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天空天河 一

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「石柱を登る姿からは、相当な武功の持ち主であろうと、お前ならば登り切れるかも知れぬと、ここに来るのを楽しみにしていたのだが、、、そうか、、火寒の毒の発作で、、石柱から落ちたのだな、、。
 私は医術を修めている。火寒の毒を抑え、発作が起きぬ様にする事ならば出来る。
 ここで会ったのも何かの縁だ。発作だけでも治めてやろう。治療が済むまで、ここに居れば良い。
 飛流、この者を寝かせてくれ。詳しく状態を診よう。」
 飛流は、言われた通りに寝かせようと、白い者の肩を支えて寝かせようとしたが、白い者は痛みで飛流の手を掴んだ。
「、、ゥッ、、。」
「、、、、。」
 飛流と白い者の体に、まるで雷でも受けたかのように、衝撃が走る。
「まずいっ!!!、飛流、離れろ!!!。」
 それを見た、藺晨の顔色が変わり、急いで二人を引き剥がす。
 白い者は床に倒れ込み、痛みで唸る。だが、痛みに耐えながら、一人で起き上がった。
「、、うっ、、ううっ、、、。」
「、、こいつめ!、飛流の『事』に気が付いたのか??!!。
 飛流!、外へ行けっっ!!、、早く!!。」
 藺晨は飛流を、手荒に外の方へ、押しやろうとしたが、飛流は白い者を、虚ろな目でじっと見つめ、藺晨の思う様には動かない。
「ぁああ!!、、、。」
 白い者が叫ぶと、飛流の体から闇が噴き出した。
「止めろ────!!、飛流────!!。」
 藺晨が絶叫して、止めようとするも叶わず、飛流は漆黒の闇の塊になり、藺晨が闇を掴んで阻もうとするが、全てその指を擦り抜けた。
「飛流────っっ!!!。」
 闇の塊は白い者を包む。白い者を包んだ闇は、その場で轟々と嵐の様になり、その中に入ろうとする藺晨を弾き飛ばす。
 藺晨は強(したた)か、岩屋の壁に打ち付けられ、気を失った。




 どれ程時間が過ぎたのか、藺晨の目が覚めると、辺りは既に明るくなっていた。



 玉壺は粉々に砕けていた。
 藺晨の目の前には、大きな白い繭が立っている。
 恐らくあの白い者も飛流も、この中に居るのだろう。
 繭は、どくんどくんと、鼓動を打っている様に見え、異様だった。

《これは、成る可くして、こう成ったのだろう。
 私のせいでも、この者のせいでも、ましてや飛流のせいでも無いのだ。》


 かつて琅琊塞が『至宝』を守っていた頃。
 それは今から、二百年近くも前の事だった。

 『至宝』とは、琥燁玉(こようぎょく)と呼ばれる、白く輝く玉の壺の事を指し、琅琊塞の奥深くで、藺一族に依って守られていたのだ。

 それは代々、琅琊塞塞主を担う者だけに、伝え引き継がれ、守られた。


 藺晨は、琅琊塞塞主の子として生まれ、幼い頃から琅琊塞で育った。
 幼い頃から利発で、他の兄弟や修行者、いや、歴代の塞主と比べても、抜きん出る程の天才だったのだ。
 当然、琅琊塞の次期塞主は藺晨、という事で、異論を唱える者など、誰一人、居なかった。

 天才ぶり故か、塞主就任前から、藺晨は琥燁玉の存在を知っていて、隠し場所も知っていた。当然、無断で何度かこっそり目にし、触れてもいたのだ。


 藺晨の好奇心の強さからか、琅琊塞では禁じられていた魔道の力も、藺晨はこっそりと修めていた。
 琅琊塞では、魔道を禁じてはいたが、天下の書物は、全て琅琊閣に集まっていたので、禁書として、読む事や持ち出す事はおろか、触れる事さえ禁じ、魔道書等も収蔵していた。
 藺晨は隠れてその魔道書を読み、力を修めたのだ。


 藺晨は、琥燁玉を見、触れて、これが、ただの玉の壺では無い事を、見抜いていたのだ。藺晨の魔道の力の為せる技だった。
 琥燁玉には、びっしりと、見た事も無い古代の文字が浮き出ていた。
 琥燁玉に掛けられた、封印の呪文なのだろう。
 藺晨は、文字を解読し、玉壺を開ける事は、少々時間は掛かるが、難しくは無いと思った。

 琥燁玉には強い封印呪文が掛かっており、ただの人間では開けられぬが、強い魔道の力を持つ者ならば、開けられる。

 藺晨は開ける為の魔道書を探し出し、修練をして、ある日、封印を解いてしまったのだ。

 だが藺晨は、己の好奇心を後悔した。
 その後悔は、百数十年も続く事になる。

 琥燁玉には、『魔』が封じられていたのだ。


 玉壺は開けられ、『魔』が解放されたが、この玉壺もただの『魔』の容れ物ではなく、『魔』の動きを制限する力を秘めていた。つまり、『魔』は玉壺がある限り、自由自在に好きに遠くへ離れられないのだ。
 玉壺の中には小さな紙が。
 古代の文字は、既に解読する事が出来ていたので、藺晨は読む事が出来た。
 紙には、琥燁玉を開けし者の、行くべき先が示されていた。
 つまりそれが、この石柱の上の岩屋だったのだ。
 琥燁玉に『魔』を封じた者は、玉壺が開けられるのは、予見済みだった様で、開けた者は、ここで魔を、見張らねばならぬ様に仕組まれていたのだ。
 何度か逃げ出しはしたのたが。
 だが、、琥燁玉に魔を封じた者から、『玉壺を開ける』事が引き金となり、藺晨は呪いを掛けられたのだ。
 不老不死の呪い。
 そして、魔を監視せねばならぬ呪い。
 藺晨は琥燁玉を、常に側に置かなくてはならない様で、一定距離以上、離れると、動悸が激しくなり、その場で酷く苦しんだ。
 石柱の岩屋に辿り着いた時、玉壺の重さに辟易し、床の上に玉壺を置いた。
 玉壺はまるで、岩屋と一つになったかのように、岩屋の床に張り付き、離れなくなった。石で叩こうが、藺晨が魔道の力で動かそうとしようが、傷1つ付けられなかった。
 藺晨は、石柱の岩屋からの移動は、叶わなくなったのだ。

「琥燁玉は砕けた。
 私はあの者に、感謝をすべきか?。
 私はこれで、玉壺と『魔』から、解放されるのだろうか。」

 玉壺を開いたせいで、百数十年も自由を奪われ、苦しめられた。
 清々する、、という気持ちと、
「何かを断ち切られるように、ざわついたこの気持ちは、何なのだろうか、、。」
 正体の分からぬものに、締め付けられていた。
 今まで、恐ろしく長い刻を、飛流と二人きりで過ごした。出会いや人との交わりは一切無く、どれ程寂しかったか、、、。
《ここを離れるのは、宿願だった筈。
 、、、、なのに何故。》
 漸く解放されようというのに、今は飛流と別れるのを、寂しいと思っていた。
 
 部屋の物は、飛流が起こした風で散乱していたが。
 ただ一つ、元々ここにあった、七弦の琴は、何も無かったかのように、微動だにせず石の机の上にあった。
 藺晨は、七弦の琴を爪弾いた。

 長く響く弦の音色。

 七弦を弾けば、飛流が喜んだ。
 時折、荒れ狂う飛流に聞かせれば、忽ち静かになり落ち着いた。
 七弦の調べは、飛流の子守唄。
 藺晨は、飛流が好きな旋律を、弾き続けた。



 十日程が経ち、飛流が現れた。

 岩屋の真ん中に横たわる、大きな繭は変化が無く、飛流は無の中から、『出現した』と言う方が正確だろう。
 飛流の体は、幾らか大きくなった感じがした。
 今までは、十程の子供の姿だったが、今は十四、五才に見えた。
作品名:天空天河 一 作家名:古槍ノ標