BUDDY 13
「アンタ、まさか……、それ、スナイパーの仕事だったのか? それともコンクリ詰めにする仕事? 誘拐? スパイ? それから、えっと、」
「おい。姉代わりの実家をなんだと思っているんだ、お前は……」
呆れながら士郎を諌めれば、だって……、と眉を下げる。
「いたって普通の給仕だ。日給十万近く頂いたがな」
「に、日給、十っ……万っ?」
こく、と頷くアーチャーを士郎は目を丸くしたまま見ている。
「それだけ大変だったということだ」
何度か瞬いた士郎は、お疲れ様です、と真面目に頭を下げていた。
◇◇◇
デートだなんて、遠坂から聞かされて正気を疑ったけど、アーチャーは本当に本気で俺とデートするつもりみたいだ。
俺が一緒に家を出ればいいと言ったのを却下して取り合わなかったのもそう、駅前での待ち合わせもそう、観る映画を決めていたらしいこともそう、そのあとに商業施設を見て回ろうとしていたのも、全部アーチャーがこの日のためにプランを立てていたことなんだろう。それから、藤村の家で高額バイトに勤しんだのも……。
全部が全部、計画通りってわけじゃないだろうけど、概ねアーチャーの立てた計画を遂行していると思う。
アーチャーの拘るポイントがよくわからないけど、嫌じゃなかった。本当に、ここまでのことを考えてくれたってことが、すごくうれしい。
だけど……、これって、義務感みたいなものなんじゃないかな。
好きだと言われて、アーチャーはこうするべきだろうってことで動いているんだ、きっと。
俺とは違う。
気持ちが先行しているわけじゃない。
勘違いをしてはダメだ。期待はするな。ずっとやってきたことなんだから、できるだろ。
少し前進したなんて考えてはいけない。
アーチャーは俺を好きなわけじゃない。
俺が好きだなんて言ったから、合わせてくれているだけだ。
魔力供給と同じ。
必要だから、そうしてる。
そんな程度だ。
デートっぽいことをして、高級なレストランでご飯を食べて、今、夜景でも、とか言って川沿いに来たけれども……。
橋脚のナットの緩みを発見したアーチャーは、少し待っていろ、と言い残して行ってしまった。
霊体になったアーチャーを追う術もなくて、俺は放置されたまま立ち尽くしている。アーチャーらしいから、腹も立たない。見過ごして何か大ごとになっては大変だし、やっぱり見過ごすなんて選択はなかったんだろうし……。
べつに、置いていかれたことに何を思うわけじゃない。アーチャーの善行を止めることはできないし、俺だってそんなの見過ごせない。
なのに、どうして俺は、モヤモヤしているんだろう……。
「悪いな」
不意に聞こえた声に顔を上げれば、揺らめく景色の中からアーチャーが現れた。
もしかしたら、このまま放っておかれるのかもしれないと、少しアーチャーを疑っていた。ここまでしたのだからいいだろうって、取り残されるんじゃないかもって、本気で思っていた。
「アンタ……、ほんと……」
アーチャーが戻ってきて、心底ほっとしている。嘘じゃない。だけど、ほっとしてるのか、呆れているのか、自分でもよくわからない。
「少し手間取ってしまった」
正直に話してくれるアーチャーに怒ることもないから、仕方ないなって、ぽん、と肩に手を置いた。
「何が、仕方がないのだか」
肩を竦めたアーチャーは、その肩に置いた俺の手を掴む。
「え?」
ぎゅ、と握られて、アーチャーを見上げたまま頬が熱くなっていく。
「あの、アーチャー、離し——」
「行こうか」
今日、何度目かのアーチャーの誘いに答えることができず、手を引かれるまま歩き出す。
どこに行くんだろう?
晩飯も終わったし、もう帰るだけだろ?
なのにアーチャーは、また新都の方に向かってる。
「アーチャー? どこに行くんだ?」
聞こえてるはずなのに返事がない。
どんどん街中の外れの方へ向かっている。
この先って……。
生前、話に聞き及んだその一角のことを思い出す。
「ちょっ、アーチャー! 待てって!」
歩を進めるアーチャーに本気で抗えば、やっとアーチャーも足を止めて振り返った。だけど、手は離してもらえない。
「も、もう、帰ろう。遠坂だって、」
「外泊する旨は伝えてある」
「が、がいは……っ」
遠坂に、そこまで報告してるのかよ!
言われた方も困るだろ!
遠坂はまだ、高校生だぞ!
いくら、何度も聖杯戦争で出会っているからって、彼女はまだ未成年なんだぞ!
「大人のデートなら、締めくくりはここだろう?」
「は?」
どこ情報なんだとつっこみたいけど、言葉が思うように出ない。
「行くぞ」
また俺の手を引いてアーチャーは歩き出した。
「ちょっ、こ、ここまですることない!」
本気の俺の抵抗なんか、まるで歯が立たない。どんどんホテル街に入っていく。
「アーチャー、手、離せ! もういいって!」
「いいわけがない」
「もう、ほんとにいいんだ! ありがとう、アーチャー。おかげで、楽しかった。だから——」
「まるでサヨナラのようだ」
「え?」
アーチャーが急に止まった。
「もういい、満足したと言って、お前は消えるのか?」
振り向きもしないアーチャーは、低く俺に問う。
「な、なに言ってるんだ。そんなの、無理だろ。そもそも、俺にどうこうできることじゃないのは、アンタが一番知ってるじゃないか」
俺が消えるためには、アーチャーが契約を解除するか、“殺さなければ”ならないんだ、俺の一存でなんて、無理に決まってる。
……でも、言っておいた方がいいよな。きっとアーチャーも俺の扱いに困ってるだろうから。
「け、消してくれるんなら、いつでもいいよ」
「なん……だと?」
目を剥いたアーチャーが俺を振り返る。
「もう、思い残すことはないよ、本当に」
「そんなに、嫌なのか……」
「え?」
「そんなに、私と居るのは嫌なのか?」
「なに、言ってるんだ?」
「無理やり私に付き合わされているのだ、嫌にもなるか」
「はあ? 無理やり付き合ってるのは、アンタだろ!」
「何を言う! お前は消えたいと思っているのに、私が契約解除を渋っているからだろう!」
「嫌なのは、アンタじゃないか!」
「私は嫌ではない! 一度でも私が嫌だと言ったか?」
「言って……ないかもしれないけど! でも、嫌そうだった!」
「そんなあやふやな断じ方があるか!」
「お、俺だって嫌じゃない!」
「は! 私を拒んでいるクセに! どこが、嫌じゃないんだ!」
「こ、拒んだっていうか、あれは、供給が嫌なんだって、言っただろ!」
「では、供給でなければいいのか!」
「ああ、いいに決まってる!」
「ならば、供給ではない方をすればいいんだな!」
「ああ、そうだ!」
「よし、行くぞ!」
「へ? え? あっ!」
目の前にラブホテルの入り口があることに今気づいて焦る。
引きずられるようにして連れ込まれる俺を尻目に、アーチャーは慣れた様子でチェックインしていた。
啖呵を切った手前、逃げることもできない。
個室に入ったのはいいけど、右を見ても左を見ても雰囲気に慣れなくて落ち着かない。