BUDDY 13
「アーチャー。さっきの、駅前集合ってやつ、アンタも行くのか? だったら、一緒に出ればいい……んじゃ…………」
士郎が話している途中から、アーチャーの眉間に深い深いシワが刻まれていく。
「あのぅ……、なんで、そんな、不機嫌なんデスかね……?」
「言った通りだ。駅前に十三時半」
「でも、」
「いいから、昼食を終えたら、お前はすぐに出ろ」
「いや、だから、」
「午後一時半、いいな」
それ以上は何も聞かない、と態度で示されてしまい、士郎はそれ以上食い下がることを諦めた。
(なんなんだ、いったい……?)
しきりに首を捻りながら士郎はテラスを後にした。
「遠坂、ちょっと、いいか?」
早めの昼食をとり、後片づけのためにキッチンに入ったアーチャーを見計らい、士郎は凛を廊下まで誘う。
平日ではあるが、凛は昨夜から明け方まで工房に籠もっていたため、今日は学校を休んでいた。穂群原学園内では優等生で通っている凛は、時々そういう理由で休むことがある。そのためにも、普段から文句などつけようもないほどに優秀な成績を修めていた。
凛は、冬木の管理者としての責務をこなし、また、魔術師としての研鑽も怠らず、学業も疎かにはしない。それは凛が自ら課した矜恃のようなものだった。
「なあ、遠坂、今日って、新都で何かあるのか?」
リビングから廊下に出て、士郎は小声で訊ねる。
「新都で? さあ、知らないけど?」
「アーチャーがさ、駅前に一時半に集合って言って、それ以上のことを何も教えてくれないんだ……」
困った顔で士郎が訊けば、凛は次第に必死に堪えながら笑いはじめた。
「っ……ぷ…………っぷふッ……」
「な、なんだよ? もしかして、二人で俺をからかってるのか?」
「ち、違うわよ、そ、それ、デートのお誘いじゃない」
肩を揺らして笑う凛の言葉に、ぶわっ、と顔を赤らめた士郎は、全身で否定した。
「バババババババカ、違う! そ、そそそんなわけ、ないだろ!」
「うふふ、楽しんできなさいよー」
「ちょ、だから、違うって、」
「違わないわよー。デート、楽しんできてねー」
「じゃ、じゃあ、そんなんだったら、遠坂が代わりに行ってくれ!」
手を合わせて頭を下げ、凛を拝むように士郎は頼み込む。
「はあ?」
「デートなんか、なおさら俺が行けるわけがない! だから——」
バシッ!
耳元で鈍く、大きな破裂音が聞こえた。
「い、っ?」
衝撃に痛む頬を片手で押さえた士郎は、二度三度と瞬きを繰り返し、凛に引っぱたかれたことにようやく気づく。
「バカなのっ、あんた? アーチャーも問題だけど、あんたも大問題よっ!」
「だ、だいもんだい?」
「士郎、あんたはアーチャーが好きなんでしょ? なのに、このチャンスを棒に振るの? 死んだときに後悔したんじゃないの? だから、アーチャーの座に転がり込んだんでしょ?」
「そ……そう、だけど……」
「だったら、今を楽しみなさいよ!」
「たの……し、む?」
「そうよ! アーチャーとやりたかったことを、今やればいいじゃない! 誰にも文句を言われることなんてないわ! ていうか、文句なんて言われる筋じゃないっての! 士郎、アーチャーは自覚も薄いし、鈍いし、ワケわからない思考回路だけど、それでも、士郎のことが何より大切なんだと思うわよ? でなきゃ、魔力不足をどうにかしようとか、キャスターのところにまであんたを救いに行ったりしないでしょ? たいへんだったのよ、単独行動させろとか言い出して。まあ、実際、一人で行っちゃったんだけどね」
「ひ、一人で……?」
「ええ、そうよ」
そんな話は聞いたことがなかった。士郎に対して、アーチャーがどんな行動を取ったかなど、知りもしなかったし、想像もできなかった。
「それは、遠坂が、望んだからなんじゃ、」
「私? 今はそうだけど、あのときは士郎の存在自体知らなかったわよ。だって、アーチャーがずーっと隠していたんだから」
「…………」
どく、と鼓動が跳ねた。
期待はするな、と幾度も言い聞かせてきたというのに、急に全身に血が通ったように熱くなってくる。
「真っ赤になってまごついてるくらいなら、行動に移すべきじゃない?」
「う…………」
何も言えなくなった士郎は、視線を落とす。
「ちょっと来なさい」
士郎の腕を引っ張り、凛は自室へと向かう。
「と、遠坂?」
凛の部屋の前で待てと言われ、ほんの数十秒ほどで凛が紙袋を手に部屋を出てきた。
「はい、これ。着ていきなさいね」
「え……?」
紙袋の中には、洋服が入っている。
「その格好で行くわけにはいかないじゃない」
片方の眉を上げ、凛は少し呆れた顔を作り、士郎に着替えてから行けと言う。確かに、邸の掃除や庭掃除の時に着ている、いつものジーンズとTシャツではデートなどできないだろう。
「さあさあ、早く着替えて行かないと、遅れちゃうわよ、“デートの待ち合わせ”に!」
凛が強調して言えば、
「っ、ば、ばかっ! と、遠坂の、ばか!」
捨て台詞を吐き、バタバタと自室へ戻った士郎は身支度を整え、慌てた様子で玄関を出て行った。
***
他所行きの服に着替えて出かけていく士郎の背中が、今まで見た中で一番輝いて見えた。
「……かわいいったら、ないわねー、ほんと」
ぽつり、と呟き、凛はリビングに戻る。いい匂いを漂わせてくるキッチンへ誘われるように向かい、中を覗き込めばアーチャーが鼻歌まじりに料理をしていた。
(こっちはこっちで、舞い上がってるわねー……。わっかりやす……)
目を据わらせながらそっとキッチンを離れる。
「まったくー、世話かけるんじゃないってのよ……」
ソファに身体を預け、クッションを抱き寄せて少しウトウトしたところで、キッチンからアーチャーが出てきた。
「凛。今日の夕食を作っておいたが、荒熱が取れたら冷蔵庫へ——」
「はいはーい。わかってるわよー」
「む。返事は一回でいい。あと、人の話は最後まで聞いた方がいいぞ」
「アーチャー以外の話なら、きちんと聞くわよ」
「なぜ私の話は途中でいいと?」
「だいたい、言いたいことはわかるもの」
「……そうか。意思疎通がしやすいということならば、サーヴァントとしては及第点だな」
「はは……」
何を言っているのかこいつは、とは口にせず、凛はヒラヒラと手を振る。
「なんだ?」
「出かけるんでしょ? 士郎とデート、楽しんできなさいよ」
「知っていたのか」
「当たり前じゃない。士郎を先に行かせて、アーチャーってば、可愛いところあるのね?」
ニヤニヤと笑う凛を迷惑そうな顔で見るアーチャーは、それでもいつもの厭味や憎まれ口をたたかない。
「ここまでしなければ、アレには通じないだろうからな」
「だからって、待ち合わせなんて、ふふっ、アーチャーってば、案外夢を見てるのね」
「なんとでも言えばいい。私は今日にすべてを懸けるつもりだ」
「えらく意気込んでるじゃない」
「ここでしくじれば、後はないと思っている」
「へぇー。ずいぶん切実なのね」
「今までないがしろにしたツケだ。士郎を手放すなど、もう想像もできない」
「そう。なんにしても、いいことね?」
「そうか?」
「ええ、いいことよ」