BUDDY 13
口づけだけでこんなにも反応する士郎が可愛く思えて仕方がない。キスだけではなく、もっと先へ、と抱きしめていた士郎をベッドに押しつけ、身体を密着させれば士郎に逃げ道はなく、熱い昂りを互いに感じるようになった。
「ん、ふ……っ…………」
互いの鼓動が混じり合う。熱も湿った吐息も分けあって、一つになっていくような錯覚に溺れそうになる。
「ぁ…………ちゃ……」
とろけた声と表情で応える士郎にますます熱が上がる。
「士郎、このまま——」
「しないっ!」
今の今までその気だった顔をしていたクセに、士郎はアーチャーの顎を押し返してきた。
「ぐ、この……、往生際が悪いぞ! 今、その気だっただろう!」
「し、しないったらしない! 一緒に寝るだけだ!」
「それではあまりに効率が悪い! セックスの方が——」
「それでいい!」
「……強情な……っ……」
アーチャーの下敷きになったまま士郎は強引に寝返り、背を向けてしまう。
「おい……」
「頼むよ、アーチャー。これでいいから」
そんな弱々しい声で言われてしまうと、無理を通すことができなくなる。このまま強引に進めることはできるが、それでは強姦と同じ、犯罪だ。さすがに犯罪者になる気はないので、アーチャーも引き下がるしかない。
「…………わかった」
百歩どころか一万歩くらい譲ってアーチャーは承諾し、士郎をそっと抱きしめた。
「……面倒、かける」
「いや……、そもそも私が魔力を流せないのが原因だ」
「その原因は、俺だから……」
赤銅色の髪を撫で、それ以上は言わせなかった。互いに負い目を感じていることは、それこそわかりきっているのだ。
「士郎、本当に足りないときは、遠慮せずに言ってくれ」
返答はなかったが、アーチャーは了解を得たと受け取り、瞼を下ろした。
「アーチャー、行くわよー」
凛に呼ばれ、アーチャーは眉間に深いシワを刻みながら玄関へ向かう。
「私は行くとは言っていないが?」
「仕方ないでしょー、藤村先生が“アーチャーさんの手料理が食べたーい”って、言うんだもの」
「衛宮士郎に作らせればいい」
「そう言ったんだけど、衛宮くんと二人で作ってくれたらいいなーって。あーんなうれしそうな顔で言われたら、アーチャーも断れないわよー」
「む……」
行く気はないと豪語していたアーチャーだったが、そんなことを言われると決心が鈍る。
藤村大河という存在は、エミヤシロウに“人”であることを縫いつけた楔のようなものだ。彼女一人だけではなく、そういう存在が何人かいるのだが、一番古い楔の位置にあることは間違いない。
「ほら、遅れちゃう。行くわよ」
「だ、だが……」
ちらり、と背後を振り返るも、そこには誰の姿もない。
(引き留めもしないのか、あいつは……)
士郎に恨み言を思っても、藤村大河のたっての希望と聞かされては、言ってこい、と士郎にも肩を叩かれるに違いない。
そもそも士郎がアーチャーを引き止める道理などないのだ。そんな淡い期待を抱いているアーチャーの方がどうかしている。
「はあ……、仕方がない」
アーチャーが靴を履けば、凛は廊下の奥へ声をかける。
「士郎、行ってくるわねー!」
アーチャーが振り返ると、ひらひらと凛に手を振る士郎がいた。
(先ほどまでいなかったというのに……。私には、見送りすら必要ないと思っているのか……)
拗ねてみても大の大人だ。しかも、一般的な日本人よりも立派な体躯のアーチャーが拗ねても可愛くともなんともない。
モヤモヤとしながら凛とともに遠坂邸を出発した。
「買い出しは衛宮くんたちがしてくれているから、アーチャーは手を貸すだけでいいはずよ」
「本当に手だけが必要なのだな」
「もー、いいじゃない、気前よく貸したげなさいよー。行き詰まってんでしょー? 士郎とのことー」
「……べつに、行き詰まっているわけでは、」
「今のあんたたち、微妙よ?」
「び、微妙、とは?」
「うーん、破局寸前、みたいな」
「は、はきょっ、破局?」
思わず声がひっくり返ってしまい、凛の笑いを誘う。
「そうならないように、今日はとことんレクチャーしてあげる」
「は? い、いや、頼んでいないぞ、そんなこと!」
「いいから、いいから」
「お、おい、凛?」
タッタッ、とスキップでもするような軽い足取りで衛宮邸への道程を行く凛を追いかけながら、いったい何が行われるのか、と気が気ではないアーチャーだった。
衛宮邸に着けば、休む間もなく“ここは任せた”と、陣頭指揮にあたる大河に台所へと導かれる。
「美味しいものお願いね、アーチャーさん!」
満面の笑みで言われては頷くしかなく、アーチャーは腕まくりをして調理台の前に立つ。
「うわ……」
形容し難い声の方を見遣ると、冷蔵庫から食材を取り出している衛宮士郎がいた。
「む」
互いに不機嫌な顔を見合わせ、挨拶を交わすわけでもない。
「お前も巻き込まれたのか……」
「凛にハメられた感が否めない」
「苦労するよな、お前も」
「貴様もな」
互いにあらぬ方へとため息をこぼし、調理に取りかかる。
「そういや、あいつ、元気にしてるのか?」
「ああ」
「ずいぶん会ってない気がするけど、大丈夫か?」
思いがけず衛宮士郎が士郎のことを口にする。いったいどういうつもりだ、と不機嫌に思っていれば、安否《近況》を訊かれた。
「貴様に心配されるようなことは全くない。聖杯戦争も止まったままなのでな」
「あー、まあ、そうだけどさ……。そういうことじゃなくて、前に会ったときは、ちょっと思い詰めてる感じがしたから、気になったんだ」
「思い……詰める……?」
「お前の前じゃ、そんな感じはないのか?」
「別段」
「ふーん」
衛宮士郎の気のない返事がやけに引っかかり、詳しく訊かせろ、と問い詰めたかったが、
(こいつになど、天地がひっくり返っても訊くものか……)
妙なプライドだか負けん気だかが邪魔をして、アーチャーは素直に訊くことができなかった。
「まあ、飲め」
「……貴様、なぜ、ここにいる?」
「まあまあ、いいじゃない。ランサーも藤村先生にお呼ばれしたのよねー」
「おう」
凛とランサーは並んで座り、いつの間にこんなに意気投合したのかと不思議に思う雰囲気だ。
まるで数年来の付き合いがあるように見え、さらには何かしらの企みがあるように思える。
何しろ、ランサーは士郎を消そうとし、凛にはガンドを撃たれて、いまだに後遺症のような、魔力を士郎に提供できないという状態が続いている。
「まったく……」
その二人が並んで目の前にいると、何かよからぬことを企んでいるのかもしれないと額を押さえて項垂れたくもなる。
大きなため息をこぼしていれば、ランサーがコップに注いだ日本酒をアーチャーの前に置いた。
「あとは衛宮くんに任せて、アーチャーは休んでいればいいわ」
凛がやけに酒を勧めてくるのが気にはなったが、断ることもないためアーチャーはなみなみ注がれた日本酒に口をつけた。
「む?」
「いけるだろ?」
ランサーがニヤリとして訊く。
「ああ。飲みやすい」
答えながら、コクコクと三口ばかり飲んだ。