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今もそっとポケットの中で・・・。

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「木葉ちゃんには手ぇ出さねえよ。向こうが告ってきたらちげえよ?」中嶋は顔をしかめて言った。
「木葉さんは綺麗だからね、紅一点だ」稲見はにこやかに言った。「波平君の彼女になったら、なお面白いだろうな……」
「だろぉ?」
「だから…、すんなっつってんだろ馬鹿者!」
 やがて刻々と時が経ち、駅前木葉が、差し入れを持ってこの部屋に訪れた。
 差し入れはちょっとしたクッキーであった。
「木葉ちゃ~ん、おせえからピザ無くなっちまったんだよ」
 中嶋波平の一言に、月野夕がそちら側を振り返ると、すっかりとピザが無くなっていた。
「お前、一人で食ったのか……」
「ここ、座りますね」
「だって腹へってたんだもんよぉ」
「さあ!」稲見はパチン、とキーボードを鳴らし、作業を一時中断した。「木葉さん、こんばんは。ようこそ」
「イナッチ、こんばんは」駅前は美しく微笑んだ。
「後はダーリンだな」月野夕はクッキーを手に取る。「は~ら減った。駅前さんクッキー正解だよ、ありがたい」
「ちょうどデパートに寄ってきたので」
「木葉ちゃん、どれぐらいぶりだあ?」中嶋は駅前ににやける。「この前のデートっていつだったか?」
「デート……」稲見は呟いた。
「いや、あの……デートではなくて、」駅前はたじろぐ。
「やめんか困ってんでしょうよ!」
「そういえば、この前のアンダーライブ、最高だったね」
 稲見瓶は思い出したかのように、実は最初から言い出したかった事をようやく口に出して発言した。
「せいらりん、可愛かったなぁ……」
月野夕は、眼を尊くしてそう呟くと、しばらく浸った……。
「二期生はこれで三歳になった」稲見は手にファンタ・グレープを取って言う。「永島聖羅という偉大なお姉さんの卒業を見送って、立派な三歳に成長したんだ」
「名古屋まで遠征したかいがあったよな?」中嶋はにっこりと笑った。
「らりんさんは、まるで太陽のような人でしたね」駅前はしっとりと、微笑んだ。
「らりんみたいにさ、太陽みたいに明るい人、これから入ってくるかな?」月野夕は無邪気に微笑む。「乃木坂が明るくなるのは、嬉しいな。嬉しくないかみんな?」
「明るい話題ならあるぞ」中嶋は皆を一瞥していってから、言う。「まいちゅんが、オールナイトニッポン・ゼロのMCやっちゃいま~っす!」
「いよっ」
 拍手と歓声が飛び交う――。
 時が経っても、盛り上がった雰囲気が冷めぬまま、やがて仕事を終えた姫野あたるが缶ビールを六缶ほど持参して参上した。
「おらビールよこせよ」
「ダメだぞ、波平。俺がいる前では絶対に法は犯させんからな!」
「あ~ちゃ、そうでござったなあ。三人はまだ未成年でござったかあ……」
 姫野あたるは、空いているスペースに陣取って、ザブトンの上にあぐらをかいて座った。
 室内には絶えず、乃木坂46の曲が流れている。
「どこから聴こえるでござるか? これ……」
 姫野あたるは室内を見回してみる。
「ユーセンでござるか?」
「パソコンだよ」稲見が答えた。
「ひと口! ひと口吞んだらおさまるから!」
「ダーメだ!」
「煙草が吸いたいな……」稲見は、口元を引き上げて、駅前とあたるに言った。「お酒も、興味あるけどね。まずは煙草だ。喉から手が出るほど吸いたいよ」
「かっはっは、成人式が待ち遠しいでござるな?」
「煙草なんて、お高いですよ?」
「金銭の問題じゃない」稲見は微笑む。「欲望だ」
「そういえば、今日友達に、まいちゅんって、卒業する子? てきかれたんだ」月野夕はにやけて言った。「どう思う?」
「まいちゅんは、卒業しない人だと答えたよね」
「最後までいてくれんだろ! があ~っはっは!」
「確かに、まいちゅんは残っていてくれると、何だか期待しています」
「まいちゅんに卒業は早すぎるでござぁる! かっはっは!」

 二千二十一年十一月十八日。乃木坂46新内眞衣のオールナイトニッポンの生放送中にて、新内眞衣の乃木坂46からの卒業が発表された。
 風秋夕(ふあきゆう)は煙草を取り出して、口にくわえた。ライターで火をつけて、深く煙を肺胞の奥に吸い込み、深く吐き出す……。

「わたしく新内眞衣は、えーっと、乃木坂46を、卒業しまぁす。えーと、時期としてはですねぇ、来年の二千二十二年ですね。の、末日、ぐらいまでと考えていて、残り二ヶ月ちょっと、です、はい。あーやっぱ鼻水が出てくる……ティッシュくださ~い」

「まいちゅんが卒業……。信じたくないね」稲見は、煙草にジッポで火をつけた。
「嫌でござるーー!」あたるは頭を抱えて絶叫した。
「まいちゅんさん……、悲しいですっ……うう」駅前は静かに泣き崩れる。
「まいちゅーーーん!」磯野は険しい顔で、巨大なスクリーンに映された新内眞衣に叫び声を上げた。
 港区の高級住宅街に秘密裏に存在する、巨大地下建造物〈リリィ・アース〉。その地下六階の在る映画館のような大型の造りになっている〈映写室〉の巨大なスクリーンと音響にて、現在はショールームの生配信にて生放送されている、乃木坂46新内眞衣のオールナイトニッポンが終了した。
 会場の照明が一斉に灯った。
「ヤバいな、マジらしい」夕はリクライニング・シートを立ち上がった。
「嫌だぜ、まいちゅんよぉ……」磯野は座ったままで俯(うつむ)く。
「本当に、変換期なのでござるな…うう…乃木坂の」あたるは腕で涙を拭う。
「まいちゅん……」駅前は、俯いて、泣きやまない。
「前を向いて、立ち上がるしかないんだ」
 風秋夕はそう言ってから、苦笑した。
「気が済むまで、泣いてからな……」

       2

 二千十七年十一月十四日。今宵は乃木坂46新内眞衣ファースト・写真集『どこにいるの?』の発売日である。
 PM六時過ぎ、クリスチャン・ディオールのブラックスーツとプレオレンドテクスチャード・ミディコートを着こなした風秋夕は、稲見瓶と共に新宿ワシントンホテル本館にて開催されるパーティーに招待されていた。
 稲見瓶も、ジョルジオ・アルマーニのスーツに、プレオウンド・ダブルブレスト・ストレンチコートを着こなしていた。
 パーティー会場は煌々としていて、半白半茶の色合いで成っている。幾つも設けられた小さなテーブル席についている人間もいれば、そのほとんどが立食で自由な快適空間を楽しんでいた。
 会場にはジャビン‐スレンダー(ユアー・ラブ)が流されていた。
「この曲聴くと、まいちゅん思い出すんだけど」
 月野夕は口元を引き上げて笑った。
「スレンダー、ヨ―ラーブベイベーてやつだね」
 稲見瓶もにこやかに微笑んだ。
「さ、俺達はここに、委託企業のクライアントを見つけにきたんだが……。名刺、持ってきてるか、イナッチ」
「もちろんだ、社長」
「社長はやめろ。共同経営にするんだろ」
 会話していると、十一月とはまるで思えないようなセクシーな赤いワンピースで近づいてくる美しい三十台くらいの女性がいた。
「こんばんは、初めましてレディ」月野夕は彼女の手の甲にキスをするふりをした。「私は月野、こちらは、稲見と申します」
「あなた、……美しい顔、してるわね」
「ありがとうございますレディ、しかし、あなたは更に綺麗です」