BUDDY 13
だけど、弱みを見せるわけにもいかないし、堂々として強がってないと震えがきてしまう。
「入るか?」
「へ?」
何を訊かれたかわからなくて、アーチャーが指さすバスルームを見て、目を剥いた。声も出せなくて、大きく頭を振る。
あんな、ガラス張りのバスルーム、中が丸見えじゃないか……!
「まあ、必要はないか」
アーチャーは咎めるでもなく、あっさりと答えて、さっさと上着を脱いでいく。
なに、してんの、アンタ。
「何をしている。お前も脱げ」
あ……、そ、そっか……。供給じゃない方、するんだった……。
「わ、わかってる!」
言いながら、ジャケットを脱いでハンガーラックにかけ、シャツのボタンを外そうとするけど、指が震えてうまくいかない。壁に向き合ったままで項垂れてしまう。
売り言葉に買い言葉みたいなやりとりでこんなことになって、強がって逃げられなくて、自分のバカさ加減に心底呆れる。
「士郎……」
そっと包み込まれて、緊張なのかなんなのか、足がガクガク震えてしまう。ますます顔が上げられない。
「やはり、風呂に入るか。一緒に」
「へ、っあ? い、一緒にっ?」
今、耳を疑うようなこと言った、と振り返ろうとしたらアーチャーの腕が離れていく。
「お前も来い」
バスルームに入っていって、浴槽に湯を張る姿を目で追う。ガラス越しにこちらを見ているアーチャーと目が合った。
手招きするアーチャーは別段笑っているわけでもなく、いつものように無表情だ。
夕食のときに食前酒は口にしたけど、酔うほどのものじゃなかった。
その後にもお酒は口にしていなかったから、アーチャーは酔っていない。そもそも酔った姿なんて見たことないから、どんなふうになるのかは知らないけれど……。
素面だと思うのに、俺を、“風呂に入ろう”と言って誘ってくるアーチャーが、どうあっても正気じゃないとしか思えない。
「脱がしてほしいのか?」
揶揄するような声音が聞こえてハッとする。
「じ、自分で脱ぐ!」
「そうか。なら、早く来い」
アーチャーは俺の視線なんか気にするふうでもなく、さっさと服を消して、バスルームで身体を洗いはじめている。
丸見えだぞ、アンタ……。
薄暗い室内と比べれば、バスルームの照明の方が明るくて、ガラス張りのバスルームがよく見える。
相変わらず、羨ましい身体だな……。
つい、今の状況を忘れて見惚れてしまう。
いつだってあの背中を追っていたんだ、俺……。
懐かしいような、せつないような、複雑な気分に陥ってしまう。
ああ、いや、いつまでもここで立って見つめていても仕方がない。
覚悟を決めなきゃな。
深呼吸を一つして、服を脱ぎさり、バスルームへ足を踏み入れた。
先に洗い終えたアーチャーは湯船に浸かって一息ついている。なんなら、極楽極楽、なんて声が聞こえてきそうな雰囲気に、少し可笑しくなってきた。
普通に髪や身体を洗っているうちに、なんとか平静を取り戻すことができてよかった。このままバスルームから出ようかと思ったけど、それもどうかと思うから、アーチャーの足先の方で湯船に身を沈めた。
広い浴槽はアーチャーが脚を伸ばしきっても少し余裕がある。円形だったりジャグジーがあったりするものじゃなくて、一般家庭で使われる浴槽より大きめなだけでシンプルな形状だからか、家の風呂に入るのと大差ない。
ガラス張りを除けば、普通に風呂に入っているって感覚でいられるのは、緊張しなくてすむ。
「おい……」
「なんだよ」
「何故、そちら側だ」
「……いいだろ、どこに入っても」
不満げなアーチャーが眉間にシワを刻んでいる。大人が二人入っても十分に広い浴槽だけど、アーチャーと肩を並べるほどの幅はない。だから俺は、アーチャーの足の方へ座って、さらに膝を引き寄せた三角座りで、ややアーチャーに背を向ける体勢だ。
「はあ……。やはり、嫌なんだな」
「嫌じゃないって言ってるだろ」
少し前までの勢いは出なかった。
「無理をするくらいなら、振り切って逃げればよかったものを」
ため息まじりに言われて、もっともだと自分でも思った。
「無理なんてしてない」
膝を抱えて項垂れる。
「無理してるのは、アンタじゃないか。こんなこと……、やりたくもないことやろうとして……、俺の機嫌とって、ほんっと、何してるんだって…………っ……」
じゃぷん、と水音がして、飛沫が顔にかかる。立ち上がったアーチャーは浴槽を出るようだ。怒ったのか呆れたのか、何も言わないからわからない。
「士郎」
すぐ傍で声が聞こえて顔を上げる。
「っ……」
目の前にアーチャーの顔があった。
いつのまに、こんな近くに……?
そっと頬に触れたアーチャーに驚く。
「な……んだよ……」
無言のままアーチャーは見つめてくる。
「ちょ、近いって…………」
肩を押し返した手を取られた。
「あ、アーチャー? ちょ、な、なに、して……」
ラブホテルで一緒に風呂まで入ってるのに、何をするのかと訊く自分がバカバカしい。
「お前は、私が好きなのだろう? ならば、問題ないだろう?」
「な、ないわけないだろ! ふざけるのも、」
「ふざけてなどいない」
「じゃあ、バカにしてるのか!」
「していない」
「アンタ、ほんとにエミヤシロウには無感情なんだな」
「なんだと?」
「アンタにとって、俺は気にかけることもない奴だってことは知ってる。俺が好きだなんだと言ったところで、アンタはなんにも感じないんだろう。だけど、俺には……、アンタみたいに無感情のまま、こんなことはできない。こういうことは、その、魔力供給だって言っても、やっぱり、好きな人じゃないと…………、いや、そう想い合う相手とじゃないと、俺は、したくない」
「何を今更。意識のあるときにも、ヤっているだろう」
「そ、そうだけど……、だからこそっていうか……」
「童貞でもあるまいし、いつまでも子供みたいなことを言っていないで——」
「悪かったな!」
「何を怒っている?」
「お、怒ってなんて……ない……」
頬を撫でるアーチャーの手が、とてつもなく気持ちが好い。
アーチャーに握られた手は口元に持っていかれて、指に口づけ、挙句、舐めしゃぶってくる。
やめてほしい。
そんなことされたら、熱が溜まってくる。
首筋を撫でる手にゾクゾクして、ますます俺のモノが硬くなっていくのを感じる。後戻りできなくなるから、そろそろやめてもらいたいのに、アーチャーの手を空いた手で掴んでしまった。
熱いのは、のぼせているからじゃない。
身体の中が疼くのは、アーチャーの熱を知っているからだ。
早くアーチャーの熱い楔を穿ってほしくて、自分でもわかるくらいに孔がひくついているのを感じる。
「ぁ……」
こめかみに触れた唇が俺を呼ぶ。
すっかりその気になっている俺の身体は、もう後戻りすることなんて考えていないんだろう。
それでも、自分から求めるわけにはいかない。
アーチャーは俺を好きなわけじゃないんだ。
アーチャーの手が唇が、触れるたびに身体が跳ねる。
昂奮してるなんて気づかれたくないのに、これじゃあわかってしまう……。
「士郎、嫌か?」