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今もそっとポケットの中で・・・。

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「何考えてんのよ、あんたは」史緒里は横目で美月を一瞥した。器用にピザを取り分けている。
「国民的美女の頭の中は、謎でいっぱいだね」夕はピザを食べきりながら微笑んだ。
「あでもゆうきもたまに考えるよ」祐希は夕を見上げて、三人を見て言う。「今日は肉にしようかなー、麺にしようかなーって……。妄想してる、ずっと」
「それって妄想なの?」史緒里は不思議そうに笑った。
「とりあえず与田は食いもんから頭はなせ」美波は苦笑した。新しいピザを手に取る。
「牛にしようかなー、豚にしようかなーって……。ひたっすら考えてる時ある」祐希は天使のようにくすくすと笑った。
「牛をね、あんれだけ好きだった牛をね、今は赤身しか食えないって、飛鳥ちゃんが言ってたんだけど、みんなはどう?」夕は四人の女子達にきいた。
「全然食べれますよ」美波は余裕ある笑みで答えた。
「食べれる、うん」史緒里は夕を一瞥して答える。
「がっつがついけちゃうよ」美月は微笑んだ。
「ぜんっぜん、食べれる」祐希はそう言ってから、少しだけ考える。「あ~……でも、脂身、多いのは、ちょっと最近キツイかも……」
「飛鳥ちゃんがさ、大人になった指標として、そう言ってたんだけど。みんなはまだ胃袋的にも若いって事だね」夕はそう言った後で、小さく笑う。「与田ちゃんはちょい怪しいけど」
 姫野あたるは、会場の最も奥の空間に在るテーブルの前で、高山一実と、黒見明香と、遠藤さくらと、掛橋紗耶香と、北川悠理と、柴田柚菜と、林瑠奈と談笑していた。
「かずみん殿、知ってるでござるか?」あたるは興奮して一実を見つめた。「さくちゃん殿は、ディズニーのCMに出てるでござるよ!」
「あ~凄ぉい、でも知ってたー」一実は拍手しながらはにかんだ。「でも凄い、お仕事に大きいも小さいもないけど、でもディズニーとかっていったら凄いよねぇ」
「ありがとうございます」さくらは恐縮しながら、首を横に小さく振った。
「悠理ちゃんと瑠奈ちゃんはラップユニットを組んでるでござるし、悠理ちゃんとさぁちゃんはオリジナル楽曲を作詞作曲してるでござる」あたるは一実に説明した。
「えー凄ぉい!」一実は改めて微笑む。「作詞作曲って、なに自分達で?」
「はい」紗耶香ははにかんで答えた。「あの、私が作曲して」
「私が歌詞をつけました」悠理は笑顔で答えた。
「凄いねー、今の乃木坂もぉ」一実は感心する。「賀喜ちゃんも、あの絵ぇ上手いしねぇ。私らん時は、なぁちゃんとか、万理華とかが絵ぇ上手かったんだけど。へ~」
「ゆんちゃんは飛鳥ちゃんの期待の星だそうでござる!」あたるは我が事のように嬉しがって一実に言った。「あの飛鳥ちゃんが期待してる存在でござるよ!」
 柴田柚菜は躊躇(ちゅうちょ)して、首を横に振る。「違うんです、そう言って励ましてもらってるんです」
「いやー凄い事だよ、飛鳥が言うんだから」一実はにこやかに柚菜に言った。「なっかなか聞いた事ないよー、飛鳥から、そんな事」
「ゆんちゃんは笑顔の魔法を使うでござる」あたるは柚菜を一瞥して、照れる。「こおんな、可愛いしかない人の前では、強制的に常に笑顔になってしまうでござるよ」
「あいいことじゃーん」一実はにこやかに言った。「大事な事だよー、笑顔になる事も、人を笑顔にさせる事も」
「かずみんがそうでござるからな」
「えや、私は」一実は顔を険しくする。
「くろみんも笑顔の天才でござるよ」あたるは明香を見た。「えくぼが可愛いでござる」
「はっは」明香は笑っている。
「さくちゃんもくろみんもゆんちゃんもさぁちゃんも悠理ちゃんも瑠奈ちゃんも、特別に歌が上手いでござる。小生、歌が上手い人には憧れが強いでござるよ~。かずみんも上手いでござるし、乃木坂は列記としたアーティストでござる!」
 少しだけ近い場所に、風秋夕が現れた。彼は携帯電話で写真を撮っている。
「はーい、撮るよ~」夕は構える。
「夕殿、それはルール違反じゃ……」
「だからお前どけろ」夕は笑顔でやり直す。「はいピ――ス」
「ほら、ピースだって」柚菜はさくらに言う。「やって」
「ピースー」悠理は笑顔でピースを作る。
「いえーい」瑠奈も笑みを浮かべてピースサインをした。
「映ってる~?」ピースサインの一実は夕に言った。「みんな入ってる~?」
「いえー」紗耶香は笑顔でピースサインを作った。「ほらさくちゃん、ピースー……」
 しゅぱ、と一瞬の素早い身動きで、遠藤さくらもピースサインを作った。周りはその動きに笑っている。
 パシャリ――。
 生誕祭は深夜へと突入するだろう。

       9

 二千二十二年二月十日、木曜日。PM十九時に、乃木坂46新内眞衣卒業セレモニーが幕を上げる。あと三十分弱。
 映画館ホールのような造りをしている地下六階の〈映写室〉にてそれを見守るのは、新内眞衣グッズに身を包んだ乃木坂46ファン同盟の風秋夕、稲見瓶、磯野波平、姫野あたる、駅前木葉の五人であった。
 青と紫のサイリュウムを片手に一本ずつ、五人共が握っている。
「こんなふうに、今日この日が訪れてしまったみたいに、またきっと泣きたい日が訪れる」
 風秋夕は、四人を振り返って真剣な面持ちで言った。
「みんなは、後悔、してないか。伝え損ねてないか。彼女に、大好きだと、胸を張ったか……」
 姫野あたるは険しい表表で、涙を零した。
「伝えてあるでござる……、しかし、小生の気はおさまらぬ!」
「もうとうに限界突破してんだろうな、俺らのダメージってよ」磯野は楽な調子でそう呟いた。
「俺も、更に伝えたい。こんなにも好きだと」稲見は真剣な面持ちで言った。
「まいちゅんさんは、本当に優しく、偉大な人です。好きになるのは当然のこと、ANNがあって本当に良かった……」駅前はそう言って、涙をふいた。
「伝えるぞ、みんな」夕はくっきりと、強く笑みを浮かべた。「これが、まいちゅんの最後のステージだ」
 〈映写室〉に、五人だけの英雄を称えるような歓声が響き渡った。
「さあ、本番だ」
風秋夕は、巨大なスクリーンを見つめる。
稲見瓶も、巨大なスクリーンを見つめた。
磯野波平も、顔をしかめて巨大スクリーンを眺める。
姫野あたるも、今にも光を放ちそうな巨大スクリーンに噛り付くようにして顔を見上げた。
駅前木葉も、サイリュウムを持った手で器用にハンカチを取り出しながら、涙をふいて、巨大なスクリーンを見上げた。
「伝わるでござろうか……」
「伝わるさ」
「ていうか後で伝えようぜ」
「その時も今も、心で伝えたい」
「はい」
 沢山の思い出が、流れてくる乃木坂46のBGMにて蘇ってくる。それは新内眞衣が最後のラジオ・パーソナリィーとして曲達を紹介しているようでもあった。乃木坂46新内眞衣卒業セレモニーというロゴ・デザインも、ラジオのフォルムをしていた。
「このライブが終わったら、チョコいっぱい食べるって言ってたな、昨日」
 風秋夕は呟いた。稲見瓶が反応する。
「甘い甘い、ご褒美だね」
「お前それいつのTシャツだよ」