BUDDY 13
じっと待っている士郎にようやく気づいて謝れば、調子が悪いのか、と心配されてしまう。
「いや。大丈夫だ。さて、では……」
過ぎたことはもう仕方がない、次のプランに進もうとアーチャーは気持ちを切り替えて歩き出す。
次の目的はショッピング。
ただ、目的の品物を買ったりするのではなく、買わない物を見てまわり、あれこれと会話を弾ませるのだ。
しかし、そんなことをアーチャーはやった試しがない。生前にそんな経験があったかもしれないが、そんな記憶は遥か彼方に忘れ去られている。
(も……、目的もなく歩くことが、これほど難しいとは……思いもしなかった……)
しばらく商業施設を巡って、アーチャーは頭を抱えたくなってしまう。
「あの、アーチャー、どこか、行きたいところがあるのか? 店の名前はなんだ? ……あ、もしかして、迷った、とか?」
当て度なく商業施設の各フロアをくまなく巡るアーチャーに、士郎は不信感を抱いたようだ。
「い、いや……」
アーチャーに明確な答えがないように思ったのか、士郎は少し考え、
「あの、じゃあさ、俺、ちょっと行ってみたいところがあるんだけど……」
言いにくそうに、士郎はアーチャーを見上げて提案してくる。
「あ、ああ、かまわない。行こうか」
アーチャーが促せば、士郎が先に立って歩き出し、アーチャーはそれに続く。商業施設を出て、キョロキョロと通りを確認し、いくつか路地を過ぎたあたりで、士郎は足を止めた。目的の建物を見つけたようだ。
「ここ、前から来てみたかったんだ」
士郎の示す看板を見上げれば、部品、金物、様々な工具や道具を売る店、ホビーショップなどが入る雑居ビルのようだ。
「……前って言っても、俺が生きてたときのことだけど」
ぽつり、と士郎が付け加えた言葉を理解するのに少し時間がかかってしまう。
(生前、から……?)
なぜ士郎は生きていたときに来なかったのだろうかと疑問が湧く。高校の卒業とともにロンドンへ渡り、その後は海外を転々としていたが、全く家に帰らなかったわけではない。この街は、いつだって行こうと思えば行ける距離で、時間もあったはずだ。だというのに、士郎は訪れたことがなく、一度来てみたかった場所なのだと言う。
(なぜ……)
生きているうちに行きたいと言わなかったのだろうかと、苦い想いを味わわされる。生前に言えばよかったじゃないかと、不満をこぼしてしまいそうになる。
モヤつく気持ちを抑えつつエスカレーターで最上階に上がり、各階の店を見て回ることになった。
あまり気乗りはしなかったアーチャーだが、工具や道具類を見ているうちに、いつのまにか士郎との会話も弾み、何くれと話し込んでいる。自分なりのデートプランを立てたアーチャーにとっては想定外だが、存外楽しい時間となっていた。
「悪いな、付き合わせて」
「いや、なかなかに面白い場所だった。また来よう」
率直な意見を述べれば、ふ、と士郎は小さな笑みを浮かべる。
「どうかしたか?」
「好きだろうなと思ったんだ、このビルの店」
控えめだが、士郎は笑っている。生前、土蔵の屋根の上で花火を見ていた時と同じような、微かな笑みを浮かべていた。
(ああ、もっと、こういう顔が見てみたい……)
士郎とともに在る日々に、稀に起こる奇跡のような瞬間。それは士郎が笑う時だったということを思い出す。
「士郎」
「ん?」
もっと、と言いかけて、ブレーキをかける。
「アーチャー?」
「あ、いや……っ、そろそろ行こう」
今度はアーチャーが先導して歩いていく。
(私は今、何を言おうとしたのだ?)
口元を押さえ、口をついて出そうになった言葉を反芻する。
(もっと、なんだというのだ。もっと、どうしたいというのだ……)
自分自身がとりとめもなく、動揺をどうにか静めることに苦心しなければならなかった。
「アーチャー、大丈夫か? 調子が悪いなら、もう帰った方が——」
「馬鹿を言うな。まだまだ、これからだ」
帰宅を勧める士郎に、ニヤリ、と口角を上げれば、びく、と怯えられてしまう。
「む。何を恐れている?」
「アンタが凶悪な顔するからだろ……」
目を据わらせる士郎に肩を竦め、自身のジャケットの内側に手を差し込む。チカ、と僅かな光が走ったのを士郎は見逃さなかった。
「ちょっ、アンタ、何やってんだ!」
投影を見咎められたが、アーチャーは気にするふうでもなくジャケットに突っ込んだ手を抜き出した。
「着ろ」
「は?」
ジャケットから抜き出たアーチャーの手は、薄手のジャケットを握っている。
「え……?」
「一応、着ておけ。門前払いはないだろうが、念のためだ」
ワケのわからないままジャケットを受け取った士郎は、
「もしかして、これ着なきゃ、入れないような店《ところ》か?」
「察しがいいな」
「アンタとそれなりに長く過ごしたからな」
憎まれ口を叩きつつも、士郎は少し自慢げに言った。
「テーブルマナーは忘れていないな?」
「まあ」
「ならば問題ない。行こう」
さっと歩き出したアーチャーに続き、ジャケットに袖を通しながら士郎も歩き出す。程なく駅前から少し離れた、落ち着いた感じのレストランに到着した。
店のドアを開けたアーチャーはそのまま入っていかず、士郎を振り返る。戸惑いながら歩み寄る士郎の背に腕を回したアーチャーは、エスコートするように入店した。
店内は仄暗く、各テーブルごとに照明が当てられていたが、それぞれのテーブルが適度に離れており、他の客を意識せずに食事を楽しめるような工夫がされている。
格式ばった感じはないが、折り目正しいウエイターが先導し、奥の席へと案内されていけば、個室まではいかないものの、他人の目を気にすることなく落ち着ける席に辿り着く。
「この席、予約したのか?」
こそり、と士郎が声を落として訊けば、
「お前が気にすることではない」
アーチャーは、しれ、と答える。
「…………いい席だな」
ぽつり、とこぼれた声に、アーチャーは薄っすら笑みを浮かべた。ばちり、と目が合い、琥珀色の瞳が右左と揺れて、暗い照明でもわかるくらいに頬を染めた士郎に悪い気はしない。
二人が椅子に座れば、すぐに食前酒からはじまり、前菜が運ばれ、次々と適度な感覚で料理が配されていく。
アーチャーはあらかじめメニューを決めて予約をとっていた。メニューを見てあれこれとオーダーを取られるよりも、この方が士郎とゆっくり食事を楽しめると考えたのだ。何しろ、食の好みに相違などないエミヤシロウ同士、なんの不都合があろうか、と自虐じみた気分ではあったが……。
「アーチャー、ここ、高いんじゃないのか?」
食事が進み、メイン料理が置かれてから士郎はこっそりと訊いてきた。
今日の予算はどこから捻出したのかと、もしや、凛に借金でもしたのかと、士郎は気が気ではなくなっていく。
なんの心配をしているのやら、とアーチャーはあらぬ方へため息をこぼし、改めて士郎にきっちりと説明をした。
「藤村家でバイトに勤しんだ。問題ない」
「藤ねえの家で?」
士郎の顔色がさっと青くなった。