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今もそっとポケットの中で・・・。

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「俺は歌がうまかったら、歌手になりたかったよ」夕は眞衣を見つめる。眞衣は眼を開けた。「まいちゅんはアーティストだもんな。尊敬してるよ、音楽に携わる職業を。音楽は、良くも悪くも、人を変えるだけの魔力がある。俺はそんな魔法を使いたかった」
「夕君歌うまいじゃん」
「こら」
「へ」眞衣は舌を出して笑った。
「おこだぞ!」夕は片手でグーを作って言った。
「てへぺろ」眞衣は横に視線を向けて、横に舌を出した。
「ほら、もうどっちもちょっと古いんだよ」夕は笑う。
「確かにっ」眞衣も笑った。「ちょっと古かったね」
「もうすぐクリスマスだけど、まいちゅん予定は?」夕は気分を一新させてきいた。
「あ~。乃木坂じゃない?」眞衣はカクテルを吞みほした。「次、何のもうかなあ……」
「お~れも。何呑もうかな……」
 二人は一人一つのメニュー表を覗き込む。
 店内の雰囲気を一新させたのは、懐かしのダンス・ミュージック、ピーター・ブラウンの『ダンス・ウィズ・ミー』であった。
「じゃあさ、乃木坂でえ、最初に好きになったのは誰?」眞衣はカクテルを選びながら夕に質問した。
「えー……と、飛鳥ちゃん。なぁちゃん。若様。まちゅ。生駒ちゃん」夕はメニュー表を見つめたままで答えた。「最初は、この五人の写真を携帯に保存してた」
「へえ~。初めて知った……」
「生駒ちゃん多めだったな~……」夕はメニュー表をカウンターに戻した。「よし、スーパードライ呑もう」
「あー私もそれがいいや」
「おんなじやつ?」
「うん」眞衣はメニュー表を閉じる。
「お揃い、いっちゃいます」夕は眼をハート型にして、空中に語りかける。「イ~サ~ン、アサヒ・スーパー・ドライ、ジョッキで二つ」
 畏まりました――と、しゃがれた老人の声がカウンター席に応答した。電脳執事としてこの〈リリィ・アース〉に仕える、スーパーコンピューターのイーサンである。
「卒業の事に、触れないんだね」
「……」
 新内眞衣は、風秋夕の顔を見る。
「……」
「え?」
 新内眞衣は、少しだけ、驚いた顔をする。
 新内眞衣に振り返った風秋夕が、一瞬だけ、眼を閉じたのであった。
「恋人同士なら、タイミングだったね」夕は少し、微笑んで言った。
「……」
「したくない?」夕は、ゆっくりと瞬きをした。「キス……」
「こんばんは~皆さん元気ですか―――っ!」
 新内眞衣と風秋夕は、瞬間的に声のした方を振り返っていた――。その声の主は、磯野波平である。
 出入り口から歩いてくる磯野波平の姿と、稲見瓶の姿があった。
「タイミングわり……」夕はまいったように呟いた。
「ばっちりですから。タイミング……」眞衣は改めて、夕を座視で見つめた。「たらし」
「はは!」夕は無邪気に微笑む。
「何しゃべってんだああ? おら混ぜろ。横ずれろよ夕」
「お前がそこに座ればいいでしょうよ」
「やあ、まいちゅん。お邪魔だったかな?」
「イナッチ、おっす」眞衣は溜息をついた。「全然。今日いなかったね? みんな」

       4

 二千二十一年十二月二十四日、クリスマス・イヴの聖夜なる夜。新内眞衣は〈リリィ・アース〉のクリスマス会に参加していたが、催しは深夜の二時を過ぎた頃にお開きになった。
 日付が変わって、二千二十一年十二月二十五日、クリスマス。早朝を迎える前の前の話。それは深夜の事。新内眞衣は、帰宅したり自室で休んだりしていく仲間達をしり目に、酔い覚ましにと、地下六階の〈無人・レストラン〉一号店にて冷水を飲んでいた。
 少し眠りそうになっていたところに、風秋夕と磯野波平が現れた。
 〈無人・レストラン〉は常時、深夜に活躍するリリィ・アース・スタッフ達によって、綺麗に清掃された後であった。
 風秋夕は長めの前髪をかき上げて、小さく息を吐いた。
「まだ眠れないお姫様がいたんだ」
 新内眞衣は顔を持ち上げて、風秋夕と磯野波平を見上げた。
「あー……、夕君たちね」眞衣は水を飲もうとする。
「何だ、たちって……」磯野は不満そうに眞衣の隣に着席した。「顔まっかだな、まいちゅん」
「あー、ね」眞衣は苦笑する。
 風秋夕は新内眞衣の正面の席に座った。
「あれ……。夕君、髪形、変わってない?」眞衣はまじまじと夕を見つめる。
「ああ、ブラウンにしました」夕はにっこりと微笑んだ。
 茶髪の、前髪長めのナチュラルセンターパートから見える両方の耳たぶには、ミーティアニューヨークの2カラットの一粒スタッドピアスが輝いていた。
「俺もクリスマスに髪型変えたんだぜ?」磯野は不満そうに言った。
 新内眞衣は隣の磯野波平をまじまじと観察する……。
 黒髪の、2ブロック刈り上げマッシュであった。両耳には、小さめの純金のフープピアスが光っている。
「あー、いいね、押したげる」眞衣はにこっと微笑んだ。「どっちもイケてる……」
「まいちゅんよ~、呑みたんねんだろぉ? もっと呑もうぜぇ、付き合うからよ~」磯野はにかっと笑って言った。
「顔、赤いけど」夕は心配そうに眞衣を見る。「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、ちょとあれ、酔ってるだけ」眞衣は表情豊かに言った。「だから、あんま? 酔っては、ない」
「酔ってるな」夕は片手で頬杖をついた。
「があっはっは!」磯野は楽しそうに笑った。「まいちゅんおもしれえなあ?」
「でしょ!」眞衣は決め顔で言う。
「いい感じだぜえ」磯野は眞衣を誉める。「髪がちっと乱れてっとこも好きだしな」
「いい女でしょ?」眞衣は澄まして微笑んだ。
「明日ミーグリだもんね」夕は眞衣に言う。「もう、ここから行きなよ? 後で部屋まで送るから」
「はーい」
「こっからが呑みじゃねえか~」磯野はつまらなそうに言う。
 風秋夕は鋭い眼光で磯野波平を睨んだ。
「へいへい……」
「あ~、呑み過ぎた」眞衣は水を一口飲む。「何してんだろう……でもさ、みんなと会えたし、盛り上がったから、いいよね?」
「もちろん」夕は優しく微笑んだ。
「最高だったな~」磯野はその時間を思い出して浸る。「最後の方はさあ、梅ちゃんと与田ちゃんと美月ちゃんとよぉ、一期生のとこ行ってよぉ~」
「あれ! 新内さん」
 乃木坂46の『ごめんねフィンガーズクロスト』がかかる店内で、音楽を一瞬掻き消すかのような大声が響いた。
 〈無人・レストラン〉一号店の店内入り口の付近には、パジャマ姿の梅澤美波の姿があった。
「梅ちゃん!」
「梅ちゃんじゃねえか」
 風秋夕と磯野波平は、咄嗟にそちらの方を振り返っていた。新内眞衣は重い瞼をこじ開けながら、遅れてそちらの方を見つめる。
「まだ開催してたんですか?」美波は近くに寄りながら驚いた様子で言った。
「梅!」眞衣は叫んだ。
「はい!」美波は返事を返す。
「座れ……」眞衣は座視で、美波に言った。
「はい」美波は夕の隣に腰を下ろした。
「酔ってますんで、うちのお姫様」夕はにこやかに美波に言った。「梅ちゃんは、何か、忘れ物とか?」
「俺との恋の思い出だよな?」磯野は勝ち誇った顔で言う。「忘れもんはよ」