炎倶楽部 第参話 いざ反撃
彼の心の声に反応したかのように、彼の武器の刀身は再び炎をまとった。彼は人喰い鬼に向かって直進し、ジャンプして鬼の頭上に炎刀を素早く振り下ろした。
「たァっ!」
鉄でできた哀泣の兜も、融点をはるかに超える高温の炎の前には無力だった。頭の真ん中が剃られた、中途半端な長さのぼさぼさ髪があらわになり、哀しみの鬼は慌てて頭を隠した。
「ひぇ、兜が」
彼の動作を見て蘭須郎も、遠目に見ていた或仁も失笑した。
「もう、かなんなぁ。逃げよう」
哀泣は逃走した。
「逃がすか。追撃です!」
「ええ」
蘭須郎と或仁は、走って鬼を追い掛けた。
とあるビルの前に来たとき、哀泣は急停止して、くるりと方向転換した。
「俺、気ィ変わったわ」
唐突に言うと、或仁に向かって突進してきた。
(女の鬼狩りはんを胴の口に無理やり放り込んだる。ほんで悲しむもう一人の鬼狩りはんも喰うたるわ…!)
鬼が或仁を捕えようとしたときだった。
「炎の呼吸・参ノ型!『気炎万象(きえんばんしょう)』!」
蘭須郎が上から下に弧を描くように刀を激しく振り抜いた。炎を伴う激しい斬撃が、哀泣の頸と胴体を見事に切り離した。
「うわああああ!!」
泣き虫鬼の胴体にある口が、聞く者の鼓膜を刺激しそうな叫び声を上げた。
その直後、哀泣の頸が地面に落ちた。
「或仁、こいつの頸を燃やしちゃってください」
「了解」
或仁は、片膝を突いて鬼のこめかみに刃を当て、大きく息を吐いた。すると、刃から炎が発生し、そのまま哀しみの鬼の頸を燃やした。
「鬼の責務を全うできなかったね、君」
「あなたがこれから行く世界の炎は、こんなものじゃないわ」
炎の呼吸を使う剣士たちは、真顔で言い放った。
(俺、もともと人間やった。子どもの頃から、オトンに暴力を振るわれとった。ほんで何年か前に一人暮らしを始めて、暴力オトンとおさらばした。そしてある日、不気味やけどかわいい女の子に出会うた。でもその子は俺を頭からバリバリと喰うた。せやけど俺は生き返った、人を喰らう鬼として…)
哀泣の心は、誰にも消せない哀しみに沈んでいった。
(せっかくええ人生が歩める思うたのに、二十何年かしか生きてへんのに、鬼に喰われた。それだけでも悲しいのに、憧れとった美男美女の強い剣士たちに斬られて、俺の魂は業火の中に行く…)
「うっ…うっ…こない惨めな運命なら、生まれてこなければよかったんや…」
哀泣は、か細い声でつぶやいた。
所変わって、人間だったときの哀泣の実家。瘦せこけた壮年の女性が、美しさや人望、カリスマ性とは無縁そうな青年の写真を見つめていた。
「うちの子…立派にできへんかった…」
女性は、座り込んで声を上げてしばし泣いた。
作品名:炎倶楽部 第参話 いざ反撃 作家名:藍城 舞美