けていた。
「やっぱりお前があいてか。あのときの屈辱、晴らす!」
ゾハルは、ビャクヤが身構える前に手に杭を顕現させ、突き刺しにかかった。
ビャクヤもとっさに八本の鉤爪を顕現させて応戦した。
「焦らないの。まだまだ始まったばかりじゃないか」
ビャクヤは、ゾハルの杭を払いのけた。
二人の間に距離が空いた。お互い攻撃を当てるには一歩の踏み込みが必要かと思われた。
しかし、ゾハルが間合いを無視した攻撃をした。手に顕現させた杭をそのままビャクヤに向けて放った。
「そんなの……」
ビャクヤは、杭を受け流した。
「まがれ!」
ゾハルが叫ぶと、受け流されたはずの杭が進路を突然に変え、再びビャクヤへと襲いかかった。
「まだまだ……」
杭の動く速度は、特別に速いわけではなく、ビャクヤは杭を難なく弾き返す。
「かわれ!」
ゾハルは、先ほどとは違う叫びを上げた。ゾハルの声に反応を示したのは、杭そのものであった。
変化せよ、というゾハルの命令に従い、杭だった黒いものが、蛇のような姿になった。
「ビャクヤ、下がって!」
ゾハルの能力の正体を知るツクヨミは、ビャクヤが黒い蛇に触れないように叫んだ。
「おっと……」
ビャクヤは後ろに飛び退き、頭上から襲いかかってくる蛇の牙をかわした。
「まとわりつけ!」
黒い蛇は、何度も鎌首をもたげ、ビャクヤに牙を向け続けた。
ビャクヤは、蛇の攻撃を鉤爪でいなしていたが、異変を感じた。
ーー八裂の八脚(プレデター)が……!?ーー
鋼鉄以上の硬さを持つビャクヤの鉤爪が、黒い蛇の攻撃を受け止めている内に、ヒビが入り始めていた。
ーーまさか。顕現を吸われているのか?ーー
ビャクヤは、ヒビが入った鉤爪をあえて噛ませ、残る鉤爪で蛇を切り裂いた。すると、切り裂いた鉤爪にもヒビが入った。
「これは驚いたね。まさか僕の爪をぼろぼろにしちゃうなんてね」
ビャクヤは、周囲に漂う顕現を吸収した。顕現が満たされると、鉤爪はもとの姿を取り戻した。
対するゾハルは、ビャクヤから奪い取った顕現で再び杭を作っていた。
このままでは、堂々巡りであった。ゾハルの攻撃を受け止めていては、そこから顕現は奪われ、迎撃してもある程度顕現が奪われる。
この状況を覆すには、先の先を取ってゾハル本人を叩くより他なかった。
故にビャクヤが先手を打った。
「こんなのはどうだい?」
ビャクヤは、鉤爪を倍以上に伸ばして攻撃した。先端部が僅かにゾハルに触れる。
「そんなもの……!」
ゾハルは、顕現の盾を作り出し、ビャクヤの攻撃をしのいだ。
「こっちだよ!」
ビャクヤは、伸ばした鉤爪を左右に分けて攻撃に使用し、左の四本をゾハルにあてがい、右の四本でゾハルの足下を払った。
「うあっ!」
顕現の盾が及ばない足下を払われ、気を反らされたゾハルの盾は硝子が割れるように砕け散った。
足をやられたゾハルであったが、『生体器(ヴァイタルヴェセル)』のおかげで深傷を追うことはなかった。しかし、ビャクヤに晒した隙は非常に大きかった。
「捕まえた」
ビャクヤは、ゾハルを捕らえるために糸を投網のように放った。
「させるか!」
ゾハルは後転し、糸から離れた。
「逃げてもムダさ!」
ビャクヤは、先に放った糸が蜘蛛の巣状になった瞬間、糸を一本放って自身を巣へと引き寄せた。
ビャクヤは、一瞬の動きで巣網の上に立った。
「ほーら。捕まえた!」
後転の直後で、僅かな隙を見せるゾハルに、ビャクヤは伸ばした鉤爪で突き刺そうとした。
ゾハルは、顕現の盾を出してビャクヤの攻撃を防ごうとしたが、先ほど割れてしまった時に顕現を放出してしまい、盾を出せなかった。
「ほらほら!」
「ぐばっ!」
ビャクヤの攻撃はゾハルに当たった。
作品名:Byakuya-the Withered Lilac-6 作家名:綾田宗