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天空天河 一

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 陛下に粗略に扱われ、それでも文句は言えぬのだ、、。
 景琰の意に沿わぬ、聖旨は幾つもあっただろう。だが景琰は全てに最善を尽くしたのだ。
 我慢強い景琰でなければ、とうに陛下から反逆者に仕立てられ、命は無い。
 この十年、ずっと陛下の意に沿ってきたのに、陛下はまだ景琰を、許さぬのだ。
 そして景琰もまた、陛下を、、。──
 長蘇の眼子に、痛々しく映る靖王。
──今、どれ程お前を、この腕で抱き締めてやりたいか。
 逃げもせず、本当にお前は、良くやっている。
 辺境の民は皆、お前に感謝している。
 皇宮や朝廷の、一体誰が、お前のこの働きを、理解して居よう。──
 遠い眼子になり、何かを思う靖王が、居たたまれなくなり、つい長蘇は声をかけた。
「、、、殿下?。」
「あ、いや、何でもない。
 馬車はどこも壊れず、大丈夫だった様だぞ。」
 靖王の心が、ここに戻る。
「ありがとう存じます。落ち着きましたら、王府の方へ、お礼に伺わせて頂きます。」
 長蘇は拱手して、深々と礼をした。
「なぁに、気にするな。大した事では無い。
 さ、行こう。」
 お互いに促し合い、一緒に馬車の方へ向かおうとした。
 すると、長い時間、一所(ひとところ)で立ち通しだった、長蘇の足が縺(もつ)れ、倒れかけた。
「、、ぅッッ、、。」
 付かさず側に居た靖王が、長蘇の体を支えた。
「、、、どうした?。」
「、、、、はぁッ、、失礼を、、。」
 長蘇は倒れしなに、差し出された靖王の手を、咄嗟に掴んでしまった。
 靖王の手は温かく、昔の記憶を呼び起こす。

──景琰の手の温もりが、、、私の掌に、、。──

 靖王の細く綺麗な指を、林殊は時折、揶揄(からかっ)た。
 剣を握れば、力が無いように見えて、とんでもなく鋭い一撃を食らわせたり、、。
 その同じ手で筆を持ち、流れる様な、力強く美しい文字を、書いてゆく。
 茶器を持つ指先も、手綱を引く指先も、林殊の視線を釘付けにした。
 揶揄ったのは、ただのつまらない、林殊の羨望だったのだ。
 じんわりと伝わる温かみに、長蘇の心には、懐旧の思いが溢れていく。

 靖王の手が、長蘇の手をぎゅっと握り締め、長蘇はどきりとする。
「、、、何て冷たい。、、寒い季節でも無いのに、、。」
 そう言われて、長蘇は大急ぎで、握られた自分の手を引いて袖の中に隠した。
 かぁっ、と恥ずかしさが体を巡る。
「病ゆえ、仕方が無いのです。
 体が温まらぬ故に、動き始める時に、時折この様に転倒しかけ、無様な事に、、、。
 殿下にはとんだ失礼を、、。」
 長蘇は、支える靖王の腕から、逃れようとした。
 だが何故か靖王は、長蘇を逃そうとはせずに、支えた腕を離さなかった。
「健康な殿下には、病なぞ縁は無いでしょう。虚弱体質とはこの様なものなのですよ。
 ふふふ、、、体温すら儘(まま)なりませぬ。」
 靖王は長蘇を、気の毒に思った。
「こんな体でも、案外、愉快に過ごしておりますよ。ですが、殿下のお気を害してしまったならば、お詫びをさせて頂かねば、、。」
 そう言って微笑む長蘇に、
「この世に儘ならぬ事があるのは、皆、同じなのだな。」
 そう言い、靖王は優しい視線を向けた。
「詫びなぞ不要だ。
 私に掴まって歩け。誰も咎めはしない。」
「、、、ありがとうございます、、。」
 泥濘から引き上げられた馬車の所まで、長蘇は靖王に支えられて歩いた。
 一歩一歩、歩く度に、靖王の屈強な体躯を感じる。
──、、景琰、、強くなった、、。
 辺境で鍛えられたのだ。
 陛下が抱く、景琰への嫌悪により、辺境へ追いやられたが、一つ一つに真摯に向き合う景琰にとって、良い方に働いたのだ。──
 前を向いて真っ直ぐに立ち、不正なものや理に適わぬものに、一切迎合する事は無い。
──頑固一徹ゆえ、自分自身にも厳しかった。
 祁王が「景琰はその内に出家するぞ」と揶揄った。──
 長蘇は、靖王の逞しさと清爽さに、眩しくなる。

 旧知の間柄のように、和やかに下りてくる二人を見て、戦英は不思議に思った。
 靖王の世評と言えば、『偏屈で口数が少なく恐ろしい』など、気難しい人物像だが。概ね間違ってはいないと、戦英も思う。
 だが、側で仕える戦英にとっては、靖王はそれだけでは無く、人の話に耳を傾け、可笑しいと思えば大いに笑い、和みながら、兵達と酒を酌み交わしたりもする。
 しかし、それは過去の靖王の姿。

 以前は、今の様な靖王では無かった。
 靖王殿下は良く笑う方だった。
 、、、、赤焔事案の前までは。

 まるで笑うことを、禁じられたかの如く、固く心を閉ざす様に。
「殿下が初めて会う者に、これ程、和やかになるとは、珍しい。」
 馬車の主を支えながら、何かを歓談し、ゆっくりと下りてくる。
「殿下にこの様な顔をさせる、この人物は、一体何者なのだ、、。」

 馬車の側まで、靖王は長蘇を支えた。その後ろを飛流が着いてくる。
「では、殿下、ありがとう存じます。金陵に着きましたら、お礼に伺わせて頂きます。」
 そう言うと、長蘇は拱手をした。
「そう言えば、貴公の名を聞いていなかったな。」
「大変失礼を、、、。
 名は蘇哲と申します。」
 長蘇は『蘇哲』の偽名を名乗り、恭しく礼をする。
「そうか、、蘇哲殿、、覚えておこう。」
 長蘇は礼から直り、靖王を真っ直ぐに見つめる。
 靖王は、蘇哲と名乗る男のその眼差しには、何処か懐かしさを覚えるが、それが何だったかは思い出せない。

「靖王殿下、帰還を妨げ、申し訳ありません。
 ここで殿下を見送らせて頂きます。」
 長蘇はそう言い、別れの拱手をする。
「、、む、、。」
 『別れ』と聞いて、靖王の心に何かが痞(つか)える。
━━もう少し、この者と居たい。━━
 珍しくもそんな事を思った。
 靖王は、そんな事を思った、自分自身に驚いていた。
 戦英が靖王の心を察して言った。
「ここで泥濘があるという事は、金陵の南門への街道は、更に泥濘んでいる可能性が、、。
 向かう先は一緒です。
 殿下、我々と一緒に、蘇哲殿も向かっては如何でしょう。」
 戦英の提案に、靖王は乗った。
「それは良い。また泥濘に馬車が嵌るとも限らぬ。
 我々と共に金陵に入ろう。
 春猟が終わったばかりだと言うのに、この道の悪さは、、。有事に備え、街道は常に、馬も馬車も通れるように、均(なら)しておかねばならぬのだ。
 官吏の者達は気持ちが弛んでいる。」
 その言いように『景琰らしい、、』と、長蘇の目が綻んだ。
「ありがとうございます。
 では、お言葉に甘えさせて頂きます。」
 また深々と礼をした。

 飛流の肩に手を置いて、長蘇は馬車に乗ろうとしたが、靖王は、華奢な飛流では心許なく思えた。
 靖王は、自然に長蘇に歩み寄り、体を支えた。

 普通、王族も、軍を率いる将軍も、この様な事は決してせぬ。
 この姿には、戦英も、長蘇自身も仰天してしまった。
 驚いて、靖王の顔を凝視する長蘇に、
「、、、?。何故、乗らぬのだ?。」
などと、長蘇に真面目に聞いてみたりする。
──あははは、、、やっぱり景琰だ、、。──
作品名:天空天河 一 作家名:古槍ノ標