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手袋を買いに行ったら大好きな人ができました1

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 耳当てを触りながら善逸が言えば、伊之助もマフラーをまじまじと見つめます。
 音柱様の鈴をつけた耳当てと、炎柱様の火の花で仕上げたマフラーです。柱様の加護の力があるとしたら、これぐらいしかありません。
 受け取れないというのなら、炭治郎たちにあげられるものなんてあるでしょうか。
「あ! そうだ、これがあった!」
 思いついたそれを、炭治郎は急いで懐から取り出しました。
「霞柱様のお住まいにたなびいていた霞です。これなら珠世さんも食べられませんか?」
 せっかくいただいた霞ですが、珠世を助けられるのなら、洋服屋さんも怒ったりしないのではないでしょうか。
 もしも怒られて嫌われてしまったら、とってもとっても悲しい思いをするでしょう。それでも、珠世たちが助かるなら、炭治郎にためらいはありませんでした。洋服屋さんには何度だって謝って、許してもらえるまでいっぱいお手伝いをするつもりです。
「いいのかよ、炭治郎。洋服屋さんに頼まれたお遣い物なんだぞ?」
「洋服屋さんには一所懸命謝るよ。珠世さん、よかったらこれをどうぞ!」
 珠世は泣き出しそうな顔で笑うと、霞の端っこをちょっぴり摘まみとりました。
「ありがとう、これだけで十分よ。なにかお礼をしなくては……」
「いえいえ、お礼なんていりません。困ったときはお互い様です。それよりも、そんなちょっぴりで大丈夫ですか? 愈史郎さんもお腹が空いていませんか?」
 笑う炭治郎に、愈史郎は少し戸惑っていたようでした。けれどもすぐに、背に腹は代えられないからなと、珠世と同じくらいちょっぴりと霞を摘まんで口に入れました。
 それを見た炭治郎と禰豆子は、心の底からうれしくなって、ニコニコと笑いました。


「かわいくてやさしい子狐さんたち、本当にありがとうございました。とても強い柱の加護を持つあなたたちに『災い』である私たちがあげられるものはないけれど、代わりに教えてあげましょう。おそらくは森の護り神も感じ取っているでしょうが、年が替わる夜にお気をつけなさい。『災い』の首魁が、キメツの森を我がものにするために動こうとしています。新しい年が来る前に首魁を討ち取らなければ、この森の動物たちはみんな『災い』の餌にされてしまうでしょう」
 元気を取り戻した珠世が言った言葉に、善逸は飛び上がって震えましたし、禰豆子も怯えて炭治郎にしがみつきました。伊之助もゴクリと喉を鳴らして黙り込んでしまっています。
 キメツの森に現れる『災い』は、人や動物に似ているけれど、とても恐ろしい化け物です。『鬼』と呼ぶ者もいます。お日様の光が届かない時間、届かない場所に突然現れては、動物たちに襲いかかり食べてしまう、恐ろしい災厄なのです。
 それを祓えるのは、柱様たちだけでした。
 けれども柱様たちだって、すべての動物を救うことはできません。森は広くて、『災い』はいきなり現れて襲ってくるのですから。
 炭治郎と禰豆子のお母さんや弟妹たちも『災い』に襲われて、命を落としました。水柱様が救けに来てくださらなかったら、きっと炭治郎と禰豆子も『災い』に食べられていたことでしょう。
 伊之助のお母さんも、伊之助を生んですぐに『災い』に食べられてしまったそうです。『災い』に家族や友達を食べられてしまった動物は大勢いるのです。
「どうしたら『災い』の首魁を止められますか? 森には友達がいっぱいいます。みんなを助けるために、俺ができることはありますか?」
「首魁は本拠である無限城から出てきません。護り神や柱を恐れてはいませんが、とても慎重で狡猾なのです。無限城は強い結界に覆われて、柱は誰も入ることができません。柱が無限城に討ち入るには、なかから誰かが呼んで迎え入れなければならないのです。けれど子狐さん、無限城の場所は護り神でもなければ見つけ出すことはできないし、あなたのように小さな子供では、とても危険で入ることなどできませんよ。あなたたちの身を守る力を、私たちも少し授けてあげられたらいいのだけれど、『災い』である私たちの気配を身にまとえば、柱達の疑いを招き、かえって危険なことになりかねません」
 でも、もしかしたら……と、珠世は少し口ごもりました。
 なにかできることがあるのかなと、じっと見つめた炭治郎に、珠世は小さく首を振ると「さぁ、もうお行きなさい」と笑っただけでした。


 今にも雨が降り出しそうな空の下、走る炭治郎たちは元気がありませんでした。それもしかたのないことでしょう。珠世が教えてくれた恐ろしい出来事に、みんな怯えていたのです。
「なぁ、炭治郎。珠世さんたちに逢ったことは、洋服屋さんには内緒にしとこうぜ。だってあの人たち、そのぉ『災い』……だろ? 洋服屋さんは柱様と付き合いがあるみたいじゃんか。珠世さんと知り合ったって聞いたら、疑われちゃうんじゃないかなぁ」
 心配そうに言う善逸の言葉は、もっともです。
 不思議な力を持っているらしい洋服屋さん。もしかしたらと思うことは、いっぱい、いっぱい、ありました。珠世さんの気配を感じ取られたら、もしかしたら嫌われてしまうかもしれません。
「霞もちょっとしかあげてないし、黙っていればきっと気づかれないって! なぁ、そうしようぜ!」
 善逸が言うのに、炭治郎は答えられませんでした。炭治郎は嘘をつくのが嫌いです。嘘をついてもすぐに顔に出てバレてしまいます。だからもし洋服屋さんに嘘をついたとしても、きっと洋服屋さんにはバレてしまうでしょう。
 それよりなにより、炭治郎は、洋服屋さんに隠し事をしたり、嘘をついたりしたくはありませんでした。


 お店に戻っていつものように、洋服屋さんにお遣い物の霞をわたした炭治郎は、思い切って言いました。
「洋服屋さん、ごめんなさいっ! 霞の端っこを少し、困っていた『災い』さんにあげてしまいました!」
「ちょっ、炭治郎っ! なんで言っちゃうんだよぉぉっ!」
 善逸が真っ蒼な顔で騒ぎましたが、洋服屋さんは小さく目を見開いただけで、じっと炭治郎の言葉を聞いてくれました。

 『災い』だけれど、珠世さんと愈史郎さんは、炭治郎たちを食べようとはしなかったこと。本当につらそうだったこと。それから、珠世が教えてくれた恐ろしい『災い』の首魁のことも、炭治郎は、懸命に洋服屋さんに話しました。

 洋服屋さんはなにも言わず、炭治郎の言葉を聞きながら、少しだけ怖い顔で何事か考えているようでした。不安な目で炭治郎が見つめても、それすら気がついてはいないようです。
「洋服屋さん、やっぱり珠世さんと愈史郎さんに霞をあげるのは、いけないことでしたか? 洋服屋さんのご迷惑になっちゃいましたか……?」
 ちょっぴり怯えた声になった炭治郎に、洋服屋さんは険しかった目元をようやく緩めると、やさしく炭治郎の頭を撫でてくれました。
「大丈夫だ」
「でも、霞は少し減っちゃいました」
「これだけあれば十分だ。いいから夕飯を食べてこい」
 今日もテーブルに用意されたご飯は、ホカホカと湯気を立てておいしそうな匂いがしています。炭治郎と同様に不安そうだった禰豆子たちも、洋服屋さんの言葉にホッとしたのか、テーブルについてご飯を食べ始めました。