手袋を買いに行ったら大好きな人ができました1
傷を治す布が入った小袋は、善逸が腰にぶら下げました。みんな、ちゃんとお守りの青いハンカチも持っています。
音柱様のお住まいは、森の反対外れの洞窟です。とっても遠いので、炭治郎たちは、お日様が顔を出したばかりの道をとっとことっとこ急ぎました。今日は大急ぎで行かないと、夜までにお店に帰れないかもしれません。
一所懸命走ったおかげで、お昼には森の反対外れ近くまで辿り着きました。お昼を食べて元気になると、炭治郎たちはまたどんどんと進んでいきました。もちろん、音柱様に差し上げる分のお弁当は残してあります。
伊之助は、またいらないって言われるかもしれないから食べちまおうぜと言ったのですが、銀の鈴の対価になるものを炭治郎たちは持っていないのです。食べてしまうわけにはいきません。全員から却下されて、伊之助はちょっぴり不貞腐れ顔です。
それでも、洋服屋さんのお手伝いをやめようとはしなかったので、伊之助も洋服屋さんが好きになったのかもしれません。
森の反対外れは大きな岩山です。音柱様の洞窟はどこにあるのでしょう。大きな岩山のまわりをうろうろと探したのですが、なかなか洞窟は見つかりません。
「おかしいなぁ、なんで見つからないんだろう」
鼻をひくひくさせて炭治郎は言いました。匂いを探ってみても、神様の気配はさっぱりわかりません。
「変わった音も全然しないぜ? 本当にここなのかなぁ」
善逸も耳を澄ませますが、洞窟の場所はまったくわかりませんでした。
「あ! ねぇ、お兄ちゃん、ここになにか書いてある!」
「うぉっ、本当だ! よく見つけたな、子分その三! で、なんて書いてあるんだ?」
しゃがみ込んだ禰豆子が指差す先を、炭治郎と善逸も慌てて覗き込みました。
「んーと、『一番大切なものを神に捧げた者だけに、神の手は差し伸べられる』だって」
小さな文字を善逸が読み上げると、みんなは困って顔を見合わせました。
「俺の一番大切なものっていったら、禰豆子だ。どうしよう」
「私が一番大切なのもお兄ちゃんだよ」
「俺も俺も! 禰豆子ちゃんがいっちばん大切だよぉ」
「俺は……」
「伊之助はどうせ、つやつやのドングリとかだろぉ? また探せばいいじゃん。それにしようぜ」
「一番はドングリじゃねぇ! わたしたら絶対に駄目なもんだ!」
「またまたぁ。もったいぶるなよ。お遣いできないだろ」
「うるせぇ! 俺様の一番大切なもんは、子分たちだ! わたせるわきゃねぇだろ!」
怒鳴った伊之助が、赤く染まった顔をプイっとそむけたので、善逸も真っ赤になって照れてしまいました。
炭治郎や禰豆子もうれしくなって、ぎゅっと伊之助に抱きつきます。
「俺も伊之助や炭治郎が大切だよぉ、禰豆子ちゃんが一番だけど!」
「俺だって伊之助や善逸が大事だ! 友達も手放せないよ!」
「私もみんな一緒じゃなきゃ嫌! みんな大切だもん」
でも、それじゃあどうすればいいのでしょう。音柱様に逢えなければ、洋服屋さんのお手伝いができません。
困ってしまって泣きたくなった炭治郎たちの耳に、楽しげな笑い声が聞こえてきました。
「合格ですっ、よかったね!」
「簡単に手放せるものを一番とは言わないからね。誤魔化して音柱様にお逢いしようって奴なら、承知しないところだったよ」
「さぁ、ついてらっしゃい。音柱様に逢わせてあげましょう」
ぎゅうぎゅうと抱きあっていた炭治郎たちが顔を上げると、いつの間にやら目の前には大きな洞窟の入り口があって、きれいな女の人が三人、笑いながら炭治郎たちを見ていました。
促されて足を踏み入れれば、洞窟のなかはあちらこちらがいろんな色に光り輝いて、とっても派手な色合いに目がちかちかしてきます。
「ほほぅ、俺様の試験に合格するとは、なかなか見上げた奴らじゃねぇか」
洞窟の奥から声が響いて、ゆらりと空気が揺れると、大きな男の人が現れました。銀色の髪をした、とても派手な出で立ちのきれいな人です。きっとこの人が音柱様なのでしょう。
「初めまして、音柱様。俺は狐の炭治郎、こっちは妹の禰豆子で、友達の善逸と伊之助です! 今日は洋服屋さんのお手伝いで、音柱様の銀の鈴をいただきに来ました!」
「ふふん、まぁいいだろう。簡単に手放せるようなものを一番大切だなんて言う、身勝手な奴の願いなら派手にお断りだがな。お前らは俺の嫁たちにも気に入られたみようだし、持っていきな」
音柱様がパンッと手を叩くと、洞窟の壁が小さく爆ぜて、きらきらとした銀の鈴が落ちてきました。耳がいい善逸はその音に飛び上がって驚いていましたが、それ以上に、先ほどの女の人たちが音柱様のお嫁さんだということに驚いたようです。
「嫁さんが三人!? なにそれっ、神様ズルい! 俺だって禰豆子ちゃんをお嫁さんにしたいっ!」
「善逸、うるさいぞ。音柱様の前なんだから静かにしないか! どうしてそんな恥をさらすんだ!」
音柱様は、善逸と炭治郎が騒ぐのに大きな声で笑って、三人のお嫁さんを呼びました。
「眷属を嫁にする神はそれなりにいるんだよ。神に仕えることに変わりはねぇからな。こいつらは全員、俺の眷属だ」
「蟲柱様にも眷属の女の子たちがいました。柱様には必ず眷属の方がいるんですか?」
炭治郎の問いかけに、音柱様は軽く肩をすくめました。
「眷属を多く抱える奴もいれば、ただの一人も迎え入れようとしねぇ奴もいるさ」
どこか意味ありげに炭治郎を見つめると、音柱様は、まさかあいつがねぇと忍び笑い、銀の鈴を炭治郎に向かって放り投げて言いました。
「おい、ガキども。派手に覚えておけよ? 俺様の名前は宇髄だ。俺を呼ぶときがもしもきたら、そう呼びかけるんだな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作品名:手袋を買いに行ったら大好きな人ができました1 作家名:オバ/OBA