二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

今もそっとポケットの中で・・・。

INDEX|12ページ/18ページ|

次のページ前のページ
 

「違うんだ」稲見は落ち着いた調子で、煙草を指先に抜き取った。「俺も意外と限界でね……。ここ数年間、辛い卒業が続いて……。辛くない卒業は一つもなかった。まいちゅんとみなみちゃんもついに卒業だからね、気持ちを整理しに来た」
「イナッチもでござるか!」
「あっはっはは」夏男は笑った。
「ダーリンと一緒だね」稲見はテーブル上に手を差し伸べ、あたるに握手を求める。「よろしくお願いします」
「よろしくでござる、イナッチ殿!」あたるは快(こころよ)く握手に応じた。
 稲見瓶は煙草を吸い始める。姫野あたるも、夏男も、同時に新しい煙草に火をつけていた。
 野鳥が鳴いていた。二重ガラスのキッチンの窓からは、白銀の大自然が見て窺えた。
「新内眞衣さんの卒業に確固たる決心がついたら、星野みなみさんの卒業を強く見つめるといいよ。同じ乃木坂なんだろうけど、卒業する個人にはそれぞれの個性と思い入れがあるからねえ」
 夏男はそう言いながら、稲見瓶と姫野あたるにコーヒーを出した。己の分はコンロ台の上に置いている。
「で?」稲見はあたるを見つめる。「何か、儀式でもするの?」
「は?」あたるは顔をしかめる。「儀式? でござるか?」
「しないの?」稲見は無表情で言う。
「しないでござるしないでござる!」あたるは表情と発声を大袈裟にして言った。「何の事でござるか? 儀式とは?」
「ここに来ると、苦しい卒業への気持ちが変わると、夕から聞いてるんだけど」稲見は無表情で淡々と言う。「実際、具体的には何をするのかな?」
「いや、それは何か大きな勘違いをしているでござるな、イナッチ殿は」あたるは気持ちを落ち着かせて言う。「小生、ここでは別に、座禅を組むわけでもないし、苦行をするわけでもないでござるよ。ただただ、大自然に包まれて、ゆっくりとすぎる時間に身を任せて、卒業と向き合うだけでござる」
「なるほどね」稲見は微笑んだ。「それは、望むところだ」
「ではさっそく、まいろう」あたるは稲見に微笑む。「まいちゅん、で思い浮かぶことは何でござるか?」
「ユークリッド幾何学(きかがく)かな」稲見は答えた。
「ユーくりっど?」あたるは繰り返す。「何でござる?」
「ユークリッド幾何学。簡単に言うとね、直観的に納得できる空間の在り方に基づいた幾何学だよ」稲見は言った。
「はあ……」あたるは顔を険しくする。
稲見瓶は続ける。「直線って、どこまでも伸ばせるはずでしょ? そうだし、平面は、本来どこまでも果てしないものが想像できる。どこまでも平らな面があるということ。また、平行線はどこまでも平行に伸びることが想定された。それはつまり、現実世界の在り方として、当然そうであるという前提だった」
「はあ……それと、まいちゅんとは、どういう」
「つまりね、捉え方だよ」稲見は無表情で煙草をふかした。「どこまでも続いていると感じていた線が、ぷつんと切れる瞬間が来た。それが、今のまいちゅんの卒業の在り方に似ている、と俺は思う」
「似ている、でござるか?」あたるは顔を難しくする。
「そうだね、例えば……。三角形の内角の和は必ず百八十度だ。でも、それはユークリッド幾何学の世界での話……。三角形が普通の平面じゃなく、ボールの表面のような球面に描かれていたら、内角の合計は百八十度より大きくなるよね。極端に言えば、三つの角が全て九十度、なんていう三角形でさえ描けてしまう。球面上の世界では、俺達の知っている図形の定理は当てはまらない。こんなふうに、常識が通用しないような世界を非ユークリッド幾何学というわけだけど。つまりね……」
「はい……」あたるは真剣になる。
「多く一般的に言う乃木坂のファン達の心の中が、ユークリッド幾何学の世界だとして、幸せな推しの日々、という計算はできても、突如として起きた、新内眞衣の卒業というある視点からの結論には、計算式が通用しない場合がある。それを非ユークリッド幾何学だとしよう」
「うん、うん」夏男は真剣な面持ちできいている。
 姫野あたるも懸命に頷いていた。
「それぞれの心の世界が、ベクトルの異なる別次元なんだ。色んな心の在り方があり、色んな思い出、想いが存在し、そこに時間という常にある接点があり生じる、それぞれの卒業への思念が在る。ほら、線はどこまでも伸びていて、それが当たり前だと思っていたユークリッド幾何学の世界では、論理的に解決しかねる対象が在るんだよ。突然に、ぷつんと、線が切れるんだからね。それが、幸せな事と、時間とがぶつかり合い、生じた、卒業と言うもの。なんか、似てない?」
「……うむ、似て、いるかも、でござるな」あたるは汗をふいた。少々室内が暑くなっていた。「気持ちはな~んとなくわかったでござる!」
「難しい事考えてるんだねえ」夏男は驚いていた。「お父さんとそっくりじゃん!」
「そうですか」稲見は、何だか誇らしく微笑んだ。「似てるんだ……」
「まいちゅんの卒業を受け止める心は、それぞれが色々、という事でござるな?」あたるは稲見に言った。
「ざっくりと言えば、そうなる」
「小生は、まいちゅんと言えば、海外旅行の話が印象的でござった」
「まちゅとの?」稲見は言った。「玲香ちゃんとまちゅと、三人旅もあったね」
「この電車に乗って、というまいちゅんの声に、れかたんが電車に乗り込み、まいちゅんとまっちゅんは乗り込まずに、れかたんだけ一人電車に乗って行ってしまったエピソードが一番好きでござった」あたるは大笑いする。
「一つ次の駅で待ってたんだよね」稲見はくすっと笑った。
「そうでござるそうでござる。れかたんは怒っていたようでござるな……。しかも、ワイファイも持っているのがまいちゅんだけで、連絡もできぬ状態で、降りたその場所で二人を待つしかなかったとれかたんは語っていたのでござるが、それを可笑しそうにケラケラと笑っているまいちゅんが印象に強く残っているのでござるよ」
「やっぱり、ANNだね」
「うむ」あたるは大きく頷いた。「で、ござるな……」
「まいちゅんは、乃木坂を支えてきた大きな柱だね。メンバーの事も、多く笑顔にしてきた人だよ。そんな彼女が、今、乃木坂からの卒業を唱えている。どんな気持ち?」
「小生はぁ……、まいちゅんに、沢山笑顔をもらってきたでござる……。ゆえに、沢山のありがとうを、返したいでござるよ。悲しくて……、正直、壊れそうでござる」
「今、ダーリンを支えてるそれは、なに?」稲見は煙草を灰皿にねじり消した。
「まいちゅんのくれた思い出達と、今を歩み進んでいる、乃木坂の存在でござる……。支えというか、全て、でござるよ……」
「九年間か」稲見は呟いた。「俺の約半生だね。大きな時間だ」
「ねえ、まいちゅんさんはさあ、リリィ・アースにも来るんだよねえ?」夏男は不思議そうに二人を見つめて言った。「何でリリィ・アースにいないのう? そっちにいれば会えるんじゃないの?」
「そんなには頻繁に来てくれないですし、来ていても、遭遇できる確率は低いですからね」稲見は夏男に言った。