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今もそっとポケットの中で・・・。

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「続いて番組は続き、今度は星野みなみちゃんが、高台に立ったでござる。そして、まいちゅんに続いて落ちる事になったんでござるが、落ちるその瞬間ぎりぎりまで、みなみちゃんは、まいちゅん! まいちゅん! と、まいちゅんの名前を叫んでたでござるよ。それと同じ順番で、今、二日違いで、まいちゅんとみなみちゃんが卒業するでござる……」
「うわぁ……。鳥肌立った!」夏男は驚いた顔をする。「ちゃんと見てないと絶対わかんないね! その偶然は。偉いじゃーん、ちゃあんと見てんじゃーん」
「見ているでござる。そうに決まってござろう、それが小生の、幸せなのだから」
「思い出深いエピソードとかないのう?」夏男はコーヒーを飲みながら言った。
「思い出深いのは、……まいちゅんは、乃木坂46新内眞衣のオールナイトニッポン・ゼロという深夜ラジオをやっていたのでござるが、そうでござるなぁ……。ちょうど、小生が東京に上京してきてから少し経った頃に、始まったラジオなんでござるが。一度、おしまいのドッキリがあったでござる」
「ドッキリ?」夏男は眼を見開いた。
「はい。新内眞衣ちゃんのラジオは今日までですと、随分前から、まいちゅん自身のスケジュールにも台本にも書かれていて……、その日を迎えた時に、ドッキリだと知らされ、まいちゅんも怒りながら泣き…、小生達も泣きながら喜んだでござるよ……」
「へ~え」夏男は満面の笑みで感心した。
「その後、新内眞衣ちゃんは、改めて時間帯を二時間早めて、事新たに、ラジオのパーソナリティに就任するでござる」あたるは懐かしそうに、涙を腕で雑にぬぐった。「遡(さかのぼ)れば、OLを兼任していた頃、まいちゅんカフェ、というラジオもやっていたでござるなぁ……。ゲストに飛鳥ちゃんが来てくれた時、コーヒーではなくて、メロンソーダを注文して、まいちゅんに、どうしたのう? 子供っぽいキャラでいくの? と問い質されていたのを昨日の事のように憶えているでござる。その頃流行っていた洋楽の、チャーリー・プースのシー・ユー・アゲインはっ、んく、真夏の全国ツアーでウォーミング・アップのっ、柔軟の時に流れていた曲であるとかっ、っはぁ、真夏の全国ツア―神宮がっ、んぐ、来年スリーデイズになったらどうするとかっ、神宮はキツイとかっ、憶えているでござるっ! 全部ぅ、……憶えているでござるよぉぉ!」
 姫野あたるは叫ぶように、泣いた。
 夏男は黙って煙草を吸っている。その顔は満面の笑顔であった。
「まいちゅん……小生の人生は、まいちゅんに捧げた人生でござった……、乃木坂こそがっず…く、んく……ずっと支えてくれる至高の存在なのでござる……。夏男殿ぉ、この卒業に、小生は、正直、ストップをかけたいのでござる……。間違ってござるか、小生は」
 夏男は吸っていた煙草を灰皿でもみ消して、時計を見上げた。
午前七時十一分であった。
 夏男はどっしりとした態度で、何かを思考しながら、新しい煙草に、百円ライターで火をつける。
「間違ってる恋なんて、ないんだよ。好きに間違いも何もない。ただし、ルールはある。ダーリンは今、そのルールに従えないと言っているよ。そんな見送り方じゃあ、どちらも後悔をする。ダーリンも、まいちゅんさんもね」
 姫野あたるは、俯いて、しくしくと泣いている。
「恋にもね、悔いのある恋と、悔いのない恋と、二種類あるよ。好きだと伝えて終わったり、報われたりする恋と、言わずにそのまま終わってしまう恋。ダーリンなら、どっちを選ぶ?」
「小生なんかが……、おこがましいと言うか……」
「恋には身分も何もないんだよ。好きになったら、それは正真正銘の、ラブだ」
「まいちゅん好きでござるぅ!」あたるは般若のような形相で叫んだ。「小生は、まいちゅんが大好きなのでござるぅ! まいちゅんに言われた通りに、髪も短髪にしたでござるよぉぉ、うっく……ばいぢゅん、ずぎでござるぅぅ……」
 夏男は笑顔で、もらい泣きをする。かつての何かを思い出しているようであった。
 しょうせ、いや。僕が、暗闇で育った暗黒のゴブリンだと、まいちゅんは果たして知っているかな。
 僕を必要とする人間なんていなかった。僕も、食べるものと寝る場所があれば、自由に好きにやっていた。
 楽しかった事なんてない。運動会も、体育祭も、文化祭も、欠席した。友達なんていなかった。母親は面倒を見てくれたけど、付き合っている変な男の人に夢中で、僕になんか眼を向けていなかった。
 光を知りたかった……。
 なぜ、僕はこの世に生まれたのかを。
 悔いしかない人生だった。
 欲しいものはいつも手に入らない。
 話しかけられて答えれば、キモいと言われる。
 高校生になるまで、床屋にも行った事が無く、自分で髪を切っていた。
 妹は、僕が高校に上がると同時に、お祖母ちゃんの家に引っ越していった。
 孤独は限界にまで達していた。
 人間になりたい、とさえ、口に出して呟いた事がある。
 アニメは同じ会話を繰り返す。何度観ても同じ言葉が返ってくることが、その頃の僕には相当なぐらい安心が出来て、気が付けばアニメにハマっていた。
 深夜アニメにハマって、いよいよ高校を中退した、そんな時だった。
 この子達は、なんだろう――。
 なぜ、笑っているのだろう。
 なぜ、泣いているのだろう。
 それが、乃木坂46との出逢いだった。
 僕は、暗闇で育った暗黒のゴブリン。
 それが当時、いつからか自分につけた名前だった。
 ダーリン。今はそう呼ばれ、そう生きているよ。
 君達がいるから、もらえた名前なんだ。名付け親は風秋夕君。乃木坂が大好きで、当時ツイッターで自分とそっくりな気持ちで乃木坂を好きでいる仲間を探していた人。
 僕は彼に選ばれた。彼は光の中にいた。乃木坂一色に染まっているからだった。今では、その仲間の中でも、僕が一番乃木坂色に染まっていると言われる時もある。
 まいちゅん、僕の誇りだよ。
 暗闇で座り込んでいた僕を、光の中から手を差し伸べた君達……。何て言えばいいのかな……。ありがとうじゃ、足りなすぎるんだ……。
 君の笑い声は世界を救う。僕は本当にそう思う。
 実際、僕は救い出された一人なんだよ。
 僕の半分ぐらいは、乃木坂で、まいちゅんで出来ている。
 だからこそ、涙が、止まらないんだ……。
 後悔はしたくない。だから、勇気をもって、言います。
 まいちゅん。
あなたが、大好きです――。

       7

「イナッチ殿!」あたるは思わぬ友人の登場に驚愕する。「どうして、ここへ!」
 正午を迎えた頃に、稲見瓶が秋田県の笑内に在る〈センター〉に訪れた。
「稲見君! ひっさしぶりじゃあぁん!」夏男は振り返ってそう言ってから、慣れた動作でやかんに火をかける。「イナッチって、お父さんとおんなじあだ名なんだね!」
「夏男さん、お邪魔します」
稲見瓶は玄関で脱いできた防寒コートを椅子に掛けてから、己もキッチン・テーブルの椅子に腰かけた。姫野あたるも稲見瓶の正面の椅子に座る。
「イナッチ殿、もしかして……小生を心配して」あたるは眼を潤(うる)ませる。