天空天河 二
祁王は、景琰と私が成長し、互いに軍を率いるようになったなら、軍の両翼を、私達二人に任せるつもりだったのだ。
戦場の布陣の中心に赤焔軍を置き、景琰と私が、左翼と右翼から敵軍を掻き乱すのだ。
互いの考えは離れていても良く分かっている。景琰も私も、互いの軍の僅かな変化を見逃さず、臨機応変に対応が出来る。
天下無双の大梁の軍。
皆、梁の軍を恐れ、戦は無くなり、梁の民も周辺国の民も、農耕や放牧をして、豊かに暮らせるのだ。
祁王の夢だった。
そんな祁王の夢に、景琰も私も、酔いしれた。
わざわざ祁王は、靖王府と背中合わせになっている、蘇宅の敷地を選んだのだ。
表通りからでは、その事は決して分からぬ。
城門の上や、楼の上から見ても、その事は分かりにくい立地になっている。
そして、先々の万が一に備え、祁王は二つの屋敷を、地下で繋いだのだ。
国の側近二人の屋敷が、秘密裏の往来が可能などと、古(いにしえ)の書の中にも、例はない。
祁王の奇策だった。
その事は、ある日こっそりと、祁王に打ち明けられた。
、、地下の密道は、景琰には秘密だと。
祁王は笑って、林殊に耳打ちした。
今日は少しばかり、謎めかして、景琰の元を去ろうと思っていたのに、、、。
、、、酷い疲れ様だ、、。
、、へとへと、、疲労困憊、、。──
目を瞑り、黙りこくって座っている長蘇が、飛流は心配になる。
眠ってはいないのは分かるが、呼吸もしていないかのように、じっとして動かない。
長蘇の具合は、一向に良くならない様子だ。
飛流は側に座っていても、何も出来ないのが歯痒い。
閉じた長蘇の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
飛流は長蘇の涙を、初めて見た訳ではなかったが。
飛流の心が騒(ざわ)めく。
長蘇は、廊州にいた頃、何が小さな紙に書かれた文字を読んだ後、周りの者を下がらせると、紙を拳で握り締め、今の様に、静かに涙していた。
廊州にいた頃は、物陰から長蘇の様子を見ているだけだった。
この度は目の前の長蘇が、心配で仕方がない。
疲れて、血の気の引いた白い顔に、はらりと流れる涙。
誰にも言えない事を、一人で抱えているのだと。
飛流がそっと、指で頬の涙を拭いてやると、長蘇は気が付いて、瞑っていた目を開けた。
「、、苦しい?。」
飛流は長蘇に、そう声をかけた。
長蘇は微笑むと、飛流にもたれ掛かり、そのまま座っていた飛流の膝に、頭を乗せた。
いつもなら、長蘇の膝に飛流の頭が乗るのだ。
飛流が外から帰ると、長蘇は菓子を出して、飛流に食べさせる。飛流の食べる姿を見て、長蘇は穏やかに微笑んでいる。
食べて終わると、飛流は、長蘇の膝の上に頭を乗せ、長蘇は細い指で飛流の頭を優しく撫でた。
そして「眠れ」、と静かな声で言うのだ。
飛流は、石柱で藺晨と過ごしていた頃は、こんな事など、一度もなかった。
『膝枕』と言うのだ、と、長蘇が教えた。
長蘇の突然の膝枕に、飛流は少し驚いて戸惑ったが、長蘇の髪を不器用に撫でながら、
「寝て」
と言った。
眠れはしないが、長蘇の心が穏やかになる。
──景琰と林殊が、野駆けする幻影を見た。
私は林殊では無く、長蘇のまま。
光の中へ、遠く、遠くへと駆けてゆく二人を、黙って見ていたのだ。
何も心配事など無く、自由に生きていた、と、
そして、あの頃には戻れぬこの体を思い出し、
切なくなった。
、、、景琰、、本当に強くなった。
身体も、、心も、、、。──
靖王とは逆に、弱くなってしまった己。
──嘆いて何になる。
弱くとも、この身体があれば、風雲は起こせるのだ。
梁に渦巻く『魔』を払ってやろうぞ。──
『頼むぞ』と、長蘇は飛流の膝を、軽く叩いた。
飛流は力強く、『云』と答えた。