Byakuya-the Withered Lilac-6
『有難い、それでは交渉成立だ。喰うか喰われるか。なんとも原始的で粗野な争いであろうよ』
「だろう? だけど。そこがいいだろう? ああ。僕の名前はビャクヤ。そしてこちらは。僕の親愛なる姉。ツクヨミ姉さんだよ。この姉さん曰く。相手の名前も知らずに死ぬのは不憫らしいからね。名前は言っておくよ」
『ふん、ならばこちらも名乗るのが礼儀か。我はメルカヴァ。ただの獣と侮るでないぞ!』
「ははっ! それは楽しみだ!」
捕食者同士の戦いが始まった。先手を取ったのはビャクヤである。
「どう料理しよう?」
ビャクヤは、伸縮自在で、切れ味もすさまじい鉤爪を振るった。
メルカヴァは、長い腕を伸ばし、手指を膜の張った羽に変え、羽ばたいて空を飛んだ。ビャクヤの鉤爪は僅かに届かなかった。
メルカヴァは、尚も羽ばたいて滞空している。攻撃の間合いからは大きく離れ、お互いの攻撃は届かないと思われた。
「まだ逃げるつもりかな。そうは行かないよ!」
ビャクヤは、メルカヴァに手の平を向け、巣網を放って拘束を試みる。
「キョアッ!」
メルカヴァは羽をたたみ、滑空しながらビャクヤへと一気に攻めかかった。
「なっ!?」
ビャクヤは防ぎきれず、メルカヴァの羽の縁に肩を切られた。
下りていくメルカヴァは、地面が近づくと、羽に変えていた腕をもとの形に戻し、手を付くと勢いそのままに一回転して着地した。
ビャクヤは、切られた肩を押さえながら、後ろに飛んでいったメルカヴァに振り返った。
「いきなり面白いことやってくれるじゃないか。いいねぇ。そうじゃなきゃ。僕が楽しめない……」
ビャクヤとメルカヴァの距離はかなり開いている。ビャクヤの鉤爪は伸ばすこともできるが、さすがに届かない。鉤爪を投げ付ける攻撃もできるが、それも届くか分からない距離である。
メルカヴァの方も地につくほどに長い腕を持っているが、そこから伸ばしてもビャクヤには届かない。
どちらも間合いから大きく外れ、迂闊な動きの見せられない状態で、睨み合うしかないように思われた。
そんな膠着状態を打ち破ったのは、メルカヴァの驚くべき攻撃であった。
「ギョアッ!」
メルカヴァは、その場で腕を後ろに引き、反動を利用して物を投げるようにして腕を放った。
放られた腕は、まっすぐにビャクヤに伸びていった。ただでさえ長いメルカヴァの腕は、三倍近く伸びていた。
「ぐっ……!」
予想を遥かに超える攻撃であったが、ビャクヤは鉤爪で受け流した。
メルカヴァは、弾かれた腕をそのまま、天井の梁まで伸ばしてそこを掴むと、腕を収縮させて宙を舞った。
「グアアアッ!」
メルカヴァは、梁から手を離し、足を伸ばしてビャクヤに降りかかった。
「あぶないっ!」
ビャクヤは、とっさに後ろに飛び退いて、メルカヴァの足から身をかわした。しかし、メルカヴァは腕を伸ばしてビャクヤに掴みかかる。
『獲物は逃がさん……!』
「しまった!」
メルカヴァは、掴んだビャクヤを持ち上げると、頭上で振り回し始めた。
「うわああっ……!」
空中でなす術なく振り回されるビャクヤは、天吊りされたインテリアに何度も打ち付けられた。
『我、撹拌する!』
メルカヴァは、回転の勢いそのままに、ビャクヤを放り投げた。
ビャクヤは壁に激突し、ずるずると床に崩れる。
「……まだまだだよ」
ビャクヤは、鉤爪を支えにしながら立ち上がった。『生体器(ヴァイタルヴェセル)』のおかげで、ひどく叩きつけられたものの傷は浅い。
『ほう、その矮小なる体でまだ立ち上がるか。やはり貴様の力は興味深い……』
メルカヴァは真っ直ぐ立ちながら、ビャクヤの脳に直に声を届ける。
「あはは。この程度じゃあまだやられないよ。捕食者(プレデター)は僕の方さ。捕食者が獲物にやられる道理があると思うかい?」
ビャクヤは返した。
『ふん、なかなか面白い事を言うではないか。その通り、捕食者を打ち破る獲物は存在せぬ。即ち……』
メルカヴァは、腕を伸長しながら揺らす。骨がない腕は、表皮共々ゴムのような伸縮性を持ち、ゆらゆら動かして生じる遠心力によってビャクヤに襲いかかった。
『我が貴様を捕獲する。貴様を喰らうのは我だ!』
ビャクヤは、弾丸のような速さの腕を、鉤爪で挟んで捕らえた。
「そう焦らないの。お互いに食べさせる約束だったろう? まあ。生きていられれば。っていう前提だけどね」
メルカヴァは、表には出していなかったが驚いていた。
腕を瞬時に伸ばすという、常識から大きく外れた攻撃を受けておきながら、ビャクヤは、防ぐのみならず掴んでしまった。
「キミは手を伸ばせるようだけど。ああ。羽にもできたっけ? まあいいや。どっちにしても一本千切ってしまえばそれまでさ。千切ってとりあえずキミの腕からいただくとしようじゃないか」
腕を一本奪われそうだというのに、ビャクヤの脳裏にメルカヴァの笑い声が響いた。
『ならば喰らうがよいわ!』
メルカヴァは、掴まれた腕に顕現を込めると、自ら腕を千切った。
「なんだって!?」
ビャクヤは、メルカヴァの行動に驚くしかなかった。
メルカヴァ自身によって千切られた腕は、まるでトカゲの自切した尾のように暴れまわった。
意思無く動き回るだけのトカゲの尾と違い、メルカヴァの腕だったものは、歯を持つ蛇のように姿を変えて、ビャクヤに纏わり付いた。
「そんなの……!」
ビャクヤはひとまず落ち着き、纏わり付くメルカヴァの一部に、鉤爪を噛ませながらいなした。
鋼鉄以上の硬さを持つビャクヤの鉤爪を噛むことで、メルカヴァの一部の歯は折れていった。そして全ての歯が折れると、メルカヴァの一部は消え失せた。
ビャクヤは、視線をメルカヴァ本体に戻した。メルカヴァはまたしても、驚愕すべき事をしていた。
『我、執拗に纏わり付く。取り囲め!』
速度が段違いであるが、メルカヴァの腕はトカゲの尾と同様に再生可能であり、メルカヴァは何度も腕を自切した。
自切されたいくつもの腕は、口だけを持つ蟲に変化し、地面をゆっくりと這ってビャクヤに近付いた。
『ギョアアア……高ぶるぞ。ギョアアアア!』
メルカヴァは、周囲に漂う顕現を取り込み、何度も自切して肩までの長さとなった腕を再生させていった。
「あいつ顕現を。そうはいかないよ!」
ビャクヤも顕現を吸い取り、鉤爪にそれを込めると、地を這ってくる蟲ごとメルカヴァを切り刻もうとした。
「さて。どう料理しよう? 微塵切りがいいかな?」
顕現を吸い取って少し大きくなった鉤爪を振るった。
鉤爪に引き裂かれた蟲は、肉片と化して地に転がった。しかし、小さめの蟲はビャクヤの鉤爪の合間を縫って飛びかかった。
「抜けてきたっ!?」
鉤爪を全て攻撃に使ってしまったために、蟲を切る事はできなかった。
「この……!」
ビャクヤは、顔を狙って飛び付いてくる蟲に、不慣れな当て身を打つしかなかった。
ツクヨミとの修行のおかげで、普通の人間を悶絶させられるほどには鍛えられていたが、虚無が相手では効果は小さかった。
そんな当て身であるため、やはり蟲を消し去ることはできず、蟲はビャクヤの足元に纏わり付いていた。
作品名:Byakuya-the Withered Lilac-6 作家名:綾田宗