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手袋を買いに行ったら大好きな人ができました 3

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 『災い』たちは、お喋りしながら炭治郎たちの前を通り過ぎ、上に続く廊下に向かって歩いてきます。
「やれやれ、俺らみたいな下っ端は貧乏くじだな」
「やめてよ、そんな愚痴を言うもんじゃないよ。あのお方に聞かれたら殺されるじゃないか。あのお方の身の回りのお世話を言い付かったんだから、光栄だと思わなけりゃいけないよ」
「まぁ、そりゃそうだが……。だけど、明日の夜の一斉攻撃に参加できたら、腹いっぱい動物が食えたのにって思わないか? お前、狐が大好物だったろ?」
「そりゃまぁ……あんたはねずみが好きなんだっけ? あんなチビッこくってしみったれた動物食べて、なにがおいしいんだか……」
 ヒッ! と小さく叫んで飛び上がりかけた善逸をみんなで抑えつけて、ドキドキと『災い』たちを窺います。気づかれてしまったでしょうか。不安でたまりませんでしたが、ちょうど同じタイミングでイタチの男が大きな声を出したので、善逸の声は『災い』たちには聞かれなかったようです。
「んだとぉ!?」
「しっ! 大声出したら、あのお方に叱られるよっ。それにさぁ、今回は忌々しい柱の奴らも総動員らしいじゃないか。奴らには大勢の仲間を祓われてるからねぇ。あたしらみたいに弱いのが出くわしたら、あっという間に斬り祓われちまうさ。残れてよかったじゃないか」
「へっ、柱なんてあのお方のご側近には敵いやしねぇよ。ほら、二十年かそこら前にも、柱を一人ご側近が倒してるじゃねぇか」
「ああ、聞いたことがあるねぇ。でもあの女の柱は治癒や癒しの力が強いだけで、腕っぷしは空っきしだったって聞いたよ?」
「ふふん、たしかにあの柱の女はたいして強かぁなかったが、眷属どもがべらぼうに強かったっていうぜ? 柱と同じくらい強い宍色の髪した男のガキと、とにかくすばしっこい女のガキだったそうだ」
「思い出した思い出した。狐面のガキどもだろう? そうだねぇ、狐面でさえご側近様方には敵わなかったんだものねぇ。今回もきっと楽勝さね。柱を全員葬ったら、次は忌々しい護り神もあのお方が滅ぼしてくださるだろうし、そうしたら狐もねずみも食べ放題っ。たまらないねぇ。おっと、いけない。のんびりお喋りしてる場合じゃないよ。急いでお召し物の準備をしなくっちゃ叱られちまう」
「おぉ、いかんいかん」
 『災い』たちは足を速め廊下を進んでいくと、そのまま、なんということもなく垂直に上に伸びる廊下を歩いていきます。息を詰めて見送った炭治郎たちは、『災い』たちの姿が消えたのを確かめてマントから出ると、はぁぁぁっと深く息を吐きました。
「あの廊下、そのまま歩いて行けるみたいだな。俺らも歩いて行けんじゃねぇか? どうするよ、権八郎」
「でもさ、『災い』だから歩けたのかもしんないだろ?」
「試してみる価値はあるんじゃないかしら。それに、あの『災い』たちは無惨の身の回りのことをしてるみたいだったでしょ? 後を追って行けばもしかしたら無惨のいるところがわかるんじゃない?」
 伊之助たちが口々に言うのを聞きながら、炭治郎は、『災い』たちの言葉を思い返していました。

 殺された柱というのは、水柱様の姉上様のことでしょう。眷属の方は柱様のご親族だったりすることもあるそうですから、強かったというご眷属も、もしかしたら水柱様のご家族だったのかもしれません。
 やさしくて悲しくて、寂しい匂いのする水柱様。ご家族をいっぺんに殺されて、どんなにおつらかったことでしょう。その悲しさや寂しさは、炭治郎にもよくわかります。
 けれど、どんなにつらく悲しくても、炭治郎には禰豆子がいてくれました。水柱様が助けてくれたから、炭治郎は家族を全員失わずに済んだのです。
 水柱様はどうなのでしょう。誰かそばにいてくれる人はいるのでしょうか。

 炭治郎は、洋服屋さんのお店のテーブルを思い浮かべました。
 丸いテーブルに、椅子は四つ。だけど、いつでもお店にいるのは、洋服屋さん一人きり。炭治郎がお店を訪れるまで、洋服屋さんはたった一人で座っていたのでしょうか。
 とても悲しくなりましたが、今は悲しんでばかりもいられません。炭治郎はふるりと頭を振ると、うんっとうなずいてみんなを見回しました。
「禰豆子の言うとおりだ。とにかくあの廊下を歩けるか試してみよう。歩けたら、マントを使ってあいつらの後をつけて行こう」
 炭治郎が決断すれば、話は決まりです。炭治郎たちはとっとこと走って、垂直の壁のようになった廊下の前まで行きました。
 まず炭治郎が思い切って廊下に足をかけて立ってみました。すると不思議なことに、炭治郎は地面に立っているのと同じように垂直の廊下に立てたのです。それを見て、禰豆子も伊之助も続きましたが、善逸はなぜだか落ちてしまって、みんな困り果ててしまいました。
「なんで善逸だけ立てないんだろう?」
「弱みそだからじゃねぇのかぁ?」
「そんなこと言わないのっ。ねぇ、善逸さん、大丈夫だから勇気を出して歩いてみてよ」
「そうは言っても、これじゃ壁だよっ? 壁に立てるわけないよぉ……」
 泣きべそをかきながら言う善逸に、そうかっ、と炭治郎は笑いました。
「なぁ、善逸。俺はこの廊下に立つときに、絶対に大丈夫って思いながら立ったんだ。もしかしたらこの廊下は、普通に歩けるって思ってないと立てないのかもしれない!」
「そうかも! 私もお兄ちゃんが立ったから、大丈夫なんだと思って不安にならずに立ったもの」
「よしっ、紋逸! 立てるって信じてきやがれ!」
 洋服屋さんにもらったハンカチで涙を拭いて、善逸は「立てる立てるここは普通に歩ける」と何度も言いながら足を廊下にかけました。
「……っ、やったぁ! 立てた!」
「やったな、善逸! よし、急いでいくぞ!」
「「「おーっ!」」」

 元気いっぱいに全員で拳を突き上げて、炭治郎たちはとっとこ廊下を進みます。
 なにが待ち受けていたって、全員で乗り越えていくぞ! 強く誓いながら走る炭治郎たちのお尻で、みんなのしっぽが元気よくフリフリと揺れていました。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇