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ポケットいっぱいの可愛い。

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「乃木坂だとぉ……涙がまだ悲しみだった頃とかぁ、泣いたっていいじゃないかぁ……ひと夏の長さよりぃ…あの日、僕は咄嗟に嘘をついた……ないものねだり、とかかな」史緒里は指折り数えて答えた。
「では、この世の中で、一番好きな曲は、何ですか?」駅前は史緒里を見つめて質問した。
「それはね、玉置浩二さんの、サーチライト」史緒里はにっこりと微笑んで言った。
「ああ、サーチライト、私も好きです」駅前は史緒里に共感して笑みを浮かべた。「感動しますよね」
「いい歌だよね~」史緒里は表情を険しくさせて言った。
「飛鳥ちゃんは何好きなんだ?」磯野は上機嫌で飛鳥を見つめた。
「ん。スピッツとか、好きだよ」飛鳥はほぼ無感情で答えた。
「洋楽も聴くだろ?」
「洋楽も聴くし、邦楽も聴くし。気分で」飛鳥は無感情のままで答えた。
「みなみちゃんは?」磯野はみなみに言う。「なーに聴いてんだ?」
「んー、何だろぉ……」みなみは上目遣いで考えながら答える。「ワンオクのリングワンデルング、も昔から好きだしぃ……、ワニマさんのともに、も大好きだしぃ…、トリプルエーさんのハリケーン・リリ、ボストン・マリも大好きだし、結構、色々聴くかなあ」
「みんな色々なんだな。香水とかも、一個じゃねえんだろ?」磯野は誰にでもなく言った。
「最近は、クロエ。甘めな香り」美月は妖艶に笑った。
「美月ちゃんもみんなも、すっげいい匂いすんだよな!」磯野は大喜びで飛鳥を見る。「飛鳥ちゃんなんて、やっべえよな! みんながいい匂いって言ってるのわっかるぜ!」
「ども」飛鳥は小さく呟いた。
「飛鳥さんなんか、機嫌悪くないですか?」美月は微笑む。
「いや悪くはないよ?」飛鳥はそれから、顔を険しくして磯野を指差した。「こいつがうるっさいからさあ」
「へっへへーん!」磯野は幸せそうに笑う。「みんなもうすぐバレンタインだけどよ、なんならくれていいんだぜ、俺に」
「誰がやるか」飛鳥は吐いて捨てる。
「くれよおぉ!」磯野は立ち上がって叫ぶ。飛鳥は耳を塞いでいる。「乃木坂からのチョコが欲しいんだよおぉ! だってそうだろわっかんだろ!」
「落ち着くでござるよ、波平殿、鼓膜が破れそうでござる……」
「お前は欲しくねえのかなんちゃってサムライ!」
「まず、座るでござるよ……」
 駅前木葉はすっとその場を立ち上がる。
 磯野波平は駅前木葉を凝視する……。
「座って下さい」駅前はそう言って、己が先に座った。「チョコレートなら私が買います」
「いや……そうじゃねえだろ」磯野は、しぶしぶと着席した。「そうゆんじゃねえだろう、バレンタイン、てよ……」
「騒がないで下さい」駅前はつんとしてそっぽを向いた。
 和田まあやと山下美月は笑っている。久保史緒里は苦笑していた。星野みなみは驚いており、齋藤飛鳥に至っては静かなる不機嫌であった。
「生誕祭、来てくれよな、みんな」磯野は落ち着きを取り戻して、足を開いて指を組んで真剣な顔つきで言った。「一月生まれと、二月生まれの人の生誕祭やっからよ。大いに祝って騒ごうぜ」
「騒ごうぜって…、騒ぐの?」みなみは笑いを堪えて言った。
「みなみちゃん、待ってるぜ」磯野はみなみに決め顔で言う。「いつ、でも、来いよな」
「うーん」みなみはストローを咥えながら、答えた。
「つう事でよ、もうすぐメシも来るって事で、ここで一つ」磯野は立ち上がる。「俺がサーチライト歌ってやっからよ」
「え」史緒里はフリーズする。
「えー歌ってくれるの」美月は悪戯(いたずら)に微笑む。
「よしなさいよ恥かくんだから」飛鳥は険しい表情で磯野を見上げる。
「恥?」磯野には心当たりがない。「なんだそれ、だっは。聴いた事ねえだろうよ、俺のサーチライトぉ」
「聴かなくてもわかるわ」飛鳥は見るのをやめて囁いた。
「歌ってみてよ」まあやはわくわくしている。
「じゃあ、うまかったら、チョコ、あげよ? みんな」みなみは可愛く提案した。
「マジか!」磯野は身体を力ませる。「うっし!」
 電脳執事のイーサンに、玉置浩二の『サーチライト』のインストを地下二階に流すように伝え、マイクを〈レストラン・エレベーター〉で受け取った磯野波平は、『サーチライト』の前奏がかかると、眼を瞑(つぶ)り、深く感情を込めて、「にょ~っ、わおんわおんう~」と唸っていた。

       5

二千二十二年一月二十三日、秋田県の笑内の山の麓に在る、四十三歳の茜富士馬子次郎こと通称夏男が暮らしている二階建てコンクリート建造物の〈センター〉には、二十七歳の姫野あたると昨日から参加している二十二歳の稲見瓶が訪れていた。
凍り付きそうな寒波を放つ雪景色の中、午前中も姫野あたると稲見瓶と夏男は温かな会話に花を咲かせていた。
「まいちゅんが高台にあがって、水泥棒という答えのクイズに何人かを選んで、正解者が出ずに、落とされて。次にみなみちゃんが高台に上がって、やっぱり落ちる。その時にまいちゅんまいちゅんと叫んでいた。だね?」稲見はあたるに頷いた。「憶えてるよ。ちなみにみなみちゃん側のクイズの正解は、フラッシュ暗算だ」
「それが運命的だと思うんでござる。思わぬでござるか?」あたるは顔を険しくさせて、稲見を強く見つめる。「まいちゅんとみなみちゃんは、その順番で卒業するでござるよ」
「まあ、ね。そういう事で言ったら、あれだね」稲見は淡々と言う。「二千十八年のハロウィンの頃に放送された乃木坂工事中で、みなみちゃんとまいちゅんは同じチームだった。しかも、ゲームを勝ち抜いて、勝者のコスプレを二人で披露したよ。看護師のコスプレだった」
「マジでござるか!」あたるは顔を驚かせる。「それも偶然な二人チームでござるなぁ!」
「まあね」稲見は相槌を打った。「珍しいコンビだから、貴重だね」
「コンビと言えば、みなみちゃんは色んな仲良しコンビを作ってきたでござるなあ……」あたるは指折り、数えていく。「飛鳥ちゃんとのペアのあしゅみな。未央奈ちゃん殿とのペアのみなみおな。いくちゃん殿と生駒ちゃん殿とのトリオの、生生星(いくいほし)もあるでござる」
「どれも印象的だね」稲見はうっすらと笑みを浮かべた。
「番組のアンケートを書かない事でも有名でござった」あたるは笑った。「みなみちゃんらしいというか、凄い度胸でござる」
「みなみちゃんは、特に三期生が加入してくるあたりまで、妹キャラだったかもしれない。けどね、彼女は意外と堂々としてるんだよ。そんなギャップも、特殊な魅力の一つだったかもしれない」稲見は感慨深く言った。
「みなみちゃんの無表情が、これまた最強に可愛いんでござるよ!」あたるは思い出しながら、ものまねをして言う。「こう……、フラッシュ暗算の時でござるな。こう、問題を聞いて頭の中で暗算している時、みなみちゃんは無色透明のような、無表情になったでござる。そ~れが、実は小生のなかの、みなみちゃんの一番可愛かったお顔なんでござるよ!」
「それもたぶんギャップだね」稲見は言った。「普段、笑顔でいることの多いみなみちゃんだから、余計に貴重なんだ。その、なに……、むひょう、じょう?」
「無表情でござる!」
「うん……」
「あ、コーヒー飲みたい人」夏男は言った。