BUDDY 13
「高級なものみたいよ? 藤村先生のお祖父様が大事に大事に保管していて飲まなかったのをくすねてきたらしいから」
「っぶ!」
「わ、きったねえなあ!」
思わず吹いてしまったアーチャーにランサーが顔をしかめる。
「す、すまん。というか、大丈夫なのか、あの人は……」
そんなことをすれば家を追い出されるぞ、と青くなって大河を見遣るも、すでにいい具合にできあがっている大河は、幸せそうにへにゃへにゃと笑っている。
(見なかったことにしよう……、知らなかったことにしよう……)
さっと顔を逸らし、現実から逃避しながら、アーチャーはコップに注がれた高級な酒を煽った。
「それでー、どうなのよ、アーチャー?」
「何がだ?」
高級日本酒をコップ一杯と少し飲んだだけで、ふわふわとしてきているアーチャーに凛が訊ねる。
「何って、士郎とどうなのって話」
「どう……? ああ、どうなのだろうな、フフ……」
へらり、と頬を緩めて、アーチャーは何が可笑しいのか、くつくつと笑っている。
「だーいぶ、酔ってんなー」
「ええ。まだ二杯目飲みきっていないのにね……」
「弱ぇ……」
ランサーはすでに四杯目だが、息が熱くなっている程度で、まだ酔うところまではいっていない。
「あー……、ああ、そうだ、訊きたいことがあるのだが」
ふわふわと左右に揺れながら、不意に思い出したようにアーチャーは呟く。
「訊きたいこと? なぁに?」
ランサーと話していた凛が、アーチャーに向き直った。
「好き、とは、どういうものだ?」
「報われないわね、士郎」
「報われねえな、坊主」
凛とランサーは、ともに額に手を置いて嘆いた。
「どうかしたか?」
キョトンとして、アーチャーは小首を傾げている。
「あのねぇ……」
好きという気持ちについて、さらに恋愛について、凛とランサーがいろいろと語り、説明をするのだが、いまいちピンとこないのか、アーチャーは首を捻るばかりだ。
「お前……、色恋沙汰は、ズブの素人かよ!」
「む……」
ランサーが声を大にしてつっこんだが、不機嫌な顔をしながらも言い返せないアーチャーは黙り込むだけだ。
「アーチャー、まずは、手を繋ぐところからはじめるのよ!」
励ますように凛が言うが、ランサーが肩を竦める。
「嬢ちゃん、それは、引き返しすぎってもんよ。こいつら、ヤることヤってんだからよ」
「む。なぜ君が知っているのだ」
「だろ?」
「そうね」
「凛。いささか優雅さが足りていないぞ」
「否定しないのね?」
「…………」
アーチャーの的外れなつっこみは、軒並み無視されてしまった。
「んで? てめーは、どうしたいんだよ?」
「どう、とは?」
「坊主とだよ」
「士郎? 特には」
「「はあ……」」
凛とランサーがそろってため息を吐く。
「じゃあ、質問を変えるわ」
気を取り直した凛が、毅然とアーチャーに向き合った。
「なんだ?」
少したじろいではいるが、凛の真剣な顔にアーチャーも向き合う。
「士郎が他の誰かと仲良くなっていいのかしら?」
「仲良く? いいのではないか? 士郎の交友関係を、私がどうこうする権利も必要性もないと思うが?」
「……そう。いいのね?」
「ああ、いいぞ」
念を押す凛に、アーチャーは少し身構えている。
「そ。じゃあ、たとえば、ランサー」
凛は細い指でランサーを指し示す。
「お? なんだなんだ?」
楽しそうにして、ランサーは成り行きを見ているようだ。
「あなた、士郎を恋人にできる?」
「んー……、まあ、できなくはねーな」
「おい! ランサー、よく考えろ! 士郎だぞ! いくらなんでも、」
「なんか問題あるか? かーわいいじゃねーの、あいつ」
「はあ? アレの、どこが、」
「てめーの意見なんざ聞いてねえ」
「なんだと!」
「まあまあ、二人とも。話が逸れてるわ。いい、アーチャー。たとえばの話よ、例え話」
「あ、ああ」
「おう」
アーチャーとランサーがこくりと頷いた。
「ランサーが士郎につきあおうって言います。それを士郎がオッケーします。そうすると二人がつきあう。それで——」
「おい、待て! 士郎はランサーではなく、私を好きだと——」
「例えだって、言ってんでしょ!」
凛が座卓の向かいから、アーチャーの脳天に手刀を落とした。酔っているからか、アーチャーは避けることもできず、まともに手刀を喰らっている。患部を押さえたアーチャーは暫し沈黙した。
「話を続けるわよ、いーい? それで、ランサーと士郎がデートしたり、ベタベター、いちゃいちゃー、ってするの。それをあんたは間近で見るというわけ。どう思う?」
「…………」
目を剥いたままのアーチャーは言葉を失くしていた。
「二人はねー、毎日デートして、キスをして、盛り上がっちゃって、そのまま——」
「だめだ!」
「へえー」
「ほぉー」
ニマニマとして、凛とランサーはアーチャーを見ている。
「な、なんだっ」
「だめって、どういうことぉ?」
「坊主の相手がおれじゃあ不服ってことか?」
「い、いや、そういうわけでは……、いや、そういうことだが……」
言い澱むアーチャーの目前で、ランサーは人差し指を突きつける。
「好きって、そういうことなんじゃねぇの?」
「そう……いう?」
通常のアーチャーであれば、他人を指さすなど失礼だと小言をグダグダと吐きそうなものだが、今のアーチャーは素面ではない。したがって、ランサーの言葉を素直に聞いている。
続いて、そうよ、と凛がランサーの後を引き取った。
「自分じゃない誰かと仲良くされると腹が立つし、ヤキモキするし、嫉妬もするの。それから、好きな人には触れたいし、傍にいたいし、独占したくなったりもする」
「てめーは、そこだけは顕著だよなあ」
ランサーがしたり顔をして、酒で温まった息を吐いた。
「顕著……、私が?」
「好きっていう気持ちの表し方は人それぞれだけど、アーチャーは自覚がないのに独占欲を発揮して、士郎を混乱させているように見えるんだけど、身に覚えはない?」
「そ……んな……ことは…………」
「全くないって、言える?」
「…………」
確かに独占欲と言われればそうなのかもしれない。アーチャーは士郎を自分のものだとランサーに宣言した。士郎にも勝手なことをするなと港で大見得を切ってしまった。
「では……、私は、どうすれば……」
自分がどうしたいのか、いまだにはっきりとはしていない。ただ、士郎の傍にいて、ともに過ごしていたい、とは思っている。
例え話のような、ランサーと士郎がつきあう、という状態になるのは、正直なところ見たくない。そんなことになるくらいなら、士郎を連れて座に還ってやろうとも思う。
(身勝手だ……)
士郎に対して、これほど自分が身勝手なことを考えているというのが驚きだった。
「ねえ、アーチャー。素直に自分の気持ちを伝えようとは思わない?」
「伝える……?」
「士郎とデートでもしてきなさいよ」
「デ、デート? いや、だが、しかし、」
「聖杯戦争のことなら大丈夫よ。今のところ、なーんの動きもないし、魔術協会も今週くらいには人員を派遣するってことらしいから、新たな動きにはならないわ」
「そうか……」